第41話 甘い誘惑

文字数 2,014文字

 三階層へと続く階段を見つけた俺とエレナは、慎重な足取りで進んでいく。
 トロールの巣のようなものがあると判明した以上、あまり大胆な真似はできない。
 感知系の症状があるのでいきなりぶち当たることはないだろうが、気を張っておいて損はなかろう。

 俺は別にどんな目に遭っても基本的に問題ないが、同行するエレナが重傷を負ったりしたら大変だ。
 きちんと注意していかないと。
 ウイルスに転生してから、危機意識が薄くなりつつある。
 死んでも大丈夫だという考えがそうさせているのかもしれない。

 不滅能力にも思わぬ弊害があるよね。
 物語の不老不死キャラはどうしているのだろう。
 一度、意見を聞いてみたいものである。

(まあ、そんなことはどうでもよくて……)

 俺はちらりとエレナの様子を窺う。
 彼女はまだ元気そうだった。
 凛々しい表情で剣を構えて歩いている。
 ちゃんと集中できていた。

 疲労はまだそれほど見られない。
 探索ペースは特に問題なさそうだな。
 コロコロと肉体を変えるので、その辺りの加減に鈍くなっているんだよね。
 さっきも六体のトロールをセルフたらい回しになったばかりだからなぁ。

(初心者向けの三階層まで来たし、もう少し調べたら地上に戻るか)

 地図もこのフロアまでしか記載されていないし、あまり欲を出して進むのは危険だ。
 どんな魔物が現れるか分かったもんじゃない。
 ……うん、やっぱりトロールの件が脳裏を過ぎるよね。
 次にダンジョンへ潜る際は、詳細かつ下層まで網羅した地図を買おう。

 俺一人ならほいほいと行っちゃいそうなんだけどね。
 強い魔物に乗り移れば、色々と楽しそうだし。
 トロールとかになって無双してみたい。

 あと純粋に一攫千金を目指したいね。
 色々とファンタジーなアイテムをゲットしたいのだ。
 聖剣とか魔剣なんかもあるのだろうか。
 ぜひともヒーローっぽい武器がほしいものである。
 そういう少年の心はいくつになっても無くならないね。
 むしろ異世界に来てから余計に強まった感さえある。
 そういった動機で下の階層には何が生息し何があるのか非常に気になるが、それはまた別の機会にでも確かめよう。

 薄暗い通路をウロウロしているうちに、狭いトンネルのような空間に着いた。
 全面が石畳っぽい造りをしている。
 天井部にはほんのりと光が灯っていた。
 目を凝らすと苔のようなものが発光している。
 おかげでカンテラなしでもそれなりに明るさが確保されていた。

 このトンネルだけ人工物の感じが強い。
 多様な魔物がいるみたいだし、そいつらが作ったのかもしれない。
 ここも何かの巣なのだろうか。
 特に魔物の気配なんかは感じられないが……。

 まあ、ダンジョン博士でもない俺にはよく分からん。
 元よりファンタジー仕様の謎施設らしいから、考えるだけ無駄な気がする。
 とりあえず注意さえ欠かさなければいいか。

 トンネルを進んでいくと、冒険者の亡骸を発見した。
 魔物に倒されたのだろう。
 うつ伏せになって、背中は焼け焦げている。
 仰向けにしてみると、腹と胸に矢が刺さっていた。
 結構な激戦だったのかな。
 なかなかにグロテスクである。

 俺は亡骸の持っていた短剣と長柄の戦斧を拝借した。
 追い剥ぎのような真似をして申し訳ないが、もう彼には必要のないものだろう。
 ちょうど武器がなくて困っていたので、有効活用させてもらいたい。
 俺は亡骸の前に屈み込んで合掌する。

「あっ、パラジットさん! あれを見てください!」

 新たな武器の具合を調べていると、エレナに肩を叩かれた。
 見れば彼女は、前方を指差している。

 そこはトンネルの突き当たりとなっており、古めかしい宝箱のようなものが置いてあった。
 宝箱の蓋が半開きで、硬貨や宝石の詰まった中身がちらりと覗く。
 露骨なほどに金銀財宝だな。
 あれを持ち帰ればかなりの額で売れそうだ。

(しかし、どう見てもなぁ……)

 俺はなんとなく嫌な予感を覚える。
 あの宝箱は見るからに怪しいぞ。
 完全に罠の類だろう。
 迂闊に触ってはいけない。
 放置した方がいい。

「わぁ、あれはすごいお宝ですよ! 大発見です!」

 それだというのに、エレナは駆け足で宝箱に近付いていく。
 おいおい、正気か。
 慌てて引き止めようとしたところで、エレナの横顔が妙にとろんと呆けていることに気付く。
 先ほどまでとはなんだか違う。
 いつからこうなっていた?
 移動中は普通の状態だったはずだが。

 その思考が仇となり、俺はエレナを止め損ねる。
 彼女はふらふらと危うい足取りで進んでいってしまった。
 カチリ、エレナの足元で軽い音が鳴る。

 次の瞬間、宝箱の背面の壁から幾本もの矢が発射された。
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