第21話 ずれた認識

文字数 2,014文字

 俺はカウンターの前に立って職員さんが戻ってくるのを待つ。
 その間、室内の冒険者は小声で囁き合っていた。

 明らかに俺のことだ。
 いちいち聞き耳を立てなくとも分かる。

 背中に感じる視線が痛い。
 皆が俺をじっと観察してるらしい。
 非常にきまずい状況である。
 迂闊に振り向けなかった。

(早めに毛皮を換金したかったんだけど、何かまずかったのか……)

 予期せぬ展開に、俺はため息を吐きそうになる。

 現物を出してしまったから、もう撤回はできない。
 いっそ、職員さんが戻ってくる前に逃げてしまおうか。
 さすがに駄目かな。
 少なくとも、この肉体ではもうギルドに来れなくなるだろう。

 せっかく冒険者登録をしたのに、妙な流れになってしまった。
 毛皮なんて出さなければよかった。
 おかげでこのザマだ。

 内心をひた隠しにして素知らぬ風を装っていると、職員さんがぱたぱたと駆けて戻ってきた。
 彼女は声量を抑えて言う。

「こちらの毛皮はどうやって入手されたのでしょうか」

「お、れが……たおし、タ。なに、か……も、んだい……ガ?」

 俺は正直に述べる。
 下手な嘘は却って怪しませてしまうと思ったのだ。
 今、目の前の彼女と築くべきは信頼である。

 詳細な経緯を説明するなら、解体してくれたのは配下のゴブリンだが、それを言うわけにもいかない。
 ただ、嘘も言っていないぞ。
 ここは誠実にいこう。

「いえ、特に問題ではありませんが……エレキベアは非常に強い魔物なので、単独で倒すにはかなりの実力が……」

 言葉を選びながら説明する職員さんの姿に、俺はようやく納得した。
 ようするに俺の実力を疑っているらしい。

 確かにあの熊――エレキベアは強かった。
 単独で易々と倒せる類ではない。
 複数人で束になって挑んでも、あの暴力と雷撃をどうにかするのは困難だろう。

 だからこそ、冒険者登録をしに来た人間がいきなりその毛皮を出したことに、職員さんや周りの冒険者は驚いている。
 客観的に考えれば至極当然の思考だろう。
 まあ、俺はそういった事情など知らなかったのだから勘弁してほしい。

 どうでもいいけど、モンスターじゃなくて魔物を呼ぶものなのか。
 違和感を抱かれないためにも今後は合わせていくか。
 少しでも会話の不自然さは消しておきたい。

 とにかく、ここで下手な誤魔化しは悪手だろう。
 実は別の人間がエレキベアを倒した、と言っても余計に怪しまれるだけである。

 ならば発想の転換だ。
 後には引けない以上、どうせなら思い切りやってやる。
 俺は平然とした調子で首を傾げる。

「くせん、した……が、たおせ、ない、ことも……なかっタ……どう、だ、きたい、の、しんじん、だろ、ウ?」

 肩をすくめておどけてみせると、職員さんはぽかんとした表情の後に笑う。

「ふふっ、確かに心強いですね。毛皮はそちらの受付にて売却できますよ。他の魔物の素材が手に入った際もそこへお願いします。今回は私がお受け取りしますね。こちらが売却分の代金となります」

「りょうか、い、しタ。ありが、とウ」

 俺はずっしりと重たい硬貨入りの袋を貰う。
 周りの冒険者の視線がさらに鋭くなった気がしたので、すぐさま懐に仕舞っておいた。

 悪気もないのに因縁を付けられたら嫌だからね。
 まあ、敵意のある人間には容赦なくウイルスを感染させるつもりだが。
 俺だって聖人君子じゃないのだ。
 殴られる予感がしたら対処くらいはするさ。

 俺は一刻も早くギルドを出たい気持ちを堪えて、室内に併設された酒場の方へ赴く。
 そして空いたテーブルを確保した。

 ここでエレナがやってくるのを待つつもりだ。
 ちょっとストーカーっぽいけど、彼女はこの世界に来て初めて喋った人間なのだ。
 いい子だったし、また会いたいと純粋に思っていた。

 忙しそうなウェイターに適当な飲み物を注文する。
 ホブゴブリンであることがバレると面倒なので、仮面を着けたままで待ち続ける。
 頼んだ飲み物はテーブルに置いたままでいいだろう。
 注文さえしておけば、長居しても文句は言われまい。

 俺は腕組みをしてどっしりと構える。
 こうなったら堂々としよう。
 弱気になったらそこに付け込まれる。

 今の俺は不滅のウイルスなのだ。
 かなり強いというエレキベアも倒した。
 もっと自信を持つのだ、と自分に言い聞かせる。

 ちょっと……いやかなり緊張するけど我慢だ。
 だって、冒険者って厳つい容姿の奴らが大半なのだ。
 職業柄とも言うべきか、雰囲気も一般人とはちょっと違う。

 端的に評すると怖い。
 それでも席を立ってしまっては、エレナに会う機会を逃してしまうかもしれない。

 俺は気を強く持って、ギルドの入口を眺め始めた。
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