第66話 確かな成長
文字数 2,963文字
ギルドの一般エリアに戻った俺たちを迎えたのは、冒険者たちの畏怖のこもった視線だった。
喧騒に溢れていた室内が途端に静まり返る。
いや、よく見ればひそひそと何事かを囁き合っている者がいた。
なんだか居心地が悪いな。
別に睨まれているとかそういう感じではないが、一斉に注目してくるのは勘弁してほしい。
ダンジョンから帰還できた記念の打ち上げでもしようかと思ったが、場所を変えた方が良さそうだ。
ただ、ギルドを出る前に戦利品の整理をしよう。
俺は受付にて素材の売却の手続きを頼む。
色々あったけど、何種類もの魔物の素材を回収してきた。
相場などはさっぱり分からないが、エレナによれば決して安くない金額になりそうとのことだ。
ついでに最下層で入手したお宝も一緒に渡す。
セツカさんがここまで収納の鞄で持ち帰ってくれたのだ。
共闘時の約束通り、総量の半分を俺とエレナが貰った。
元々、容量の関係で持ち帰ることを諦めていたのでありがたい話である。
魔術関連の書物と俺たちが使う装備類だけは売却分から除いておいた。
なんだかんだで使う場面がなかったが、魔術はしっかりと勉強してマスターしたい。
今後、時間がある時にも練習するつもりだ。
余談だが、新しい肉体もウォーク・パラジットで押し通すことができた。
ホブゴブリンの時に所持していた冒険者カードを持っていたし、エレナが証言してくれたからだろう。
そもそも登録時から素顔は見せていなかったのが大きい。
簡単な質疑応答を求められたが、特に問題なくこなすことができた。
まあ、六等級の扱いなんてそれくらいアバウトなものなのかもしれない。
それでも怪しまれているかもしれないが、いざという時はギルドマスターのセツカさんにお願いすれば解決できる。
最悪、別名義で登録し直してもいい。
ウォーク・パラジットの功績なんてたかが知れている。
リセットされたところでそれほど悔いはない。
ただ、新しい偽名を考えるのが面倒なくらいだ。
俺たちが渡した素材やお宝を抱えた職員さんは、目を白黒させながら受付の奥へと行ってしまった。
戦利品の予想外の質と量にかなり驚いている様子だった。
換金額の査定には時間がかかりそうだ。
待っている間、俺は冒険者たちの小声の会話に耳を澄ます。
何やらダンジョンとかゴーレムロードとかそういう単語が聞こえてきた。
俺たちがギルドマスターのセツカさんと協力してボスクラスの魔物を倒した話が既に広まりつつあるらしい。
情報が早いな。
まあ、ここまでの道のりでたくさんの目撃者がいたし、仕方のないことかもしれない。
エレナについて何か囁く者もいた。
彼女に一目を置くような発言が大半だが、中には陰口のような言葉も混ざっている。
嫉妬はどこの世界にも存在するらしい。
まったく、困った人たちである。
大丈夫かと思ってエレナを見ると、彼女は平然としていた。
いや、此度の収入で買いたいものを夢中になって呟いている。
完全に上の空で、陰口が耳に入ってこないみたいだった。
皮算用もこういう時はいいものだね。
エレナも随分と逞しくなった気がする。
今回の探索をきっかけに自信を持てたのかもしれない。
表面上はそれほど大きな変化はないものの、心が強くなったんじゃないだろうか。
周囲の視線が気になる俺よりも、よほど堂々とした態度だよ。
そんなことを考えていると、数人の冒険者が近付いてきた。
リーダーらしき男がエレナに絡んでくる。
「六等級の新米がダンジョンの最下層へ辿り着けるわけがない。大方、色仕掛けでこの包帯男を口説いて、おこぼれを頂いたんだろう。もてはやされているようだが、あまり調子に乗るな」
指を突き付けた男は苛立ちを孕んだ口調で述べる。
開口一番に言うことかと呆れてしまうものの、俺はひとまず黙って見守ることにした。
確かに彼の主張は正論に近い。
以前までのエレナを知る者なら、到底理解し難い功績だろうからね。
何かズルをしているのではないかと疑うのも当然の話だ。
そして、あながち間違っていない指摘でもある。
だからと言ってここまでの侮辱は酷いと思うけどね。
というか、包帯男とは俺のことか。
まあ、今のビジュアルはそんな感じだもんな。
冒険者歴で言うとエレナが先輩にあたるのだが、口出しできない雰囲気だった。
文句をぶつけられたエレナは、特に気にした風もなく口を開く。
「私は調子に乗っていません……えっと、話はそれだけでしょうか」
「こ、の……ッ!」
エレナの興味なさげな態度に、男はカッと目を見開いて激昂した。
彼は半身になって剣を抜こうとする。
(おいおい、物騒だな)
殺気を感じた俺は男を昏倒させるための算段を脳内で組む。
嫌味だけなら許そうと思ったが、暴力行為は駄目だ。
今なら素早く無力化することだってできる。
死なない程度に痛い目に遭わせてやろう。
しかし俺が行動する前に、エレナが男の懐に潜り込んだ。
彼女はそっと柄を抑えて剣が抜き放たれようとするのを阻止する。
男の行動を予測しなければ間に合わないタイミングだった。
少しでも躊躇えば至近距離で斬られていただろう。
エレナのもう一歩の手には短剣が握られている。
密着した距離からでも、問題なく刺突できるサイズだ。
驚愕に固まる男に、エレナは静かな口調で告げる。
「――落ち着いてください。ギルド内で争うと他の方々に迷惑です」
「ぐっ……クソが」
青い顔で歯噛みする男だったが、悪態を吐いて踵を返してギルドを出て行った。
男の仲間たちも慌ててそれに付いていく。
次の瞬間、冒険者たちの間で割れんばかりの歓声が起こった。
「おい、エレナ! すげぇじゃねぇか!」
「ただの村娘かと思ったが、こんな力を隠してやがったなんてッ」
「こんなに強いのなら、パーティに誘えばよかった……!」
驚愕と喜色に溢れた声を受けて、エレナは照れくさそうに頬を掻く。
満更でもないらしい。
その表情には、年相応の笑顔があった。
(すごいな……俺よりも速くなかったか?)
そばに立つ俺は密かに感心する。
エレナに施した症状はほとんど解除していた。
身体強化などの類は発症させていない。
純粋なスピードというより、先読みと技術とセンスを駆使した動きだった。
本当にこの短期間で成長したようだ。
エレナの成長ぶりを嬉しく思っていると、一人の中年の冒険者が話しかけてきた。
「なあ、ダンジョンの最下層まで探索していたんだろう? だったら、妙な魔物を見なかったか? 黒い毛で覆われた人型のヤツだ。長い爪で戦うらしいんだがよ。何人かの冒険者が目撃したそうだが、やたらと強かったらしいんだ。情報を集めてから特殊個体の魔物としてギルドに報告するつもりだが、何か知らないか?」
「…………いや、知らないな」
俺は若干の罪悪感を覚えつつも首を振る。
世の中、真実が明かされない方が都合がいい時もあるのだ。
喧騒に溢れていた室内が途端に静まり返る。
いや、よく見ればひそひそと何事かを囁き合っている者がいた。
なんだか居心地が悪いな。
別に睨まれているとかそういう感じではないが、一斉に注目してくるのは勘弁してほしい。
ダンジョンから帰還できた記念の打ち上げでもしようかと思ったが、場所を変えた方が良さそうだ。
ただ、ギルドを出る前に戦利品の整理をしよう。
俺は受付にて素材の売却の手続きを頼む。
色々あったけど、何種類もの魔物の素材を回収してきた。
相場などはさっぱり分からないが、エレナによれば決して安くない金額になりそうとのことだ。
ついでに最下層で入手したお宝も一緒に渡す。
セツカさんがここまで収納の鞄で持ち帰ってくれたのだ。
共闘時の約束通り、総量の半分を俺とエレナが貰った。
元々、容量の関係で持ち帰ることを諦めていたのでありがたい話である。
魔術関連の書物と俺たちが使う装備類だけは売却分から除いておいた。
なんだかんだで使う場面がなかったが、魔術はしっかりと勉強してマスターしたい。
今後、時間がある時にも練習するつもりだ。
余談だが、新しい肉体もウォーク・パラジットで押し通すことができた。
ホブゴブリンの時に所持していた冒険者カードを持っていたし、エレナが証言してくれたからだろう。
そもそも登録時から素顔は見せていなかったのが大きい。
簡単な質疑応答を求められたが、特に問題なくこなすことができた。
まあ、六等級の扱いなんてそれくらいアバウトなものなのかもしれない。
それでも怪しまれているかもしれないが、いざという時はギルドマスターのセツカさんにお願いすれば解決できる。
最悪、別名義で登録し直してもいい。
ウォーク・パラジットの功績なんてたかが知れている。
リセットされたところでそれほど悔いはない。
ただ、新しい偽名を考えるのが面倒なくらいだ。
俺たちが渡した素材やお宝を抱えた職員さんは、目を白黒させながら受付の奥へと行ってしまった。
戦利品の予想外の質と量にかなり驚いている様子だった。
換金額の査定には時間がかかりそうだ。
待っている間、俺は冒険者たちの小声の会話に耳を澄ます。
何やらダンジョンとかゴーレムロードとかそういう単語が聞こえてきた。
俺たちがギルドマスターのセツカさんと協力してボスクラスの魔物を倒した話が既に広まりつつあるらしい。
情報が早いな。
まあ、ここまでの道のりでたくさんの目撃者がいたし、仕方のないことかもしれない。
エレナについて何か囁く者もいた。
彼女に一目を置くような発言が大半だが、中には陰口のような言葉も混ざっている。
嫉妬はどこの世界にも存在するらしい。
まったく、困った人たちである。
大丈夫かと思ってエレナを見ると、彼女は平然としていた。
いや、此度の収入で買いたいものを夢中になって呟いている。
完全に上の空で、陰口が耳に入ってこないみたいだった。
皮算用もこういう時はいいものだね。
エレナも随分と逞しくなった気がする。
今回の探索をきっかけに自信を持てたのかもしれない。
表面上はそれほど大きな変化はないものの、心が強くなったんじゃないだろうか。
周囲の視線が気になる俺よりも、よほど堂々とした態度だよ。
そんなことを考えていると、数人の冒険者が近付いてきた。
リーダーらしき男がエレナに絡んでくる。
「六等級の新米がダンジョンの最下層へ辿り着けるわけがない。大方、色仕掛けでこの包帯男を口説いて、おこぼれを頂いたんだろう。もてはやされているようだが、あまり調子に乗るな」
指を突き付けた男は苛立ちを孕んだ口調で述べる。
開口一番に言うことかと呆れてしまうものの、俺はひとまず黙って見守ることにした。
確かに彼の主張は正論に近い。
以前までのエレナを知る者なら、到底理解し難い功績だろうからね。
何かズルをしているのではないかと疑うのも当然の話だ。
そして、あながち間違っていない指摘でもある。
だからと言ってここまでの侮辱は酷いと思うけどね。
というか、包帯男とは俺のことか。
まあ、今のビジュアルはそんな感じだもんな。
冒険者歴で言うとエレナが先輩にあたるのだが、口出しできない雰囲気だった。
文句をぶつけられたエレナは、特に気にした風もなく口を開く。
「私は調子に乗っていません……えっと、話はそれだけでしょうか」
「こ、の……ッ!」
エレナの興味なさげな態度に、男はカッと目を見開いて激昂した。
彼は半身になって剣を抜こうとする。
(おいおい、物騒だな)
殺気を感じた俺は男を昏倒させるための算段を脳内で組む。
嫌味だけなら許そうと思ったが、暴力行為は駄目だ。
今なら素早く無力化することだってできる。
死なない程度に痛い目に遭わせてやろう。
しかし俺が行動する前に、エレナが男の懐に潜り込んだ。
彼女はそっと柄を抑えて剣が抜き放たれようとするのを阻止する。
男の行動を予測しなければ間に合わないタイミングだった。
少しでも躊躇えば至近距離で斬られていただろう。
エレナのもう一歩の手には短剣が握られている。
密着した距離からでも、問題なく刺突できるサイズだ。
驚愕に固まる男に、エレナは静かな口調で告げる。
「――落ち着いてください。ギルド内で争うと他の方々に迷惑です」
「ぐっ……クソが」
青い顔で歯噛みする男だったが、悪態を吐いて踵を返してギルドを出て行った。
男の仲間たちも慌ててそれに付いていく。
次の瞬間、冒険者たちの間で割れんばかりの歓声が起こった。
「おい、エレナ! すげぇじゃねぇか!」
「ただの村娘かと思ったが、こんな力を隠してやがったなんてッ」
「こんなに強いのなら、パーティに誘えばよかった……!」
驚愕と喜色に溢れた声を受けて、エレナは照れくさそうに頬を掻く。
満更でもないらしい。
その表情には、年相応の笑顔があった。
(すごいな……俺よりも速くなかったか?)
そばに立つ俺は密かに感心する。
エレナに施した症状はほとんど解除していた。
身体強化などの類は発症させていない。
純粋なスピードというより、先読みと技術とセンスを駆使した動きだった。
本当にこの短期間で成長したようだ。
エレナの成長ぶりを嬉しく思っていると、一人の中年の冒険者が話しかけてきた。
「なあ、ダンジョンの最下層まで探索していたんだろう? だったら、妙な魔物を見なかったか? 黒い毛で覆われた人型のヤツだ。長い爪で戦うらしいんだがよ。何人かの冒険者が目撃したそうだが、やたらと強かったらしいんだ。情報を集めてから特殊個体の魔物としてギルドに報告するつもりだが、何か知らないか?」
「…………いや、知らないな」
俺は若干の罪悪感を覚えつつも首を振る。
世の中、真実が明かされない方が都合がいい時もあるのだ。