第5話 ゴブリンの巣

文字数 2,680文字

(またゴブリンか……ただ、少し数が多いな)

 俺はどうすべきか少し悩む。

 エレナを助けた際、相対したゴブリンは三体だった。
 あの時は狼の身体能力で翻弄できたが故に倒せたのである。

 ただ、五体となるとそうも行かないだろう。
 よほど上手く立ち回らなければ攻撃を受けてしまう。
 負傷すれば素早い動きもできなくなり、やがて袋叩きにされるに違いない。

 しかも今回の奴らは棍棒に加えて剣や槍を持った個体もいた。
 武器のリーチが長いと余計に厳しい。
 こちらは噛み付きか引っ掻くことしかできないのだ。
 接近を強いられる以上、手痛い反撃は覚悟しなければならない。

 別にわざわざ倒す理由もないが、もう少し戦いの訓練をしておきたいのだ。
 モンスターや冒険者といった存在がいる世界である以上、物騒なトラブルといつ遭遇するか分からない。
 今のうちに色々と学んでおきたかった。

 極端な話、死んでも問題ないというのがやはり大きい。
 相手の数の多さで不安になったものの、あまり緊張しなくてもいいのか。

(さて、どうやって不意打ちを……ん?)

 そこで俺は目を凝らす。
 よく見るとゴブリンたちはウイルス感染していた。
 能力の実験に使った植物から二次感染したのだろうか。
 症状が一切出ていない所謂キャリアと呼ばれる状態だった。

 これは運が良い。
 既にウイルスが仕込まれているとなれば話は別だ。
 症状の操作でどうとでもなる。
 まあ、当事者たるゴブリンたちにとっては不運だが。

(それにしても、人型か……)

 有用な症状を選んでいる途中、俺はゴブリンたちのフォルムに注目する。
 人型――それは、今の俺が一番求めているものだ。
 ちょっと小柄ではあるものの、羨ましいことに変わりはない。

 ゴブリンたちの価値に気付くと、途端に倒すのが惜しくなってきた。
 非常にもったいない。
 既にウイルス感染しているのだから、好きなように扱える。

 わざとゴブリンたちに殺されて狼の肉を食わせ、そこから身体を奪うという手はあるが、さすがにそこまでするのは躊躇する。
 いくら復活できると言っても、死ぬ時は相応の苦痛を味わうのだ。
 なるべく避けたいところではある。

 どうしたものかと考えながらゴブリンたちを凝視していると、急に意識が身体から離れそうな感覚がした。
 直感に従って動こうとした瞬間、視点が一瞬で変わる。

 見れば周りに四体のゴブリンがいた。
 自分の身体を見下ろすと、似たような風貌に変わっている。
 どうやら俺は、ゴブリンに乗り移っていたようだ。

「グ、ゲェ……」

 喉からしゃがれた声が漏れる。
 控えめに言ってかなりブサイクな声だな。
 よほどの風邪でもここまで酷くはならないぞ。

 それにしても、ここでまた新たな発見だ。
 別に死ななくても、ウイルスさえ感染してれば乗っ取りが可能らしい。

 こいつは便利だ。
 俺の快適なウイルスライフが抜群に捗る。

 元の狼はと言えば、混乱した様子でどこかへ去っていくところだった。
 俺の意識が消えたことで、元の人格が肉体の操縦権を取り戻したみたいだね。
 乗っ取られ中の記憶の有無は気になるが、今は確認する術もない。

「グゲェ、ゲェ?」

 一体のゴブリンが何事かを尋ねてきた。
 この肉体の補正なのか、なんとなく言っていることが分かる。
 どうしたのか、と訊かれたようだ。

 こちらの様子の変化を気遣ってくれたのか。
 意外と優しいな。
 連携戦闘は上手だったし、ゴブリンの仲間意識は強いのかもしれない。

「……ググゥゲ」

 俺は「大丈夫だ」というニュアンスの言葉を返しておく。
 ゴブリン語もなんとなく喋れることができた。
 俺の答えにゴブリンは納得したようで、何事もなかったかのように移動を再開する。

(どこに行くのだろう……?)

 流れで追従するも、目的地は不明だ。
 尋ねたら怪しまれそうなのでやめておく。
 せっかくなので付いていくのも面白そうではあるよね。
 これといった当てもなかったし。

 それに念願の人型だ。
 リハビリがてら、他のゴブリンと行動を共にするのも良いだろう。
 前世に比べると随分と小さいので勝手は違うが、四足歩行よりは違和感がなかった。

 まあ、残念ながらこの姿で街へ赴くのは難しそうだけどね。
 体格もそうだが、人間の言葉を話せないのが致命的であった。
 すぐにゴブリンだとバレて討伐されるのがオチだ。
 もうちょっと我慢する他あるまい。

 そんなこんなで歩くこと暫し。
 ゴブリンたちは、仄暗い洞窟の前で止まった。

 洞窟の入口には槍を持った二体のゴブリンが座っている。
 見張りなのだろうか。
 二体はこちらをちらりと見たが、すぐに興味を無くして視線を外す。
 俺たちはその間を抜けて洞窟の中へと入った。

(ここは、ひょっとしてゴブリンの巣か)

 俺はきょろきょろと見回しながら進む。

 洞窟内は横幅があり、草を重ねて作った寝床でゴブリンが寝ていたりした。
 壺に入った果物なんかもある。
 壁には武器も立てかけられていた。
 ゴブリンの数も多く、あちこちで何事かをやり取りしている。

 こうやって見ていると生態が知れて面白いな。
 この鼻の曲がりそうな悪臭さえどうにかしてくれれば、もう少し楽しめるのだが。
 本当に気持ち悪い。
 洞窟なので換気が不足しているのも要因だろう。
 俺は吐きそうなのを堪え、別のことを考えることにする。

 とりあえず言えるのは、ウイルス感染のチャンスが到来したということだ。
 不快な環境に置かれてはいるが、肉体のストックができるのは嬉しい。
 俺は自分の呼気にウイルスを混ぜて、適当に感染の輪を広げていく。

 ちなみに症状は仕込んでいない。
 こいつらを虐殺したいわけではないので、ひとまずキャリアとするだけでいいだろう。
 その気になれば症状を一気に悪化させることも可能なので、実質的には命を握っているようなものだが。

 ウイルスを軽快に感染させまくっていると、俺たちは洞窟の最奥らしき場所に着く。
 そこには革を敷いた石椅子があり、屈強な体格をした鬼が座っていた。
 成人男性くらいのサイズで、明らかに他のゴブリンとは異なる。
 種族そのものが違うと言われても不思議ではないほどだ。

(ホブゴブリン……?)

 俺はゲームで知ったその言葉を連想した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み