第52話 奪われし出番
文字数 2,009文字
「……というわけで、俺は、少女を探さなくては、いけない」
終始拘束されたまま、俺は大まかな事情を話し終える。
仲間の冒険者の少女が、ダンジョン内の崩落に巻き込まれて下層へ落下した。
彼女を探索するために急いでいる。
エルフの美女に告げたのは、だいたいそんな感じのことだ。
誤魔化すこともないので正直に話した。
何事も誠実な態度が一番だよね。
現代日本にいた頃から変わらない価値観である。
ちなみにこの見た目に関しては、醜いので普段は隠しているが道中で鎧を破壊されて露出してしまったと説明している。
こちらも一応は嘘ではない。
魔物であることに触れなかっただけだ。
よく分からないけど、街中にも様々な容姿の人々がいたから違和感はないと思いたい。
ここまできちんとやり取りしているので、少なくとも害意はないと伝わったはずだろう。
黙って話を聞いていたエルフの美女は神妙そうな表情を見せる。
「事情は分かった。しかし、どこの階層に落ちたのか分からなかったのなら、崩落した箇所を中心に捜索網を広げればよかったのではないか。他の冒険者や魔物と遭遇した時点で、その先に探し人がいる線は薄いだろうに」
「あ……」
指摘された俺は絶句する。
言われてみればその通りだった。
どうしてそんな簡単なことに考えが至らなかったのか。
落ち着いているつもりだったが、やはり頭が働いていなかったらしい。
完全なる判断ミスだ。
おかげで大幅に時間を無駄にしてしまった。
自分の短慮さを呪いたくなる。
こちらの胸中を察したのか、エルフの美女が苦笑した。
「相当に焦っていたのだな。引き止めてしまってすまなかった。もう動いてもいい」
彼女の言葉と同時に、びくともしなかった身体が自由になる。
不審者認定は取り消してもらえたらしい。
ただ、いきなり走り去ろうとはしない。
先ほどの繰り返しになってしまうからね。
ようやくある程度の信頼を獲得したのだ。
きちんと許可を得てから、堂々と別れよう。
「もう、話は、いいか」
「ああ。大丈夫だ。私も捜索を手伝いたいのだが、生憎と所用で地上に戻らねばならない。探し人が無事に見つかるのを祈ろう」
凛々しい笑みを以て答えるエルフの美女だったが、急に険しい表情を覗かせた。
彼女は体内魔力の密度を上げながら振り向く。
直後、通路を破壊しながら巨大な鰐が顔を出した。
頭部のサイズからして、曲がり角の向こうに隠れる体躯は、長さ十メートルは下らないだろう。
鰐というよりもはや怪獣の類だな。
よくもまあ、こんな通路を移動できるものだと感心してしまう。
そんな鰐は激しく揺れる頭部を壁にぶつけることで瓦礫を弾き、こちらに飛ばしてきた。
(おっと、危ない危ない……)
俺はバックステップで距離を取りながら、回避できない瓦礫だけを爪で切り裂く。
まともに食らったら骨が折れそうだ。
防御した爪経由で腕がちょっとだけ痺れる。
ちょっと暴れた余波でこれとは、とんでもない魔物が現れたな。
さすがは深階層というべきか。
これまでのランナップが序の口に思えてくる。
まあ、倒せないことはなさそうだ。
ここは堅実にウイルスを感染させてから動きを止めて――。
「やれやれ、私の魔力に釣られてきたか」
俺が戦いの算段を組む一方、エルフの美女が肩をすくめる。
彼女は俺と鰐の中間地点に立っていた。
傷一つ負った様子もない。
瓦礫の雨にどうやって対処したのだろう。
回避に集中して確認できなかった。
鰐に向かって手をかざしたエルフの美女は、冷ややかな声音で言葉を発する。
「止まれ。私に近付くな」
その瞬間、鰐がビクリと震えて硬直した。
エルフの美女に食らい付こうとした口は全開のままだ。
まるで金縛りにでもなったかのような状態である。
さすがに察しの悪い俺でもすぐにわかった。
これは俺を拘束したのと同じ能力だ。
大型の魔物にも通用するレベルなのか。
なるほど、ホブゴブリン如きの抵抗ではどうにもならないわけである。
さらにエルフの美女が何事かを呟くと、鋭い空気の揺れのようなものが鰐の顔面をズタズタに切り裂いた。
風の刃でも飛ばしたのか?
発動の際に魔力の高まりを感じたので魔術の類だと思う。
なんというか、反則ギリギリの技だな。
身動きが取れない無防備な状態で、魔術を撃ち込まれたら対処なんてできるはずもない。
事実、鰐は大量の血を流しながら息絶えていた。
見れば首がぱっくりと裂けている。
もう少しで完全に切断されそうになっていた。
(強そうな魔物だったのに呆気なかったな……)
なんとなく出番を取られた気がして、消化不良な気持ちになる俺であった。
終始拘束されたまま、俺は大まかな事情を話し終える。
仲間の冒険者の少女が、ダンジョン内の崩落に巻き込まれて下層へ落下した。
彼女を探索するために急いでいる。
エルフの美女に告げたのは、だいたいそんな感じのことだ。
誤魔化すこともないので正直に話した。
何事も誠実な態度が一番だよね。
現代日本にいた頃から変わらない価値観である。
ちなみにこの見た目に関しては、醜いので普段は隠しているが道中で鎧を破壊されて露出してしまったと説明している。
こちらも一応は嘘ではない。
魔物であることに触れなかっただけだ。
よく分からないけど、街中にも様々な容姿の人々がいたから違和感はないと思いたい。
ここまできちんとやり取りしているので、少なくとも害意はないと伝わったはずだろう。
黙って話を聞いていたエルフの美女は神妙そうな表情を見せる。
「事情は分かった。しかし、どこの階層に落ちたのか分からなかったのなら、崩落した箇所を中心に捜索網を広げればよかったのではないか。他の冒険者や魔物と遭遇した時点で、その先に探し人がいる線は薄いだろうに」
「あ……」
指摘された俺は絶句する。
言われてみればその通りだった。
どうしてそんな簡単なことに考えが至らなかったのか。
落ち着いているつもりだったが、やはり頭が働いていなかったらしい。
完全なる判断ミスだ。
おかげで大幅に時間を無駄にしてしまった。
自分の短慮さを呪いたくなる。
こちらの胸中を察したのか、エルフの美女が苦笑した。
「相当に焦っていたのだな。引き止めてしまってすまなかった。もう動いてもいい」
彼女の言葉と同時に、びくともしなかった身体が自由になる。
不審者認定は取り消してもらえたらしい。
ただ、いきなり走り去ろうとはしない。
先ほどの繰り返しになってしまうからね。
ようやくある程度の信頼を獲得したのだ。
きちんと許可を得てから、堂々と別れよう。
「もう、話は、いいか」
「ああ。大丈夫だ。私も捜索を手伝いたいのだが、生憎と所用で地上に戻らねばならない。探し人が無事に見つかるのを祈ろう」
凛々しい笑みを以て答えるエルフの美女だったが、急に険しい表情を覗かせた。
彼女は体内魔力の密度を上げながら振り向く。
直後、通路を破壊しながら巨大な鰐が顔を出した。
頭部のサイズからして、曲がり角の向こうに隠れる体躯は、長さ十メートルは下らないだろう。
鰐というよりもはや怪獣の類だな。
よくもまあ、こんな通路を移動できるものだと感心してしまう。
そんな鰐は激しく揺れる頭部を壁にぶつけることで瓦礫を弾き、こちらに飛ばしてきた。
(おっと、危ない危ない……)
俺はバックステップで距離を取りながら、回避できない瓦礫だけを爪で切り裂く。
まともに食らったら骨が折れそうだ。
防御した爪経由で腕がちょっとだけ痺れる。
ちょっと暴れた余波でこれとは、とんでもない魔物が現れたな。
さすがは深階層というべきか。
これまでのランナップが序の口に思えてくる。
まあ、倒せないことはなさそうだ。
ここは堅実にウイルスを感染させてから動きを止めて――。
「やれやれ、私の魔力に釣られてきたか」
俺が戦いの算段を組む一方、エルフの美女が肩をすくめる。
彼女は俺と鰐の中間地点に立っていた。
傷一つ負った様子もない。
瓦礫の雨にどうやって対処したのだろう。
回避に集中して確認できなかった。
鰐に向かって手をかざしたエルフの美女は、冷ややかな声音で言葉を発する。
「止まれ。私に近付くな」
その瞬間、鰐がビクリと震えて硬直した。
エルフの美女に食らい付こうとした口は全開のままだ。
まるで金縛りにでもなったかのような状態である。
さすがに察しの悪い俺でもすぐにわかった。
これは俺を拘束したのと同じ能力だ。
大型の魔物にも通用するレベルなのか。
なるほど、ホブゴブリン如きの抵抗ではどうにもならないわけである。
さらにエルフの美女が何事かを呟くと、鋭い空気の揺れのようなものが鰐の顔面をズタズタに切り裂いた。
風の刃でも飛ばしたのか?
発動の際に魔力の高まりを感じたので魔術の類だと思う。
なんというか、反則ギリギリの技だな。
身動きが取れない無防備な状態で、魔術を撃ち込まれたら対処なんてできるはずもない。
事実、鰐は大量の血を流しながら息絶えていた。
見れば首がぱっくりと裂けている。
もう少しで完全に切断されそうになっていた。
(強そうな魔物だったのに呆気なかったな……)
なんとなく出番を取られた気がして、消化不良な気持ちになる俺であった。