第30話 報復

文字数 2,006文字

(こいつらか……何の用なのか、は訊くまでもないな)

 俺はため息を噛み殺す。

 男たちが登場した理由など分かり切っていた。
 昼間にエレナへの接触を妨害した上で恥を掻かせた報復だろう。
 いつか来るかと思っていたが、まさか即日で行動に移してくるとは思わなかった。

 予想より随分と短気な連中だったらしいね。
 本当にびっくりだよ。
 名の知れた冒険者の一団みたいだし、プライドがあるのかもしれない。
 それを挫かれたとなれば、仕返しをしたくなるのも分からなくはないが……。
 どのみち自業自得なことに変わりはないよね。

 憎悪を込めてこちらを睨む彼らの顔面は、それぞれ醜く腫れ上がっていた。
 気絶させるために強めに殴ったからね。
 まあ、元から人相は悪かったし、そこまで大差はないだろう。

 むしろ前よりハンサムになっているんじゃないだろうか。
 野性味が増したのでモテるようになったと思う。
 少なくとも俺は今の方が好みだね。

 三人の男たちの他にも、前後に二人ずつ知らない顔が増えていた。
 彼らが呼んだ仲間だろうか。
 ローブを着た者やクロスボウを持った者など、恰好や武器は多岐に渡る。
 総勢七人とは、よほどこちらを一方的に潰したいらしい。

 俺は前方にいる男たちに淡々と告げる。

「け、いこ……く、しよ、ウ。いま、な、ら……ゆ、るして……や、ル。は、やく、どケ」

 すると、連中の一人が余裕綽々といった様子で答える。

「何を馬鹿なことを。今回は人数を揃えてきたんだ。魔術師もいるから、てめぇの妙な魔術の対策だって万全だ。少しは戦えるかもしれねぇが、この人数を相手には厳しいだろう?」

 他の男たちも愉快そうに笑った。
 絶対的に有利な立場にあると認識しているようだ。
 自信と悪意に満ち溢れている。

 そんな彼らの姿を、俺は冷笑するしかなかった。

(どうしても俺を叩きのめしたいみたいだね。その熱意を別の方向に活かせばいいのに……)

 多勢に無勢とは言うものの、俺に限ってはそれが当てはまらない。
 まず魔術対策があろうが、何の意味もない。
 俺の弱体化はウイルス由来なのだから。
 完全なお門違いである。

 仮に弱体化を封じられたとしても、別に大した問題ではない。
 各症状で肉体性能をブーストするだけの話だ。

 俺は最後の警告を発する。

「ほ、んと、うに……いい、の、カ? こ、ちらも、てかげ、ん……し、ない、ガ。にど、とかか、わ、らな、いと……や、くそ、く、すれば……な、にも、しな、イ」

 対する男たちは、さもおかしそうに笑いながら罵倒を返してきた。

「おいおい、まだ状況が理解できていないのか? 絶体絶命なのは、お前だ」

「ヒヒッ、命乞いをすれば楽に殺してやるよ」

「お前の次にはエレナちゃんも待ってるんだ。早く済ませないとな。お前の首を土産にすれば、大人しく付いてきてくれそうだ」

 投げかけられる救いようのない言葉の数々に、俺はそっと俯いた。
 ぴきり、と怒りが生じる。
 小さく灯ったそれは、心の内でぐらぐらと煮えて膨れ上がった。

 もう知らないぞ。
 我慢ならない。
 こいつらはボーダーラインを踏み越えてしまった。

 俺はすらりと剣を抜き放つ。
 同時に【獰猛Ⅱ】を発症して精神構造を弄った。

「――シッ」

 直後に地面を蹴って疾走。
 【敏捷Ⅱ】【身軽Ⅰ】【突進Ⅰ】の補正によって爆発的な加速力を得た俺は、最も近い位置にいた男に斬りかかる。

「…………あっ」

 その男は呆然と口を空けて無防備に立っていた。
 攻撃どころか防御や回避に動く気配すら見られない。
 単純にこちらのスピードに目が追いつけていないことに加え、【奇襲Ⅰ】の効果もあるのだろう。

 打ち下ろす刃は、男の頸動脈を斜めに切り進んで脇から抜けていった。
 首と片手を切断された男は血飛沫を散らしながら崩れ落ちる。
 あまりにもあっけない死だった。

「うおっ!?」

「え、あぁっ!?」

「ひいいいぃ!」

 近くにいた他の三人が飛び退く。
 背後でも情けない声がした。
 俺の先制攻撃が予想外だったらしい。

 まったく、どれだけ舐められていたのやら。
 弱体化さえ防げればどうにかなると思っていたのかな。
 ちょっと見込みが甘すぎるんじゃないだろうか。

(意外とショックが少ない……【獰猛Ⅱ】で理性が押しやられているのか)

 初めての殺人に不快感を覚えつつも、俺は兜の内の表情を変えない。
 併用する【冷静Ⅰ】と【平常心Ⅰ】のおかげで、荒れ狂う激情も制御できていた。
 さながら戦闘マシーンと化した気分である。

 とにかく、今は目の前の問題の解決に尽力しよう。
 余計なことは後で考えればいい。

 血の滴る剣を手に、俺は残る獲物を見定めた。
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