第7話 ウイルスの奮闘

文字数 2,355文字

 俺はオークの死体に足をかけたまま、剣を軽く弄ぶ。
 すんなりと扱えるのは【器用Ⅰ】の補正があったからだろう。
 そうでなければ、あんな風にズバッと槍と腕を斬り落とせるはずがない。
 自分でもびっくりしているくらいだ。

 高鳴る心臓がうるさい。
 剣を刺した感触や、この状況そのものに気分が高まっている。
 それでもパニックになるほどではない。
 狼の時にゴブリンを噛み殺した経験があるからだろうか。

「プギッ、プギィ!」

「プギイイイィィッ!」

「プギプギッ」

 仲間を殺されたオークたちが全員で押し寄せてくる。
 もはや慎重さとか冷静さなど捨て去られていた。
 殺意を全開にして攻め込んでくる姿には、ともすれば恐慌してしまうほどの迫力がある。

 しかし、ゴブリンたちも負けていない。
 勇ましく叫びながら、それぞれ武器を持って突撃する。

 その最中、俺はこっそりとウイルスを放出した。
 接近戦で感染を防ぐのは不可能だろう。
 威勢よく突っ込んできたオークたちは、その身にウイルスを取り込む。


>症状を発現【頑強Ⅰ】
>症状を発現【剛腕Ⅰ】
>症状を発現【治癒Ⅰ】
>症状を発現【気力Ⅰ】
>症状を発現【痛覚鈍化Ⅰ】
>症状を発現【狂騒Ⅰ】


 一気にスキルも獲得した。
 オークという種族はやはりパワフルな戦い方をする種族らしく、肉弾戦に向いていそうな症状がたくさんだ。
 なんだか危険な気配のする【狂騒Ⅰ】以外を発症させる。
 乱戦で不意を突かれないために【危険察知Ⅰ】も合わせて使った。

 さらなる肉体強化がはっきりと知覚できる。
 こいつはすごいぞ。
 力が際限なく漲ってくるようだ。
 何の憂いもなく存分に戦える。

 周囲ではゴブリンとオークが激しい戦いを繰り広げていた。
 互いに血を流しながら武器を振るう。
 本来ならオークが優勢になるのだろうが、俺がウイルスで強化したゴブリンたちはそう簡単にはやられない。

 戦況をさらに押し込むため、ゴブリンたちには追加で得た分を、逆にオークたちには【臆病Ⅰ】だけを発症させる。
 これでもっと戦いやすくなるはずだ。

「プンギィッ!」

 斧を持ったオークが真正面から攻撃してくる。
 症状にも屈しないとはさすがだな。
 内心で褒め称えながら、俺は剣の斬り上げで対抗する。

 甲高い金属同士の衝突音。
 押し負けたオークが大きく仰け反った。

 多重に発動した症状で俺の膂力は底上げされているのだ。
 自分でも信じられないほど簡単に攻撃を弾けた。

「プギッ……!?」

 驚愕するオーク。
 まさか力負けするとは思っていなかったらしい。

 気持ちは分からないでもないので頷いておく。
 俺は空いた手を貫手で構え、【鋭爪Ⅰ】を発症させながらオークの首を突く。

 尖った爪がぶよぶよとした皮膚を貫く。
 俺が腕を振り抜くと、その分だけ切り裂かれて鮮血が迸った。

 どうやら頸動脈を傷付けたらしい。
 大量の血を散らしながら、そのオークは倒れて絶命する。

 死体から視線を外した俺は、辺りを見回して戦況を確かめる。

 くらりとするほどに濃密な血の臭い。
 ゴブリンとオークの双方に被害が出ていた。
 だが、ゴブリンたちにはまだ余裕がある。

 数種類のモンスター由来の症状で強化された上、元の数がやたらと多いおかげだ。
 このまま任せてもいいが、せっかくなので俺も頑張るとしよう。
 一応はゴブリンの巣のボスになったのだから。
 ゴブリンに夢中でがら空きの背中を見せるオークの首を刎ねながら、俺は次の獲物を見定める。

(……あいつにするか)

 端の方に弓を使うオークがいた。
 遠距離からゴブリンを射殺そうとしている。

 面倒だな。
 離れているせいでウイルスにも感染していない。
 俺は戦場の間を縫うように駆け抜ける。
 距離を詰めてぶった斬ってやる。

 こちらの接近に気付いたオークは、すぐさま弓をつがえた。
 手慣れた動作だ。
 構えも一目で分かるほどに洗練されている。

(これは、避けられないな……)

 さすがに弓矢の射撃を見切れるほど動体視力には優れていない。
 俺は剣をかざして頭部を隠した。

 直後、風を切る音に続いて左肩に痛みが走る。
 見れば矢が刺さっていた。
 血が微かに滲む。

 ただ、致命傷ではない。
 痛みも我慢できる程度に収まっている。
 動かす分にもほとんど支障がない。
 発症中の【治癒Ⅰ】【気力Ⅰ】【痛覚鈍化Ⅰ】のおかげだろう。
 後で処置すれば問題ない、気がした。

(それよりも今は……こいつだなッ)

 俺は全力疾走で弓持ちのオークに近付いていく。
 慌てて第二射を試みているが、もう遅い。

 俺は袈裟掛けに剣を一閃させた。
 肩口から飛び込んだ刃が、オークの体内を斜めに蹂躙して脇腹へと抜けていく。

「ブゴァッ……ブ、ピィッ!」

 オークは臓腑をぶちまけて沈んだ。
 ずるり、と切断面から胴体がずれ落ちる。

 俺は勢い余って返り血を盛大に浴びてしまった。
 うえ、気持ち悪い。
 不快感が半端ないな。
 一刻も早く全身を水で洗い流したい。
 とにかく、この戦いを終わらせなければ。

「グゴオオオオオォォォッ!」

 俺の雄叫びによってビクリと震えるオーク。
 ゴブリンたちは元気に叫んで応答する。
 士気では完全にこちらに軍配が上がったな。

 あとは心の赴くがままに食らい尽くすだけだ。
 血を滴らせながら、俺は残るオークへと斬りかかっていく。

 数分後、ゴブリンの巣を襲撃してきたオークの集団は、蔓延した俺というウイルスが敗因となって全滅した。
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