第42話 罠と追撃

文字数 2,047文字

(おいおい、どんだけベタなトラップだ……ッ!)

 俺は内心で悪態を吐く。

 放たれた矢を前に、エレナはぼんやりと佇んでいた。
 彼女が回避する気配はない。
 なぜだ。
 いくらなんでも反応の一つくらいは見せるだろうに。

 仕方ない、考えるのは後だ。
 今やるべきことは、考察や謎解きではない。

 俺は背後からエレナの襟首を掴み、やや乱暴に引き倒す。
 ちょっと苦しかったかもしれないけど、緊急事態なので勘弁してほしい。

 同時に飛来する無数の矢。
 それらのうち一部がエレナと俺に突き刺さった。
 全身各所に鋭い痛みが走る。

 俺はエレナを庇うようにして地面に倒れ込んだ。
 すぐさま彼女を仰向けに寝かせて状態を確かめる。

 エレナは気を失っていた。
 顔色は悪く、じっとりと汗を掻いている。
 手足には矢が突き立っていた。
 幸いというべきか貫通はしておらず、出血もそれほど多くない。

 むしろ回避行動を取れなかった俺のダメージの方が大きい。
 十本を優に越える矢が全身に満遍なく刺さっていた。
 鎧や兜が上手く防いでくれているものの、いくつかは普通に致命傷である。

 おまけに矢を受けた箇所が妙にピリピリと痺れた。
 頭もふらついてきて、吐き気が込み上げてくる。

 もしかして矢に毒が塗られていたのか。
 そう思って【解毒Ⅰ】を発症させると、身体の不調はすぐに消え去った。

 ダンジョンに挑む前に薬草から症状を貰っておいて正解だったな。
 俺は刺さった矢を引き抜いて【再生Ⅰ】で傷を治癒する。
 処置が済んだところでエレナを見やった。

(つまり、エレナも毒を受けたということだな……)

 軽傷とはいえ、彼女も矢を受けたのだ。
 気絶しているのも毒のせいかもしれない。
 ここは躊躇っている暇はないね。
 俺はエレナにウイルスを感染させて、先程と同じ手順で治療を施した。


>症状を発現【幸運Ⅰ】


 ほう、まさかエレナから新規症状を得られるとは予想外だ。
 でもどうして毒矢を受けた人間から【幸運Ⅰ】が取得できたのか。
 ある種の皮肉なのかな。

 一緒にいる限り、エレナに幸運要素はないと思うのだが。
 むしろ不遇な環境を強いられている印象が強い。
 総じて幸は薄そうである。

 まあ、ゲットできたものに文句を付けても意味はない。
 悪いことではないのだから、ありがたく頂戴しよう。
 とりあえず【幸運Ⅰ】は常に発症させておくことにする。

 俺はエレナを通路の隅に寝かせた。
 重ねた布を頭の下に敷いて枕代わりにしておく。

 彼女が目覚めるまで待機だ。
 ひとまずエレナの容態は改善に向かっている感じがした。
 今は静かに呼吸を繰り返している。
 各主症状で回復力を上げているので、少し待てば元気になるだろう。
 無理に起こすこともあるまい。

 俺は壁にもたれて周囲を警戒する。
 その傍らで地図を確認した。

(おかしい。この先は普通に続いているはずなんだが……)

 俺は矢の発射された宝箱付近を見る。
 どう見ても突き当たりだが、地図によれば直線の通路が変わらず描かれていた。

 明らかに構造が違っている。
 縮尺のズレとかそういうレベルではない。
 もしかして品質の低い地図を掴まされたか。
 だとしたらとんだミスだ。
 これを売ってきた店主は後で詰問しなければいけない。

 他にもおかしな点はある。
 罠が起動した時、どうしてエレナは迂闊な行動を取ったのか。
 色々と危うい一面はあるものの、彼女はあんな風に宝箱で釣られるような性格ではなかったはずだ。
 何かおかしな様子だった。
 まるで何者かに思考を操作されたかのような……。

 その時、発症中だった【危険察知Ⅱ】【気配感知Ⅰ】が反応した。
 敵意ある存在が、俺たちが通ってきた通路側から接近してくる。
 その数は――およそ三十体。

 やけに多いな。
 この狭い空間に押し寄せる規模ではない。
 それだけ俺たちを仕留めたいのか。

(罠の作動を知って駆け付けたな?)

 俺はエレナを守る位置に立って戦斧を構える。
 出来過ぎたタイミングだ。
 おそらく罠を仕掛けた奴らが、その成果を確かめに来たに違いない。

 その狩人のような戦法に感心する。
 魔物と言えば、本能のままに襲いかかってくるイメージだったのだが。
 手先の器用なゴブリンでも武器を作って徒党を組むくらいだった。

 相手はそれなりに知恵の働く魔物らしい。
 またしても新米冒険者向けの敵ではないけどね。
 ここまで来ると文句を言う気もない。
 不測の事態に慣れつつある。

 まあ、俺がやることは一つだ。
 逃げも隠れもせずに受けて立とう。
 結構な歓迎をしてくれた礼をせねば。

 そうして待つこと数秒。
 キィキィと金切り声を上げて飛んできたのは、体長数センチの羽根の生えた黒い悪魔のような小人たちだった。
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