第56話 告白

文字数 2,014文字

「あ……その……なん、だ……」

 こちらを見つめるエレナに、俺はしどろもどろになる。
 何を言ったらいいか分からなかった。
 黙っているのが一番マズいのだろうが、意識が引いていくような感覚がする。

 あれだけ隠してきたのに、あっけなく正体が露呈してしまった。
 必死すぎて頭がちっとも回らない。
 【防刃毛Ⅰ】を解除して見た目をマシにする程度の発想はあったのに、どうしてもう少し考えなかったのか。
 我ながらどうにも詰めが甘すぎる。

 混乱する俺とは対照的に、エレナはなぜか落ち着いていた。
 俺の様子にちょっと困ったような様子を見せているものの、それ以外は平常通りに見える。
 彼女は、顔が丸見えの状態の俺に普通に接してきた。
 純粋に再会を喜んでくれているみたいである。
 最初に驚くなり何なりされれば、俺も顔が露出していることにすぐ気付けたと思う。

 どうして俺がホブゴブリンなのにリアクションが薄いのか。
 実は既にバレていた、という可能性は低い。
 万能な弱体化の魔術を怪しまれていたかもしれないが、そこから俺が魔物であると結び付きはしまい。
 精々、得体の知れない魔術師という認識になるくらいだろう。

 考えれば考えるほど分からない。
 俺は数歩だけ後ろに下がった。
 もう遅いと悟りながらも、手で顔を覆って隠す。

 きょとんとした様子のエレナは、不思議そうに首を傾げた。
 まるで俺が奇行に走っているかのような反応である。
 こちらがおかしいのかと錯覚してしまいそうだ。

 しかし、このままでは埒が明かない。
 さすがに素顔を見られたら下手な言い逃れもできなかろう。
 この微妙な沈黙に耐えられなくなった俺は、エレナに素性を告白する。

 とは言え、彼女に日本人や異世界転生といった事情を話してもややこしくなるだけだ。
 それらの部分は意図的に省き、俺が元人間の憑依魔術の使い手で、本来の肉体が朽ちたので代用としてホブゴブリンの肉体を使っているという風に説明した。
 完全なる真実ではないが間違いでもない。
 俺がどういう存在なのかは伝わったはずだ。

 狼の肉体を使っていた時に、ゴブリンの手からエレナを救ったことも告げる。
 こうなったらある程度は正直に白状しようと思った。
 魔物だと露呈した以上、あえて隠し事をすることもあるまい。
 我ながら、ちょっと投げやり気味になっていた。

 すべてを話し終えたところで、俺は深いため息を吐く。

(あーあ、短い時間だったな……)

 これでエレナと別れることになるのだろう。
 さすがに地上までの帰還は全力で守るが、それ以降は行動を共にできない。
 彼女だって一緒にいたくないと思う。
 冒険者ウォーク・パラジットなら問題なかったのだろうが、実際は人間を騙る醜い魔物だったわけだ。
 さぞショックを受けているだろう。

 そうだ、憑依能力だけは吹聴しないようにお願いしなければ。
 俺みたいな存在が周知されると騒ぎになってしまう。
 どれだけ対策を打たれようが殲滅される恐れはないが、疑心暗鬼になった人々が無用な争いを起こしたら申し訳ない。
 騙されたことに対する文句を誰かに言いたいだろうけど、こればかりは堪えてほしい。

「パラジットさん」

 感情を窺わせない、はっきりとした声音。
 先ほどから黙って俺の話を聞いていたエレナが口を開いた。

 俺は拒絶の言葉や罵倒を覚悟する。
 拳を固く握って目を閉じる。

 しかし続けて紡がれたのは、想像とは正反対の言葉であった。

「秘密を教えてくださりありがとうございます。色々と知れて嬉しいです……だから、そんな辛そうな顔をしないでください。私はとても感謝しているんですよ」

「俺、を嫌わない、のか」

「当たり前じゃないですか! パラジットさんは、私を何度も助けてくれた恩人です。わがままに付き合って戦い方も教えてくれましたし、今もこうして装備が壊れていることに気付かないほど必死に駆け付けてくれました。そんなあなたを、嫌うはずがありません」

 エレナは半ば詰め寄るようにして熱く語りかけてくる。
 その眼差しには様々な感情が含まれていた。
 彼女は温かな微笑みを以て俺を見上げてくる。

「むしろすごいですよ! 魔物の身体に精神を移して完璧に操れる魔術なんて聞いたことがありません。そんな力を持っているなんて、さすがパラジットさんですね! ますます尊敬してしまいます――って、ちょっと大丈夫ですか!?」

 そこまでが限界だった。
 俺は崩れ落ちるようにして地面に膝を突く。
 取り落した棍棒が硬質な音を立てた。
 目を伏せたまま、俺は震える声で言う。

「あり、がとう……本当に、ありがとう……」

 エレナは、そんな俺の手を包むように握る。
 俺は懸命に涙を堪えることしかできなかった。
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