第29話 不穏な影

文字数 2,022文字

 ギルドでエレナと別れた俺は、夜の街中をぶらついていた。
 今夜、泊まる宿を探すためである。
 せっかく街に来ているのだから、文明的な生活がしたかった。
 野宿なんてご免だ。

 街は昼間とはまた異なる雰囲気で、全体的に怪しい感じがする。
 暗がりでこそこそしている輩からは、うっすら犯罪臭もしていた。
 あまり関わらないようにしよう。
 早く宿泊場所を決めないと。

(エレナにおすすめの宿を訊いておけばよかったなぁ。お金にも余裕があるんだし)

 若干の後悔を抱いて歩いていると、通りを塞ぐ人だかりに遭遇する。
 日も落ちたというのにここだけ妙に騒がしく、怒声まで聞こえてきた。

 ちょっと背伸びをして人だかりの向こうを確かめると、二人の男が路上で殴り合っていた。
 見ればどちらも顔が真っ赤だ。
 酔った勢いでの喧嘩かな。

「よし、やっちまえ!」

「負けんなよ! 俺の小遣いがかかってんだ!」

「いいパンチだ。そのまま押し込めっ」

 周りはジョッキを片手に囃し立てる。
 一部の露店や通行人は迷惑そうだが、こういった事態にも慣れているのか、止めようとする者はいない。

 やがて、片方の男が剣を抜き放った。
 それに合わせてもう片方は杖を構える。

 これには観客となっていた人々も制止を試みようとするも、すぐさま動こうとする親切な者はいない。
 わざわざ怪我のリスクを背負ってまで喧嘩を止めるつもりないのだろう。

(まったく、路上で迷惑な……)

 ざわめきの起こる中、俺は呆れ果てる。
 殴り合いの段階で止めておけば楽だったのに。

 仕方ない、ここは俺が手出しするかな。
 少しおとなしくしてもらおう。
 俺は人の輪を押し進んで最前列まで行き、渦中の二人にウイルスを感染させる。


>症状を発現【泥酔Ⅰ】
>症状を発現【酩酊Ⅰ】


 間を置かず二人に【冷静Ⅰ】と【平常心Ⅰ】を発症させた。
 酔っぱらいたちは、我に返ったように動きを止める。

「あ、れ……?」

「なんだ……急に……」

 彼らは不思議そうな表情をした後に互いに謝り、ふらつきながらも別々の方向へ歩きだす。
 もちろん武器は仕舞っていた。

 それに伴って見物していた人々も散っていく。
 やや残念そうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
 この街の人間は野次馬根性が強いらしい。

(もうちょっと普通に街を回りたいものだね……)

 やはり昼間より割り増しで治安が悪くなるようだ。
 女の子が一人で出歩けるような場所ではないと思う。
 こうした状況を目にすると、現代日本が如何に平穏だったかが身に染みて分かるね。
 地域によってはその限りでもないだろうが、少なくとも剣や魔術で攻撃されないかと恐れなくていい。
 俺は密かに嘆息しつつ、宿屋探しを再開した。

 そうして移動すること暫し。
 ちょうどよさそうな宿屋を見つけたのだが、俺は入る直前に足を止める。
 発症中だった【気配感知Ⅰ】と【危険察知Ⅱ】が警鐘を鳴らしているのだ。

(一体なんだ……?)

 俺は気を引き締める。
 敵意を向けてくる複数の気配が、背後からこちらを見ていた。
 存在に気付いていることを悟らせないために振り向かない。
 自然な動作を心がけてUターンをして宿屋を離れる。
 俺個人に対するトラブルで、無関係な宿屋を巻き込みたくなかった。

(この街に知り合いなんてほとんどいなかったはずだが……)

 道中で助けた商人のロイなどは知り合いだろうが、彼がこんなことをするとは思えない。
 より正確に言えば、彼が本気で俺を害するつもりなら音も気配もなく殺しにかかってくるだろう。
 暗殺系統の技能に優れていたのだ。
 おそらく俺のスキルだけでは事前に存在を感知するのは困難だと思われる。

 他に知り合いと言えばエレナくらいだが、彼女に関しては絶対に違う。
 動機も技量も不足している。
 故に知り合いの中で見当がつかないのだ。

 考えるとするなら、ギルドにて俺とエレナが報酬を受けとるのを目撃していた冒険者たちだろうか。
 金銭目的での脅迫を狙っている可能性は十分にありえる。
 そういったことがないように実力を示したつもりだったが、完全に予防できるものでもあるまい。
 どこの世界にも救いようがないほどに愚かな連中はいるものなのだから。

 俺は適当に目を付けた狭い路地に入り込む。
 通りから外れたことで急に静かになり、回りから人がいなくなった。

 これでいい。
 ずっと監視されるのも面倒だし、さっさと用件を教えてもらおう。
 それが最も手っ取り早い。

「いるの、は、わかって……い、ル。で、てこ、イ」

 暗闇に潜む何者かに声を投げかける。
 少しして動く気配。
 俺の前後を挟むようにして現れたのは、昼間にギルドでぶちのめした三人の男たちだった。
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