第43話 黒妖精の襲撃

文字数 2,029文字

(うじゃうじゃと気持ち悪い……)

 現れた敵を前に、俺は顔を顰める。
 たぶん魔物だと思う。
 そもそも魔物の定義すら定かじゃないが、見るからにファンタジーの住人といったビジュアルだし。

 少なくとも俺は、現代日本で羽根の生えた黒い妖精みたいな生物を見たことなんてなかった。
 接近してくる姿に友好的な気配は微塵も感じられない。

(本当に何なんだこいつらは?)

 名前を知ってそうなエレナは意識がない。
 暫定的に黒妖精と呼ぼうか。

 黒妖精はフォークみたいな金属器を持って、わらわらと押し寄せてくる。
 まるで蚊柱か何かのようだ。
 甲高い奇声の合唱が不快感を増幅させる。
 直後、黒妖精たちから一斉にピンク色のキラキラとした煙が放射された。

(物理攻撃で来るわけではないのか……!)

 俺は慌てて後退するも、流れるように漂ってきた煙を少し吸ってしまう。
 その途端、僅かに思考が鈍くなる感覚があった。
 頭の中に靄がかかったようだ。
 まずいと思って気を引き締めると、脳内はスッとクリアになる。

 すぐ目の前まで黒妖精の一体が迫っていた。
 突き出されたフォークを避けて、戦斧の柄で殴り飛ばす。

 黒妖精は悲痛な声を上げて落下し、地面に転がって痙攣し始めた。
 サイズ差があるだけに、ダメージは甚大だったようだ。

 他の黒妖精たちは、仲間の無残な状態に怯んで動きを止める。
 その間に俺は首を振って意識を完全に取り戻した。

(もしかして今のは、魔術か?)

 確信は持てないものの、そんな感じがする。
 とにかく特殊能力の類には違いない。
 エレナが不自然に呆けていたのはこの魔術のせいか。
 たぶん、どこかにこの系統の魔術を発する罠か何かがあったのだと思う。

 俺には【状態異常耐性Ⅰ】【精神耐性Ⅰ】【冷静Ⅰ】【平常心Ⅰ】があったから効きが悪かったのだろう。
 運が良かった。
 でなければもっと酷い状況になっていただろう。

 それにしても、発症中だった【危険察知Ⅱ】は罠に反応していなかった。
 設置された罠は効果の適用外なのか。
 もしかするとグレードが低くてそこまでの性能がないのかもしれない。

 罠を発見できるような専用の症状がほしいな。
 考えてみれば、ダンジョンに罠が仕掛けられていることは十分に予想できたのに。

(まったく、初心者向けの文句は訂正してほしいな……)

 後悔する俺が隙だらけと思ったのか、黒妖精たちは気を取り直して殺到してくる。
 そして、すべての個体が前方二メートル以内に入った。
 警戒していた癖にちょっと好機を見せればすぐに釣れる。

 狙い通りの行動を見て、俺は体内のウイルスをばら撒いて感染の波を広げた。


>症状を発現【精神魔術適性Ⅰ】
>症状を発現【魅了耐性Ⅰ】
>症状を発現【蝙蝠羽根Ⅰ】
>症状を発現【魔力飛行Ⅰ】
>症状を発現【吸魔Ⅰ】


 よしよし、いい症状が手に入った。
 すぐに【魅了耐性Ⅰ】を発症させる。
 これでさっきの変な魔術による影響はさらに少なくなるだろう。

 とりあえずフォークで滅多刺しを試みようとする黒妖精たちを【麻痺Ⅰ】と【筋肉弛緩Ⅰ】の黄金コンボで妨害した。
 羽根を動かせなくなった黒妖精たちはくるくると回って地面に激突する。

 ついでに取得したばかりの【吸魔Ⅰ】を発症して、俺は動けない黒妖精に触れてみた。
 体内の魔力が充足する感覚と共に、痙攣する黒妖精が気絶する。

 なるほど、体内の魔力が切れるとこうなるのか。
 すごく簡単に無力化できたな。
 こいつは便利だ。
 俺はノリノリで他の黒妖精たちからも魔力を根こそぎ奪っておいた。

 こいつらはあえて殺さない。
 一匹を残してこいつらはリリースしようと思う。
 ダンジョン内にも命のストックが欲しかったんだよね。

 これでホブゴブリンの状態で死んでも、変な場所から復活するトラブルはなくなる。
 感染力を持たせていないので、滅多なことではパンデミックは起きないだろう。
 放っておけば色々と役に立ちそうだ。
 残した分はエレナに見せてこいつに関する情報を教えてもらおう。

 俺は黒妖精たちをまとめて抱えてトンネルの入口付近に捨ててから症状を解いてやった。
 しばらくすると金切り声がして気配が去っていく。
 こちらへ再び襲いかかってくる感じもない。
 相応の賢さはあるようだ。

 過剰回復した魔力に満腹感のようなものを覚えつつ、俺は壁に背を預けて休息を取る。
 ハラハラとする場面が連続したので気疲れしたよ。
 深く息を吐きながら、隣に視線を移す。

 エレナはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
 黒妖精との戦闘でも起きなかったらしい。
 思ったよりも疲れていたのかな。
 目が覚めるにはもう少しかかりそうだ。

 俺は暫し考えた末、エレナの髪をそっと掻き撫でた。
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