第22話 少女との再会

文字数 2,013文字

 エレナを待つ間、俺は椅子に座ったまま【肉体操作Ⅰ】を用いて自己改造を行う。
 とは言っても、周りの目もあるので地味な変化ばかりである。
 余計な脂肪を燃焼させたり、指の長さを微調整したり、関節の可動域を少し広げたりといった具合だ。

 外見だけではほとんど分からないが、これが意外と重要だったりする。
 ほんの僅かな差が戦いの明暗を分けることは、この世界に来てから身を以て実感していた。
 この肉体は大切に使うつもりなので、しっかり強化してやらないと。

 そんなことをしていると、ギルドに見覚えのある少女が現れた。
 革鎧に明るい色の茶髪。
 森で出会った新米冒険者の少女、エレナである。

 彼女は依頼用紙の貼られた掲示板の前に行き、真剣な表情で悩みだした。
 一人でもこなせそうな依頼を探しているのだろう。
 相変わらずソロでやっているらしい。

 声をかけたいものの、俺は躊躇う。
 さすがに「先日、君を助けた狼です」とは言えない。
 普通に別人として話しかけてみようか。
 その方が自然な気がする。

 ただ、いきなり声をかけたら警戒されないだろうか。
 今の俺は鎧の上から外套を纏った不審人物だ。
 しかも、口を開けばおかしなイントネーションである。
 俺だったらすごくビビるだろう。

 どうにかしてきっかけを作れたらいいのだが。
 生憎とコミュニケーション能力が不足気味なので、こういう時の最適解が分からない。

 腕組みをして思案していると、エレナに歩み寄る数人の男たちの姿に気付く。
 服装からして冒険者だ。
 同業の知り合いだろうか。

 ただ、彼らと接触したエレナは露骨に嫌そうな顔をしている。
 遠目にもあまり穏やかな雰囲気でないのが窺えた。

 男たちはエレナの腕を掴み、掲示板を指差して何か言っている。
 周囲の喧騒のせいで内容までは聞こえないが、おおよその話の流れは読めた。
 どうやら彼らは、エレナを強引に勧誘しているらしい。
 男たちは揃って下卑た笑みを見せていた。

(なるほど、事情は把握したぞ)

 男たちがエレナを純粋に仲間として勧誘していないのは明らかである。
 周りの冒険者は彼女を助けようとしない。
 それどころか、楽しそうに囃し立てていた。
 ギルドの職員も困ったような表情をするも、口出しする気配はない。

 俺は舌打ちしそうになる。

(不愉快だ……これが日常茶飯事なのか?)

 粗暴な集団だと感じていたが、まさかこれほどとは。
 考えてみれば、俺のような怪しすぎる人間でも簡単に登録できるのだ。
 ほとんど荒くれ者の集まりのようなものなのかもしれない。

 無論、そういう人種だけではないのだろうが、この場を見るに大多数の冒険者へのイメージとしては間違っていなさそうである。
 衝動的にすべてぶち壊したくなるよ。
 もっとも、罪のない人間まで巻き込むのは違うので、そんな短絡的な行動は起こさないが。

 自分がこれほど正義感の強い性格とは思わなかった。
 力を得たことで精神面にも変調を来たしているのだろうか。
 前世で同じような状況に立たされたら、何もせずに傍観を決め込んでいたと思う。
 良い傾向だと捉えておこう。

 まあ、俺自身の考察などいい。
 それより目の前の事態だ。
 幸いにも【冷静Ⅰ】と【平常心Ⅰ】のおかげで、まだマシな思考ができる。

(殺しはさすがにマズいだろうけど……いくらでもやりようはある)

 エレナをしつこく誘う男たちを睨みつつ、俺は今からどうすべきかを脳内で整理する。

 街に来るまでに大量の症状を獲得してきた。
 それらを駆使すれば、この状況の打開くらいは可能だろう。

 問題はどういう形に展開させていくかだ。
 なるべく穏便に済ませたい。
 目立つことは避けられないにしても、逮捕されるようなことは控えなければ。
 とにかく一刻も早く、この最低な気分を晴らさねばならない。

 俺は席を立ってエレナと男たちのもとへ進む。

「おい。何だテメェ」

 男の一人が不機嫌そうに絡んできた。
 邪魔者が来やがった、と顔に書いてある。

 他の者も武器に手が触れていた。
 おいおい、かなり殺る気じゃないか。
 状況次第では平気で仕掛けてきそうだ。

 森の魔物とは異なる種類の殺気に、俺は顔を顰める。
 なんというか、悪意に満ちているな。
 決して嬉しいものではない。

「…………」

 俺は無言で両者の間に割り込み、エレナを庇う位置に立つ。

 再び室内に走るざわめき。
 エレキベアの毛皮が出た時よりも大きい。

 何をそんなに驚いているのか。
 こちらからすれば、誰も助けに入らないことの方が驚きだ。

 俺は静かな声音で男たちに告げる。

「か、のじょ……が、いやがって、いル。このあ、たり、で、やめてお……くん、ダ」
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