第60話 ウイルスの決定事項

文字数 2,928文字

「今度は私の番ですッ!」

 エレナが俺の横を走り抜けて、果敢にもゴーレムへと斬りかかる。
 俺ばかりに任せていられないと思ったのか。
 症状で多重の強化を施しているせいか、異様なスピードが出ている。

 エレナは別人のような動きでゴーレムに攻撃を加えて行く。
 片手剣の斬撃もトロール程度なら容易に屠れそうな勢いであった。

 ただ、そんな猛攻もゴーレムに有効打を与えるには至らない。
 あの生身っぽいのに金属質な肉体は、並大抵の物理攻撃を弾くだけの防御力を持っているようだ。
 闇雲に攻撃しても効果は薄いと見ていい。

 そんなエレナだが、ゴーレムからの反撃は上手く盾で防いでいる。
 強化された反射神経や動体視力を活かしているようだ。
 至近距離からのレーザー光線も、危ういタイミングながらも盾で逸らしている。
 ダメージを加えられない状況にも関わらず、エレナは単身でゴーレムと渡り合っていた。

 ……なんだか俺よりも立ち回りが上手い気がするね。
 もしかして環境や単純な身体能力に恵まれなかっただけで、エレナは天性の戦闘センスでも持っているのかもしれない。
 思えばダンジョン内での成長も著しかった気がする。
 もちろん【戦闘勘Ⅰ】などの補助もあるだろうけど、それを加味しても称賛に値する動きじゃないかな。
 あんな風にボスクラスに立ち向かえる冒険者はなかなかいないだろう。

 おっと、眺めているだけでなく、さっさと戦線に戻らなければ。
 気配を消して接近した俺は、横合いからゴーレムを強襲する。

 エレナに対応していたゴーレムの腕がぐりんと回転し、俺の斬撃をガードしてきた。
 人間では到底不可能な関節の動きである。
 後ろに目でも付いていると問いたくなる正確さだ。
 このやり取りの間も、ゴーレムは片手でエレナの猛攻を捌いている。

 悔しいけど、戦闘技術においては敗北だな。
 ダンジョンのボスクラスは討伐されても同一個体が復活するらしいから、長年の経験で培ったのだろう。
 俺やエレナのように即席のパワーアップでは到達できない領域にあるらしい。

 大鉈を防ぐゴーレムの腕がバチバチと紫電を迸らせる。
 膨れ上がるエネルギーを察して、俺は反射的に【吸電Ⅰ】を発症した。
 衝撃でノックバックしたが、ダメージ自体はなんとか打ち消す。
 むしろ吸収した電撃のおかげで魔力が回復していた。

(危ない危ない、やってくれるよ……)

 取得した症状から使えるのだろうと予測していたが、今のが雷魔術みたいだ。
 レーザー光線は光魔術だろう。
 この感じだと他の属性の魔術攻撃も来ると考えた方がいい。
 なんとも多彩なヤツだ。

 俺は雷撃を放ったゴーレムの腕を掴み、すべての膂力強化系の症状を発動して大鉈を叩き込む。
 狙うは関節。
 いくら硬くても、可動部は疎かになりがちだからね。

 今度の一撃はゴーレムの肘を凹ませた。
 どぷり、と亀裂から青い液体が垂れ落ちる。
 濃密な魔力を感じる。
 ゴーレムの燃料か何かのようだ。

 すかさず俺は、破損個所に大鉈の先端を突き込み、てこの原理で亀裂を広げる。
 メキメキと軋みながら、前腕部が折れ曲がっていった。
 呼気による感染もしつこいほどに繰り返す。


>症状を発現【脅威度査定Ⅰ】
>症状を発現【空間把握Ⅰ】
>症状を発現【警戒領域Ⅰ】
>症状を発現【物理耐性Ⅱ】
>症状を発現【気配感知Ⅱ】
>症状を発現【防御Ⅱ】
>症状を発現【魔力駆動Ⅱ】


 また新たな症状が手に入った。
 どれも有用そうなので俺とエレナの両方に発症させる。
 ゴーレムからはまだまだ症状を得られそうな気配がしていた。
 現状だけでも相当なハイスペックなのに、まだ色々と隠しているのか。
 そんなことを考えていると、ゴーレムの前腕部が蓋のように開き、内部から曲刀のような刃が飛び出した。

(仕込み武器か……!)

 理解すると同時に、俺は顔を逸らしながら飛び退く。
 一閃された刃が兜の額を切り裂いた。
 僅かな痛み。
 攻撃は俺の額にまで達していたらしい。
 笑ってしまうような切れ味である。

 斬撃の勢いで身体を翻したゴーレムが、その勢いでエレナを蹴り飛ばした。
 乾いた破裂音が響き渡る。
 俺はゴーレムを突き飛ばしてから疾走し、宙を舞うエレナをお姫様抱っこの形でキャッチした。
 あと一秒遅かったら壁に激突していたな。
 内心でヒヤヒヤしつつ、着地した俺はエレナの状態を確認する。

「すみません、蹴られちゃいました……」

 腕の中のエレナが申し訳なさそうな顔をする。
 特に大きな怪我はしていない。
 各種症状により、ダメージは最小限に抑えられたようだ。
 直前に取得した【物理耐性Ⅱ】が大きかった。

 安心するのも束の間、ゴーレムが急速に接近してくる。
 掲げた手に魔力が集束して密度を上げていた。
 先ほどのレーザー光線や格闘攻撃とは比較にならない。
 ゴーレムが手をこちらに向けると、極大の閃光がビームという形で放射される。

(回避が、間に合わない……!)

 瞬時に悟った俺は、咄嗟にエレナを横へ放り投げた。
 そして両腕を顔の前に上げて身を固める。

 真っ白に染まる視界。
 凄まじい衝撃が全身を襲う。
 気が付くと俺は後方に吹き飛ばされていた。
 受け身も取れずに壁に激突する。
 頭上から降り注ぐ瓦礫に圧迫されて埋もれて行った。

「パ、パラジットさん!?」

 動揺するエレナの声がした。
 こちらを心配するのはいいけれど、ゴーレムの隙を見せていたら困る。
 俺は全身の力を総動員して、瓦礫を跳ね除けながら立ち上がった。

「大丈、夫だ」

 俺は数メートル横にいたエレナに返しつつ、片脚を引きずって前に進む。
 妙な方向に捩れた右腕を掴んで無理やり戻した。
 曲がったまま首を強引に動かしたら、何かが軋んで折れる音が鳴る。
 咳き込むと同時に大量の血反吐を噴き出した。
 呼吸をする度、体内に違和感を覚える。
 肋骨が内臓にでも刺さっているのだろうか。

 満身創痍もいいところだが、発症した【再生Ⅱ】で速やかに治癒する。
 魔力の消耗を経て、俺は瞬く間に全快した。

 折れた大鉈を放り捨てる。
 頑丈だと思ったのにもう壊れてしまった。
 愛用するつもりだったのに残念だ。

 後で宝物庫にある余りの武具から別の武器を貰うか。
 俺は症状を使って両手から鉤爪を生み出す。

 続いて歪んで窮屈になった兜の口元の部分を剥ぎ取った。
 この顔を見られて困る者はこの場にはいない。
 帰還する際に何かしらの代用品を探せばいいだろう。

 ビームを放ったゴーレムは、相変わらずの無表情でこちらを見据える。
 エレナに攻撃を仕掛けようとはしない。
 俺の方が脅威だと判断したらしい。

 好都合だ。
 彼女を集中して狙われる方が面倒だった。

 そして、俺は決めたぞ。
 明らかに生身じゃないが、見た目は合格点。
 性能も申し分ない。

 ――ゴーレムロードの身体を奪ってやる。
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