第45話 奈落へ

文字数 2,036文字

 三階層の半分くらいを探索したところで、俺たちはそろそろ帰還しようかと考えていた。
 ちまちまと集めた魔物の素材が嵩張ってきたし、これ以上に探索しても戦利品は持ち帰れないためだ。
 口に出しては言わないけれど、エレナの疲労もそれなりに蓄積しつつある。
 ここらで帰路に就くのが得策だろう。
 無理に進んでもメリットはない。
 それこそ街に戻ってから再度チャレンジしに来ればいいのだ。

 ちなみの現在の俺の装備は、メインの武器として戦斧を携え、腰には短剣を吊るしている。
 さらに背中にはリザードマンの短槍と木の盾があった。
 後者は壊れた時の予備だ。
 症状で怪力を発揮した拍子にバキッといってしまうことがあるからね。
 トロール戦でも剣が折れた上に痛打を受けた。
 いきなり素手で戦うのは厳しいから、なるべく得物はストックしておきたい。

 本当はもっとスペアが欲しいけれど、これ以上の装備は動きづらくなるのでやめている。
 街で頑丈な武器を買わなければ。
 今回のダンジョン探索でそれなりに懐が潤うだろうし、多少高価なものでも手が出せるだろう。
 壊れない武器があれば、わざわざいくつも武器を所持する必要性も減る。

 あとは防具も欲しい。
 今使っている革鎧はゴブリンの巣から拝借したものだが、それなりに損傷が目立つ。
 矢の罠であちこちに穴が開いているのが特に大きい。
 改めて確かめると結構ボロボロである。
 このままだと、街中でじろじろと見られそうだ。

 修繕するのも金がかかるだろうし、いっそ新しい防具を買った方が良さそうだ。
 それなら好みとかを加味して選べるからね。
 異世界で買い物を楽しむのもいいだろう。

 色々と考え事をしていたせいか、エレナに声をかけられた。

「パラジットさん? どうかされましたか」

「装備のことを、考えて、いた。新しいものが、ほしいんだ」

 俺の答えにエレナは納得した顔でぽんと手を打った。

「なるほどです! 私も装備を新調したいですねー。この革鎧も元は中古品で、かなり傷んできているんですよ」

 そう言ってエレナはくるくると回ってみせる。
 確かに所々に傷があったり小さな裂け目があったりした。
 魔物と戦うのだから仕方のない部分ではあるよね。

 ただ冒険者の性質上、装備の管理は非常に重要だろう。
 文字通り命を預けるものだ。
 万全な状態を保つのがベストに決まっている。
 そういう意味では、俺もエレナも半人前な心持ちなのかもしれない。

(新しい装備はどんなものを買おうか……)

 油断なく歩きながらも、俺は考える。

 武器に関してはほとんど頓着せず、手に入ったものを使ってきたからなぁ。
 いざ選べるとなっても自分に合うものが思い付かない。
 普通なら得手不得手が出てくるのだろうが、俺の場合は【器用Ⅱ】のおかげで基本的にどんな武器でもそれなりに扱えてしまう。
 それがこだわりを薄れさせている気がするね。
 実際に店で吟味するしかないか。

 防具は動きを阻害しない程度がいい。
 あまりゴテゴテとした重装だと、魔物の攻撃を避けられないからね。
 一撃必殺みたいなダメージを与えてくる魔物も多いし、可能な限り身軽な方が良さそうだ。
 今の革鎧くらいがちょうどいい。
 同じようなタイプが売っていないか街で確かめよう。

 話しているうちに、俺たちは二階層へ戻るための階段に到着する。
 行き道では通らなかったルートだが、地図によればここからでも地上までそれほど時間はかからないみたいだ。

「帰ったら一緒に装備を買いに行きましょう! おすすめのお店もご案内します!」

 階段を先行しながら笑うエレナ。
 本当に楽しそうだけど、もうちょっと警戒心がほしいな。
 強くなれたことで浮かれている部分もあるようだ。
 気持ちは分からなくもないけれどね。
 でも、急に魔物が出てくる可能性だってあるから気を付けないといけない。

 その時、しばらく反応していなかった【危険察知Ⅱ】が警鐘を鳴らした。
 俺は思考を切り替えて身構える。
 どこから魔物が現れても対応できるように意識を周囲に張り巡らせた。
 しかし【気配感知Ⅰ】や【魔力感知Ⅰ】は何も示さない。

 一体どういうことなのか。
 とにかく、エレナに注意喚起しなければ。

 そう思ったところで、俺の意識はエレナの立つ階段に向く。
 苔の生えた石造りのそれに、細かなヒビが走りだしていた。
 ヒビはみるみるうちに階段全体へと浸透し、ミシミシと看過できない音を鳴らして軋みだす。

(おいおいおいおい。マジかよ……!)

 最悪の予感が脳裏を過ぎた。
 久しく感じなかった焦りと恐怖が心を占める。
 これは本当にまずい。

 そう思った俺が手を伸ばそうとした瞬間。
 階段は脆くも崩壊し、エレナは無数の瓦礫に巻き込まれて下層へと落下していった。
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