第39話 イタリアへ

文字数 1,611文字



 7月19日。
 3ヶ月の療養を終え、歩けるようになったドゼ将軍は、イタリアへの旅に出かけることになった。
 スイスを経由し、パッサリアーノ(イタリア半島東の付け根)にいるボナパルト将軍の元へ向かうという。

 これは、軍の命令だった。モロー司令官の手紙を届ける任務を与えられたのだ。
 約束していたにもかかわらず、バイエルンとシュヴァーベンは、なかなか戦争拠出金を支払わない。そこで、イタリアの支配者(ボナパルト将軍)から、これらドイツの公国に、催促してみてくれ、という内容だ。

 つまりこれは、軍の命令だ。5年ぶりに和平が実現し、ライン河畔は、久しぶりの平和を謳歌していた。しばらくは戦争はないだろう。ドゼ将軍が留守でも、大丈夫。

 同行する副官には、レイが選ばれた。サヴァリとラップは、おいてけぼりだ。ざまあみろ。あ、俺もか。
 他に、下働きの従僕が一人、同行する。



 厩で待ち伏せしていると、ドゼ将軍一行が出てきた。三人とも、着古し、色の褪せたぼろぼろの私服に身を包んでいる。すれ違っても、これが、今、フランス全土で名高い英雄、ドゼ将軍だとは、誰も気がつかないだろう。

 見送りは不要だと、ドゼ将軍は言っていた。だが、俺は、見送りに来たわけじゃない。

「何か用か、ダヴー」

 レイの助けを借りて馬に乗り、ドゼ将軍が言った。
 この人は、背中に目がついているのか。

「ダヴー?」
ぎょっとしたようにレイが振り返る。その拍子に、ドゼ将軍が、馬から落ちそうになった。

「ダメじゃないか、レイ。ちゃんと介護しなくちゃ。将軍はまだ、完全には脚が治ってないんだぞ!」
「毎度毎度、誰のせいだ!」

「介護じゃない! 介添えだ!」

 馬上で身を立て直し、ドゼ将軍が割り込んだ。良かった。彼が、俺を見てくれた。
 さっそくアピールを始める。

「ドゼ将軍、馬の用意ならできてます。旅支度も万端です。俺も、連れてってください」

「ダメに決まってるじゃないか!」
あつかましくもレイが喚き散らす。
「お前は、お前だけは連れてけない」

「なぜ!?」
「だって、ボナパルト将軍の、第一印象が悪くなるだろ! お前なんかが一緒だったら!」

 ボナパルト? イタリアの将軍か。せっかく掴みかけたディアースハイムの勝利を、フイにしてくれたやつだ。まったく、変な時にオーストリアを負かしやがって。

「だったら、ボナパルト将軍に会いに行かれる時は、宿泊所でおとなしくしてますから。ねね、俺も、連れてってくださいよう」
「ダメ!」

「なんでお前が言うんだよ、レイ!」
「足手まといなの!」
「だから、宿泊所でおとなしくしてるって言ってるだろ!」
「ボナパルト将軍だけじゃない」
「どういうことだ?」

「お前がジャマだって、言ってるの!」
「ジャマ? なんで?」
「なんででも」
「誤魔化すな。理由を言え、理由を!」

「お前がいたら、女の子達が寄ってこないだろ!」
ついにレイが本音を出した。
「スイスもイタリアも、美女のメッカなんだぞ!」

 こほん。
 馬の上で、ドゼ将軍が咳払いをした。

「一緒に来ても構わないぞ、ダヴー」
「やったっ!」

 やっぱりドゼ将軍だ! 俺のことをよくわかっていなさる。異性を惹きつけるには、俺が一緒にいた方がいい。年配の女性に限るが。

「将軍!」
悲鳴のような声で、レイが抗議した。ドゼ将軍は、ひょいと首を竦めた。
「だが、従者を3人も連れて行く予算が下りなかった。旅の費用を、全額自腹で負担するなら、ついて来てもいいぞ」
「自腹……」

 さすがにそれは……。天才ダヴーにも、不可能というものがある……。

 「わかったか、ダヴー。お前は留守番だ」
レイが勝ち誇っている。

 「ううう、無念です」
俺は涙をぬぐった。
「ドゼ将軍、どうか、お気をつけて」

 晴れ晴れとした笑みを、ドゼ将軍が浮かべた。
「みんなと仲良くしてろよ、ダヴー。戦争がなくて暇だからって、ケンカをふっかけて歩くんじゃないぞ」

 なんだか楽しそうに馬の上から手を振って、ドゼ将軍は去っていった。







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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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