第18話 いつだって愛してくれる人

文字数 1,595文字

 遺憾なことに、その後、俺はオーストリアの捕虜になり、また、マルソーも北の陣営に移ったので、連絡が取れなくなってしまった。
 だが、戦地を潜り抜け、マルソーの手紙は、ジュリーに届いたようだ。
 今のうちに、妹にも、マルソーを勧めておこう。

「彼は、とてもいいやつだ。なんとかお前と会わせたいのだが、戦況が許さなくてな」

「無理しないで」
優しい妹は答えた。
「彼も、ご挨拶まで、って書いてたわよ」

「それは、あいつが内気だからだよ。本当にナイーヴなんだ。うちの家系にはないタイプでね、これは結婚において、大きな利点だと思う」

 俺は大いに、マルソーの長所をアピールしようとしたが、妹に遮られてしまった。口の達者な妹には、昔から敵わない。

「結婚ですって!? 誰が? 誰と?」
「だから、お前とマルソー」

 深いため息を、妹はついた。

「お兄ちゃんと親しく付き合える人って、ちょっと怖いから。精神異常かもしれないでしょ」
「怖いことなんかあるもんか」

 妹の不安を、俺は全否定してやった。
 でも、そうだな。マルソーは、鼻の下に髭なんて生やしているからな。臆病な妹は、怯えてしまうかもしれない。それは、最初だけだ。マルソーの優しさや繊細さに触れたら、ジュリーだって、きっと、大好きになる筈だ。

「精神だって、だいぶ、安定してるぞ。ロマンティックすぎて、時々寒気を感じるが」
「でもね、お兄ちゃん。彼、お兄ちゃんのことを、親友だ、なんて書いてるのよ。お兄ちゃんに友達なんてできるわけないのにね。まして親友が! マルソーさんは、ひどい嘘つきに違いないわ」

 マルソーの奴、ジュリーへの手紙にまで、俺のことを親友、って書いてくれたのか。なんていいやつなんだ!
 危うく、涙がこぼれそうになった。
 やはりどうしても、親族に取り込まなければ。妹の夫にしなければ!

 ジュリーに関して言えば、良く知らない男を疑ってかかるのはいいことだ。それが、女性の身を護ることになる。
 俺は、妹の賢明さに感心し、安心もした。

「大丈夫だ。マルソーはいいやつだ。嘘つきなんかじゃない。俺が保証するよ」
「だからよ……」
ジュリーが言いかけた時だ。

「ジュリーには、もうしばらく、私のそばにいてほしいものだわ。だって、あんたたち兄弟は、家から出て行って、ろくに帰ってこないんだもの」
 にこにこして俺達の話を聞いていた母が、口を出した。
「……母さん」

 それを言われると、痛い。国の為に命を賭して戦っているのだが、なかなか顔を見せないことを母からなじられると、俺は、二の句が継げない。

「でもまあ、私は、自分の子どもたちに満足しているわ。アレクサンドル(上の弟)も、もう中尉。亡くなった時のお父さんと同じ階級よ。そして、ニコラ、あなたは、准将。あなたたちは兄弟は、とても優秀だわ。これは絶対、私の血筋よ」

「そうだね、母さん。俺は、戦争でがんがん銃を撃って、サーベルをぶんぶん振り回して人を大勢こ、いや、手柄を立てたし」

「まあ!」
感心したように、母は叫んだ。すぐに付け足した。
「でも、危ないことはしないでね、ニコラ」
「わかってるよ」

 危ないことをしないでは、戦争になんてならないのだが。

「本当よ、お兄ちゃん。人を殺し過ぎるのは、よくないわ。敵から返り討ちに遇うから」
「ジュリー、お前まで、俺のことを心配してくれて……」

「とにかく、誓っておくれ、ニコラ。危なくなったら逃げるって」
 そんなことができるわけがない。
「だいじょうぶだよ、母さん。いつだって、どこへ行ったって、俺は必ず、生きて帰るから」

 母を安心させる為なら、何百万の嘘だって、俺は平気だ。それに、嘘を吐いているつもりは全くない。俺が、このダヴーが、戦場で死ぬわけがないからだ。
 ただ、母の想いに触れると、心が弱くなる。
 いつだって母は、俺のことを気にかけてくれる。妹も。世界中が敵に回っても、母と妹だけは、俺の味方だ。






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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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