第43話 オッシュの愛国心

文字数 1,312文字

 プシエルギュがため息を吐いた。

「総裁政府の中には、国王が戻ってきたら、都合の悪い奴がたくさんいる。先王(ルイ16世)の死刑に票を投じたやつとか。ブルジョワを保護して、甘い汁を吸っているやつとか」

「総裁政府を悪く言ってはいけない。総裁政府は、革命の果実だ。人民に選ばれた、共和国の政府なのだ」
 やつれた顔に憤りを漲らせ、オッシュが抗議した。

「もちろんです」
プシエルギュが応じる。彼は、共和制府の派遣委員(いぬ)だ。


 再び、オッシュが口を開いた。
「今回の選挙の結果、総裁政府は、深刻な危機感を抱いた。王党派に政府を乗っ取られるという、危機感だ。それゆえ、共和制を死守する為に、総裁政府は、クーデターを起こそうと目論んだ。俺は……、俺の軍は、バラス総裁と手を組んで、王党派議員を追い出すはずだった」

 総裁バラス。総裁政府の中心人物だ。




 オッシュの顔に生気が宿った。
「俺は、生粋の共和派だ。共和国の為なら、なんだってする。命だって、惜しくない」

「しかし、王党派といえど、同じフランス人でしょう?」

 シュヴァルツヴァルトの森で、ドゼ将軍のしたことを、俺は思った。彼は、捕まえた王党派貴族を逃がした。共和国に対して、害意は持っていないとの、保証書までつけて。
 ドゼ将軍の兄弟親族は、エミグレとなって、共和国と戦っている……。

 オッシュは、激しく首を横に振った。
「俺は、ヴァンデを鎮圧した。あれは、悲惨な戦いだった。王党派は、無垢な農民を利用し、彼らを大勢、死への道連れにした。あまつさえ、イギリスと手を結び、共和国の敵を、この清浄な母国へ上陸させようとしている。許されざる行為だ」


 かつて、デュムーリエに銃を向けさせた自分を思い出した。
 デュムーリエもまた、母国を裏切った。オーストリア軍を、フランスに連れ込もうとした……。




 俺は、しげしげと、オッシュの顔を眺めた。土気色の、艶のない顔だ。だが、その底には、あの時の俺と同じ、祖国への愛が燃えているのが見えた気がした。
 彼の愛国精神は、複雑な感情を持つドゼ将軍より、よほど清らかで純粋なものだと思った。


 「俺は、バラス総裁と手を組んで、王党派を追い出す計画を立てた。だが、ヘマをしちまって……俺の軍が、法で決められた範囲より、ほんの少しだけ、首都に近づきすぎてしまったんだ」

 ここを先途とばかり、議会は、オッシュを責め立てたという。

「なにしろ、五百人会(下院)の議長は、あのピシュグリュだからな。彼は、4年前、俺にライン軍を乗っ取られたと、未だに、恨んでいるんだ」




「オッシュ将軍は、陸軍大臣に指名されていたんです」
 派遣議員のプシエルギュが口を出した。
「しかし、年齢が、僅かに足りていなかった。そこを、ピシュグリュは鋭く衝いてきた」


 そうだ。
 ピシュグリュは、王党派になったと、誰かが言っていた……。


「ケチのついた俺を使うことを、バラスは諦めた。なにしろ、クーデターだからな。政府主導の」
「万が一にも、失敗はできないというわけですね?」

 それでは、クーデターそのものも、オシャカになったのか?

「大丈夫だ。クーデターは挙行される。バラスの要請で、イタリアから、ボナパルト将軍が、オージュロー将軍の軍を送りこんできた」




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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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