第45話 フリュクティドールのクーデター

文字数 1,729文字

 「おお、ダヴー! よく無事で……」
再び俺は、アンベール(直属の上司)に、涙と鼻水で迎えられた。
「サヴァリとラップから、お前が、休暇を利用して、パリへ行ったと聞いた。だから、てっきり死んだものだと……」
「毎度毎度、人を、殺さないでください」
「だって、パリでは、クーデターが起きたんだよ? 知ってるか?」


 オッシュから聞かされた通りだった。
 革命歴Ⅴ年フリュクティドール18日(1797.9.4)。
 ボナパルト麾下のオージュロー率いる軍が、国会を囲んだ。



 ピシュグリュはじめ、王党派の議員は、あっという間に逮捕された。また、5人の総裁のうち、王党派寄りの2名が、逮捕、あるいは国外へ亡命した。

 逮捕された議員たちは、カイエンヌ(フランス領ギアナ)へ流された。慣れない南国の地である。それはそのまま、風土病の犠牲になることを意味し、緩慢な死刑といえた。



 「ダヴー!」
 俺の軍服に縋りつき、鼻水をなすりつけつつ頭頂部を見せるアンベールを、やっとのことで追い払うと、仔犬のように走り寄ってきたやつがいた。サヴァリだ。
「良かった。クーデターに巻き込まれたかと思った」

「ピシュグリュを脅しに行くって言ってたから、俺ら、本当に心配したんだぞ」
後ろから、ラップもついてきた。
「で、未払い給料はどうなった?」
 なんだ。そっちか。

「ピシュグリュには会ってねえよ。つーか、途中で引き返してきたし」

「え!」
「なんで!」
ドゼ将軍の補佐官二人は叫んだ。ひどい非難の色を浮かべている。
「金払ってもらいに行ったんじゃねえの、パリへ」
「それなのに、途中で引き返してくるなんて!」

 「途中で、オッシュ将軍に会った」
俺は説明した。初志貫徹のできない、卑怯者だと思われたくないからな。
「彼が、パリへ行ったら危険だと教えてくれた。ピシュグリュは、総裁政府からマークされているからって」

「オッシュ!」
 サヴァリとラップは顔を見合わせた。
「ドゼ将軍の、天敵だ」

「そう言うなよ、ラップ。彼は彼なりに、国を愛しているんだ。ドゼ将軍とは、やり方が違うだけだ」


 ドゼ将軍とオッシュ将軍。
 1人は貴族出身で、親族のほぼ全員が、敵に回ってしまった。出世を拒否し、ただ、自分の信念の為にのみ、戦い続ける。

 もう一人は、厩番の息子で、共和国は彼に、栄光を齎した。讒言され、収監されることはあっても、再びチャンスを掴み、軍人として、最高ランクへの階段を上り詰めた。

 母国に対する考え方は、違って当然だ。


 「それって……」
サヴァリが、考え深いまなざしになる。
「もし、オッシュ将軍に会わずに、そのままピシュグリュに会っていたら、ダヴーも、危険人物扱いされたってことかな」
「ダヴーは元から危険だが」
「あはは。その通りだね!」

「この馬鹿どもが!」
 ドゼ将軍の副官2人を、俺はまとめて怒鳴りつけた。
「あのまま、もし、ピシュグリュに会っていたら、俺だけじゃ、すまねえぞ。ライン・モーゼル軍全体が、陰謀に巻き込まれたかもしれない」


 現に、オッシュのサンブル=エ=ムーズ軍は、首都へ近づきすぎたという、些末な理由で、パリから追い払われている。その上、オッシュ自身も、指名されたばかりの陸軍大臣の地位を失った。


「ピシュグリュが国を裏切ったのは、ライン・モーゼル軍司令官時代だからな。その彼の元へ、ライン河畔から、俺が、のこのこ出掛けて行ったら、どうなったと思う?」

 サヴァリとラップは顔を見合わせた。
「ライン軍には、未だに、ピシュグリュの信奉者(シンパ)がいると思われるな」
「ピシュグリュに肩入れして、政府に歯向かう気があると、誤解されちまうかもしれない」

 さすがに頭の軽い二人にも、事情は呑み込めたものと見える。
 ラップとサヴァリは顔を見合わせ、当時に俺の方を向いた。凄い勢いで、口々に言い募る。

「巻き込まれるなら、お前ひとりにしてくれ、ダヴー」
「僕らは、関係ないから」
「ライン・モーゼル軍を巻き込むな!」
「そうだそうだ!」

「だから、途中で引き返してきたんじゃないか。クーデターの情報を、オッシュから貰って」
むっとして、言い返してやった。サヴァリがため息を吐いた。
「オッシュ将軍に感謝しなきゃだね」
「あと、プシエルギュとかいう、派遣議員にもな」
 俺は付け加えた。






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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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