第36話 真逆の二面性

文字数 3,249文字



 「なぜそんなことを!」

 レイの話を聞き終わり、俺は憤慨した。
 王党派を逃がすとは! しかも、彼は無害だという、ライン軍将軍の証明書付きで。

 レイは悲しそうな目をしている。
「お前は知らないのか。ドゼ将軍の兄弟と親族は、エミグレ軍にいる」

「何だって!?」
初めて聞いた。

「彼の親族で、革命政府の為に戦っているのは、ドゼ将軍と、母方の従兄の2人だけだ」

「……」
 衝撃とともに、全てが、腑に落ちた気がした。

 「ヴェグーの騎士」と、最初、ドゼ将軍は名乗った。すぐに、それがもう、必要ではなくなった、と付け加えた。

 ……「君は、何を知ってる?」
 サン=シル将軍の、用心深そうな、目。

 兄と弟と区別する為に、ドゼ将軍は、自らを「ヴェグー」と名乗った。だが、兄と弟は、エミグレとなり、「ヴェグー」を名乗る必要はなくなった……。
 ドゼ将軍がなぜ、指揮官を徹底的に断るのかも、納得がいった。出自が貴族である上に、親族がエミグレなら、最初から色眼鏡で見られるに決まっている。目立たないに越したことはない。


 「どうだ。ダヴー。お前、ドゼ将軍に対し、銃撃命令を出すか?」
 レイが、デュムーリエの話を蒸し返す。

 デュムーリエは、裏切り者だった。オーストリアに寝返り、母国(フランス)に、敵軍を差し向けようとした。だから、俺は、部下に銃撃命令を下した。(*1)

「ドゼ将軍の行為もまた、革命政府への裏切りだ。ダヴー。お前、ドゼ将軍を、中央政府(パリ)に突き出せるか?」

 その時、俺が感じたのは、あの時、デュムーリエに対して感じたような、強い怒りではなかった。それは、痛みだった。恐らく、ドゼ将軍自身の。兄弟、親族で、敵味方に分かれて戦う、苦しみ。それが、直に伝わってきた気がする。

 エミグレ軍のどこかに、自分の兄が、弟が、いるかもしれない。子どもの頃に遊んだ従兄弟が、叔父がいる隊列を、今、自分は、銃撃したかもしれない!

 ドゼ将軍は、共和国を愛している。彼は、決して、国を裏切らない。
 だから彼は、同じ血の流れる親族と、戦い続けなければならない……。


 静かに、俺は頭を横に振った。
「この時代が、早く終わるといいな。この分断の時代が。同じフランス人同士、争わなくてもいい時代が、早く来るといい」

 できたばかりの総裁政府にそれを求めるのは、早計だろうか。そして、王党派が、実権を握ることは、悪なのだろうか。正当な選挙で選ばれるのなら、国民の意志であるのなら、それは……。


 「俺に、難しいことはわからん」
レイは肩を竦めた。
「だが、お前なら、理解してくれると思った。ドゼ将軍の気持ちを。だから、お前に話した。俺はもうすぐ、任期が終わる。今年の終わりには、故郷に帰ろうと思う。いいか、ダヴー。俺は、お前を選んだ。ラップでも、サヴァリでもなく。この意味、わかるか?」

 正直、よくわからなかった。俺は今まで、個人的に、人から選ばれたことがない。

「仕方のない奴だな。お前は、いつもドゼ将軍を目で追っていた。戦場で」
「そうかな」
「そうだ。全く、気持ちの悪い奴だ。俺は、ドゼ将軍の副官だ。彼のそばにいる。だからわかったんだ。お前が、彼を見ている、と」
「そうだったっけ?」

 そんなつもりはさらさらなかった。だが言われてみると、ドゼ将軍の動向を気にしていたのは確かだ。だから、彼が落馬した時も、狙撃された時も、真っ先に気がついたのだ。
 俺は多分、彼のようになりたいのだと思う。でも、それは不可能だということも、はっきりとわかっていた。
 だって、ドゼ将軍は、特別だ。たやすく真似できるわけがない。


「あのな、ダヴー。ドゼ将軍も、お前を見ていたよ。彼は常に、お前の動きを把握し、お前の実力を、最大限、引き出していた」

 息が詰まった。

「ダヴー。副官は、諦めろ」
 突然、レイが言い放った。長年の夢を否定され、俺はむくれた。
「何だよ、唐突に」
「成長しろ、ダヴー。副官じゃダメだ。ドゼ将軍にとって、かけがえのない、戦友となれ。それができる人間は、そうそうはいない」
「……」

 難しい課題を突き付けられた気がした。何と言っていいか全くわからず、途方に暮れた。

「ドゼ将軍には、従うだけじゃダメだ。彼を批判し、議論できるようでないと。なぜなら、彼には、二面性があるからだ。しかも真逆の」
「真逆の二面性?」

 レイは頷いた。
「共和派であって、王党派。蓄財にはまるで興味がない一方で、元から持っている物は、藁しべ一本、減らしたがらない。限りなく高潔でありながら、同時に、際限もなく下劣。どちらも彼だ。俺達の、ドゼ将軍だ」

「俺達の……」
 その言葉が、胸に沁みた。


「もうひとつ、言っておくことがある。彼の、母上のことだ」

 ドゼ将軍は、休暇を取らない。もう、5年半も、母上に会っていないと言っていた。
 5年半前。ちょうど、貴族の亡命が、最高潮に達した頃だ。俺のいた軍からも、たくさんの将校達が、軍を辞し、あるいはこっそりと、国外へ出ていった。
 恐らく、ドゼ将軍の兄弟・親族も。

 レイは、痛まし気に目を伏せた。
「彼の一族は、古くから、国王に忠誠を誓っている。戦える親族は、ほぼ全員、王に従い、国を出た。国王の為に戦おうと誓い合って。だから……」

 言葉を途切らせた。いっそう苦し気に、レイは続けた。
「母上にとって、国内に残った息子は、臆病者でしかなかった」

 臆病者!
 俺のドゼ将軍が!
 誰よりも勇敢で、いつだって、軍の先頭で戦っている、あの軍神が!

 たった今、レイは、ドゼ将軍には、真逆の二面性があると言った。勇敢の反対は、臆病だ。それだけは、決して、彼に当てはまらない。

「ドゼ将軍は、臆病ではない。決して!」
そんなことを言うやつがいたら、即座に俺は、決闘を申し込む。しかしそれは、彼の母親なのだ……、いったい俺は、どうしたらいい?

「彼ほど、臆病と縁遠い人間はいない。彼は、英雄だ」
レイが応じた。
「だがな、ダヴー。もし母上に、ルイーゼ・モンフォールのことを知られたら、どうする? モンフォール大尉は、革命前からの、一族の友人だ。彼もまた、一族の男たちと同様、王に従って国を出、

戦っている。その妻を、だ。よりによって残された彼の妻(ルイーゼ・モンフォール)を……」

 言いにくそうに言い澱む。

「……愛人にしている、と、知られてしまったら。国に残った、

が!」


 ドゼ将軍の母上は、厳しい人だという……。
 あの、ドゼ将軍の御母堂。
 勇敢で高潔、無私極まりない彼の。
 ……厳しいお母様。

 得体のしれない恐怖が、俺を襲った。たまらず、かたかたと俺は震えだした。


「そういうことだ、ダヴー。ルイーゼ・モンフォールのことは、口外するな。ドゼ将軍本人の前でも」

「ホテルの連中は、知っているぞ?」
 震えながら、俺は憂えた。だが、レイは平然としている。

「ドゼ将軍は、彼らに好かれている。面白おかしく、噂を立てたりしない」

「俺は、メイドから聞いた。2スーで」
「2スー? 破格の安値じゃないか。ドゼ将軍の秘密を買う値段じゃない。お前は信用されたんだろうよ、ダヴー」

 メイドの汚い掌を、俺は思い出した。そうか。信用されたのか。


「あのな、レイ。マルグリットって誰だ?」
「マルグリット?」
レイは眉を顰めた。
「聞いたことがないな」
「すまん。急に頭に浮かんだんだ。俺の従姉妹の名だった」

 即座に誤魔化した。
 マルグリット。
 ドゼ将軍の、大切な人。
 決して、手の届かない……。
 その秘密を、俺は守り抜こうと思った。
 というか、守るのは、彼の名誉だ。だって、ドゼ将軍、すでに彼女に、フラれているようだし。
 だから、彼には、愛人(ルイーゼ・モンフォール)が必要なんだ。たとえ、彼の母上が、真っ赤になって怒り狂おうとも。


 ひとり、俺は頷いた。その時、呆れたように俺を見ているレイに気がついた。
「戦争がないからって、女遊びもいい加減しろよ、ダヴー。病気になるぞ」
「してないから!」
むっとして言い返した。







───・───・───・───・───・
*1
7話「月光と河と将軍と」~、参照





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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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