第23話 白馬の王子

文字数 2,574文字

 敵は、完全に油断していた。何の苦も無く、俺達はケールの砦を奪取、立て籠りを始めた。


 ケールの要塞には、火薬や弾丸や食糧などの他に、木材や岩、瓦礫が、山のように積まれていた。
 マンハイム陥落後、ドイツに遠征に出掛ける前に、ドゼ将軍が集めたという。
 木材や瓦礫は、ケールの中洲に、障害物や砦を造るのに用いられた。
 逆茂木(さかもぎ)*や石の砦など、あちこちに障害物を造り、敵を寄せ付けないようにするのだ。

 ドゼ将軍の周到さに、俺は、呆れ、そして、感心した。


 オーストリアは、最初、静観の構えだった。確実に、敵のカール大公は、俺達の気迫に怖気づいていた。と、思う。泥だらけになって、土木工事に邁進する俺達に。

 静かに、奴らは近づき、フランス軍を包囲した。
 そして、ある日突然、爆撃を開始した。


 「出陣だ!」

 11月22日、特に大きな出撃があった。ライン軍1万2000が、ケールから出撃した。
 マルソーの、ボーピュイの、去年の対オーストリア戦で死んでいった兵士たちの、弔い合戦だ。

 俺にとってカール大公軍は、初めて戦う相手だ。だいたいにして、オーストリアの大公(プリンス)は、戦場になど出てこない。
 遠くにちらりと見えた彼は、白馬に跨り、崖の上から、戦場を睥睨していた。
 白い軍服、赤いズボン。空色のコートを羽織っている。



 ……まるで、白馬の王子じゃんかよ。
 俺は、おおいに不快だった。
 「イケメンに負けるな! ドゼ将軍を見習え!」
力いっぱい、檄を飛ばした。

 俺の歩兵どもは、お互い、肩を組んで前進していった。隣の戦友が銃撃されると、すぐに、間を詰め、再び、前進していく。
 頭を低く下げ、必要なら、革命歌を歌いながら。
 彼らだって、仲間の多くを殺されているのだ。この落とし前は、つけてもらわねばならない。オーストリアの血を以って。

 すぐそばを、敵の先発騎兵が切り込んできた。馬に乗ったあいつらは、高い位置から、俺の歩兵達を斬りつけようとしている。
 「この野郎!」
 俺は、駆け付け、乗っていた馬ごと、敵に体当たりを喰わした。
「俺の兵士を殺そうなんざ、百年、早えんだよ!」
 逃げていく騎兵を、罵声を浴びせかけながら追いかける。
「待て! マルソーの仇だ! 殺す! 絶対、殺す!」

 戦場に広がっていた敵味方の兵士達が、逃げ行く敵兵と俺の前に、道を開けた。まるでモーセが紅海を渡るときのように。前方で、恐怖にひきつった顔が、振り返った。
「逃げられると思うか! 殺してやる。待てーーーーっ!」

 前を走る馬の、汗の匂いがするほどに、迫った。大きく剣を振り上る。マルソーの仇だ。死んでいったライン軍兵士らの! 
 後ろから袈裟懸けに斬りつけようとした。

「ダメだ! ダヴー!」

 制止が入った。
 ドゼ将軍だ。
 黒衣の軍神ぶりは、今日も健在だった。
 彼は手綱を引き、馬は前足を上げた。

「無駄に殺すな!」

 凄い目で俺をひと睨みする。尻を浮かせ、馬の上に伏せ、彼は再び、前衛の先頭を走りだした。

 「……だってよ!」
命拾いした敵兵に、俺は唾を吐きかけた。
「なるほど。あれは、惚れるな」
オーストリア兵が応えた。フランス語だった。

 無言で俺は、そいつの頭を、銃の台尻でぶちのめした。


 崖の上には、まだ、カール大公がいた。
 その彼に、赤いズボンの将校が近づき、何ごとか、囁いた。
 すると彼は、馬首をめぐらせ、やおら、崖を駆け下りてきた。自ら参戦するつもりだ。この混沌とした戦場に。
 神聖ローマ皇帝の、弟だくせに。オーストリアの大公(プリンス)だくせに!


 だらけかけていた敵の傭兵どもが、みるみるうちに熱気を取り戻していくのがわかった。わが軍目掛けて、激しい攻撃を仕掛けてくる。

 傭兵は、プロの軍人だ。一方で、フランス軍は、徴兵中心だ。つまり、元農民や工場労働者たち。軍は、ただひたすら、将校の若さと勇気、指導力だけで、一丸となっている。
 本気になったプロの戦闘集団に、敵うわけがない。

「くそっ!」

 俺の軍列が、みるみる切り崩されていく。俺の大事な兵士達が、たくさん、朱に染まって倒されている。

「傭兵どもがぁ~~~っ!」

 敵の頸動脈を切り裂き、俺は叫んだ。噴き出す血潮の匂いと、俺の叫びが届いたのか。
 前衛が、敵の本体へ切り込んでいく。先頭を走るのは、ドゼ将軍の葦毛だ。

 続いてのいくつかは、まるで不連続のように、俺の目に移った。

 全く何の前触れもなく、葦毛の腹から、血が噴き出した。悲しげな嘶き。それから馬は、横ざまに、どうと倒れた。
 弾みで、ドゼ将軍が、弾き飛んだ。

「ドゼ将軍の馬が撃たれた!」
 前方で叫び声が上がる。

「将軍!」
 力の限り、俺は呼び掛けた。

「死んでる! 将軍の馬が殺された!」
「即死だ!」

 しばらく、彼は、呆然としていた。自分が馬から落ちたことよりも、馬が死んだことのほうが、ショックのようだった。

 副官が近寄り、強引に、彼を立たせた。
 腕を引かれ、将軍は、よろめいた。顔を顰めたのがわかる。
 目に見える傷はないようだ。だが、あれだけひどい落馬だったのだ。どこかにひどい挫傷を負ったのだろう。


 「うぐぐ、くそっ! 俺のドゼ将軍に恥をかかせやがって!」

 人前で落馬することのきまり悪さなら、俺にも経験がある。まして、ドゼ将軍は、愛馬の葦毛を殺されたのだ。その心痛は、いかばかりだろう。

 さらに俺は、2~3人を斬り殺し、歩兵の前面に立って、攻撃を続け、……。


「引け、 引けーっ!」
 撤退の合図だ。

 もうあと10人は、個人的に殺したいところだった。が、仕方がない。俺は、歩兵どもの後方に回った。
 追いかけてくるオーストリア兵との間に割り込み、立ち向かっていく。
「早く砦へ戻らんか!」
 振り返り、走って逃げる歩兵どもの背に向かって、どやしつけた。

 向こうに、同じように、歩兵たちの後方で、敵に向かって、サーベルを振り上げている将校がいた。
 ドゼ将軍だった。いつの間にやら、代わりの馬に跨り、後衛を務めている。

 さっきの落馬で、尻か腰か、どこかに、ひどい青あざができたのは間違いない。それなのに彼は、戦場から、最後の一人が撤退するまで、軍を援護し続けた。



 その日。フランス軍は、3000人を失い、退却した。







───・───・───・───・───・

* 逆茂木
木の枝を外に向くように並べて、敵を寄せ付けないようにする仕掛け










ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み