第29話 対岸上陸

文字数 1,393文字

 さすがに、敵は、準備を整えていた。
 ディアースハイムの大砲が、こちらを睨んでいる。

 渡河するフランス軍の船に向かって、砲弾が浴びせられた。だが、幸いにも、敵の大砲は、調子が悪かったようだ。飛距離が定まらない。

 俺達は、悠々と放火の下を潜り、ディアースハイム下手寄りの岸辺へ向かった。
 岸辺には、オーストリアの歩兵が300人ほど、待ち構えていた。

 真っ先に上陸したデュエズムが、腕を撃たれた。

 ゆらり。
 デュエズムが立ち上がった。やおら、傍らにいた鼓笛隊の太鼓を取り上げる。撃たれていない方の手で剣を握り締め、柄で、太鼓を叩きはじめた。

 指揮官を撃たれ、一瞬、及び腰になったデュエズム麾下の兵士たちは、これに鼓舞され、敵に向かって突進を始めた。その先頭には、片腕から血を流し、よろめきつつ太鼓を叩く、デュエズムの姿があった。
 見る間に、岸辺のオーストリアの歩兵団は、殲滅されていく。



 ドゼ師団の船が、続々と岸辺に到着し始めた。隊列を整え、ディアースハイムへ向かって進軍を開始する。
 それを、白い軍服のオーストリア兵が迎え撃つ。

 両軍、入り乱れての戦闘が始まった。


 いつものように、初めはへっぴり腰だったわが軍の兵士共だが、すぐに、士気を上げていった。それも、加速をつけてだ。
 だって、俺をはじめ、指揮官の勇敢さは、瞠目に値する。なにしろ、師団長(ドゼ将軍)自らが、先頭に躍り出て、勇猛果敢に敵に襲い掛かっていくのだ。普段の物静かで穏やかな彼と違い、まったく、空恐ろしいほどだ。
 これに鼓舞されなければ、ライン兵士じゃねえ。
 そうなれば、市民兵のことだ。こいつらには、戦法も作法もあったもんじゃない。まるで、狂信者の群れのように、滅茶苦茶な戦いぶりで、オーストリア軍に立ち向かっていく。

 「戦いを長引かせるな。フランス兵を、川に放り込め!」
赤いズボンのオーストリア将校が命じた。

 時を俟たずして、近くのオノー駐屯地から、オーストリアの増援隊が到着した。
 敵は、短時間決戦を目指している。フランス軍が士気を上げきる前に、なんとしても、勝利をもぎ取ろうとしているのだ。

 「そうはさせるか!」
俺はサーベルを振り上げた。

 しっかり見てろよ、フランス兵ども。ハンサムで勇敢な上官(おれ)に、ついてこい!

 オノーから、新たに参戦してきた白い軍服の群れ目掛けて突き進む。一瞬のためらいもなく。
 瞬く間に、数人を斬り殺した。
 ざくり。
 サーベルが相手の体に沈む感触。吹きあがる赤い血潮。自分が死んでゆくことさえ理解できず、ゆっくりと倒れていく、大きな、生暖かい体。
 これだ。
 これでこそ、俺だ。ダヴーだ!
 途切れることなく、俺は、殺戮を続ける。

 ドゼ将軍と俺の軍は、敵を押し戻し、堤防を奪取した。

 「全軍、扇形に展開!」
ドゼ将軍の指令が聞こえた。

 すかさず俺は、指定されていた位置、扇形の左前方に馳せ参じた。俺の後に、歩兵どもが続く。
 扇形の最前列、広がった中央部分には、もちろん、ドゼ将軍がいる。銃弾が雨あられと降る中を、彼は、敵陣目掛けて走っていた。

 それは、一瞬のことだった。
 オーストリアの擲弾兵が、銃を発射した。ドゼ将軍の至近距離で。

 俺の耳が銃声を捕えたのと、彼が倒れ、転がったのは、同時だった。

 「ドゼ将軍!」
 自分が死ぬほどのショックを、俺は受けた。
 俺は、動けなかった。息が詰まり、時間が止まった気がした。






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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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