第46話 オッシュの死

文字数 1,207文字

 「クーデターの立案者は、総裁バラスだというぞ」
ラップが教えてくれた。サヴァリが付け加える。
「カルノー総裁は、逃亡したんだよ。旧人会(上院)の、マチュー・デュマ議員も。ほら、ドゼ将軍が脚を撃たれた時、議会で、彼を激賞してくれた人だよ!」(*1)






 俺は首を傾げた。
 「カルノー総裁は、オッシュ将軍の擁護者だったはずだ。逮捕されたオッシュが釈放された後、いち早く彼を取り立てて、ヴァンデへ派遣した」

 貴族出身でなかったが、恐怖政治時代、オッシュもまた、上官を擁護して、逮捕されている。幸い、彼が処刑されないうちに、ロベスピエールがギロチンにかけられた。いわゆる、テルミドールのクーデターってやつだ。俺と母さんも、テルミドールのクーデターが間に合った口だ。

 そういうわけで、俺達と同じく、オッシュも、生きて娑婆に帰ることができた。

 釈放されたばかりの彼を庇護し、取り立てたのが、当時、派遣議員だった、カルノーだ。今回、王党派寄りとして目をつけられ、いち早く国外へ逃亡した、総裁の一人である。
 ちなみにカルノーは、ドゼ将軍が逮捕された時に、彼が手紙を書いた議員だ。工兵出身で戦争に詳しいカルノーは、ドゼを釈放し、ヴォルムス防衛の任につけた。




「オッシュは、なぜ、カルノーではなく、バラス総裁に加担したのかな」


 バラスの政治は、ブルジョワの利益だけを庇護していると、もっぱらの評判だ。そもそも選挙権そのものが、資産で制限されているし。総裁バラスは、腐敗政治の大元だと、囁かれるようになっていた。




 それでも、オッシュにとっては、王党派寄りのカルノーよりは、腐敗したバラスの方が、好ましかったのだろうか。カルノーは、オッシュの恩人だったにもかかわらず。


「王党派とか、共和派とか。いったいいつになったら、俺達は、仲良くできるんだろう」
「少なくとも、ドゼ将軍とオッシュ将軍には、仲良くしてもらいたいよね」
「ライン河畔で、また、連携することがあるかもしれないものな」

 考え込んでいる俺の傍らで、サヴァリとラップがぼそぼそと話し合っていた。







 総裁政府の起こしたクーデター(フリュクティドールのクーデター)から、約2週間後、9月19日。

 ヴェツラー(ライン右岸:ライン河東側)にあるサンブル=エ=ムーズ軍の駐屯地で、ルイ=ラザール=オッシュ将軍が、死んだ。(*2)
 9月上旬から、具合が悪かったという。
 29歳だった。


 オッシュの遺骸は、マルソーの墓所のあるコブレンツ(ライン河左岸:西側)へ安置された後、少し北のヴァイセンツルムに運ばれ、埋葬された。
 壮麗な葬儀だったという。まるで、総裁政府が、罪悪感を払拭しようとでもするかのように……。













───・───・───・───・───・

*1
カルノーはニュルンベルクへ、マチュー・デュマは、ハンブルクへ亡命。その後、ナポレオンの執政政府ができると、2人は帰国する


*2
オッシュの死因は、結核、とも言われている








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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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