勝利か死か Vaincre ou mourir
ベグーの騎士、ドゥゼ。マレンゴの戦いでナポレオン軍を救い、英雄的な死を遂げました。しかし、ですね。そもそもドゥゼは、ナポレオンごときの下にいていい将校ではありません。とにかくイケメン(やることが)! その魅力について語り合う同志を増やすべく、全力で推して参ります。
【2000字小説の末尾に短編小説を連載】(2021.7.30より公開)
マレンゴでナポレオン軍を救い、戦死したドゥゼ。彼は、高潔に生き、革命軍として戦った。一方で彼の親族は、ほぼすべて王党派であり、彼の敵に回った。
ドゥゼの迷いと献身を、副官のジャン・ラップの目線で描く。「1798年10月、エジプト・セディマンの戦い」、「同年春、エジプトへの出航準備」、さらに3年前の「1795年上アルザスでの戦闘」と、遡って語っていく。
※史実に則って、構成しています
目次
完結 全10話
2024年01月24日 22:16 更新
-
2000字ver.
- 勝利か死か Vaincre ou mourir2022年04月19日
-
短編ver.
- 1 対英戦略、エジプト遠征2021年07月24日
- 2 1798.10:セディマンの戦い(ラップ登場)2021年10月17日
- 3 ライン軍将校からボナパルト麾下へ2023年05月12日
- 4 1798春:出航準備(@ローマ:チビタベッキア)12023年05月12日
- 5 出航準備22021年08月01日
- 6 出航準備32022年04月19日
- 7 1795春:上アルザスにて12021年07月23日
- 8 上アルザスにて22024年01月24日
- 9 1798.10:再びセディマンの戦い2021年08月07日
登場人物
Anne Jean Marie René Savary
1774.4.26-1833.6.2
ドゥゼの副官
後、ナポレオンの帝国警備隊(インペリアル・ガード)に、その後、1810年、フーシェの後任として秘密警察長官に。ロビゴ Rovigo公爵
同時に、アンギャン公銃殺刑の強制執行、また、マレ将軍のクーデター(ロシア遠征時)に巻き込まれるなど、不名誉な評価もある
Louis Friant
1758.9.18 – 1829.6.24
エジプトにおける、ドゥゼ師団の将軍。
ちなみに、後に彼は、ナポレオンの妹の、最初の夫ルクレールの、姉妹の一人を妻にします。「鉄の元帥」で有名なダヴーも、同じくルクレールの姉妹を妻にします。つまり、フリアンとダグーは、義兄弟、ということになります。
そして、2人は、ナポレオンファミリーに取り込まれた筈、なんですが……。
ベリアル
Auguste-Daniel Belliard
1769-1832
(登場はしていません)
エジプトでのドゼ麾下の将軍。タイトルにも借用した、ドゥゼとラップの
“Vaincre ou Mourir!"
"Vaincre!"
の文言は、この人の " Mémoires du comte Belliard" に記載されていました。ベリアルはその時、2人のすぐそばにいました。
以下は関連作品です。
ラップに書き置きを渡し、マンハイムへ赴いたドゥゼ師団のその後について、ダヴー視点で。図入り
1795マンハイム包囲戦~1798春まで、史実のみをまとめました。フランス革命戦争初期についても触れています
なお、借用した肖像画はwikiからのパブリックドメイン作品です
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