第21話 誇り高き撤退
文字数 1,209文字
ジュールダン軍の撤退を、モローは、ドイツの新聞で知った。カルノーの挟み撃ち作戦の失敗を悟り、モロー軍は、後退を始めた。
まるで、昨年の再現のようだ。
軍を分けることに関しては、最初から、ドゼ将軍やサン=シル将軍は、反対していたという。それを、カルノーに押し切られる形で、戦闘は始まった。
カルノーは軍人でもあるのだが、いったいなぜ、現場の将校を無視した作戦を押し通したのか。
ジュールダン軍をライン川左岸(西側)に追い返したカール大公は、撤退していくモロー軍に狙いを定めた。
ジュールダン軍が敗北続きだったのに対し、南に位置してたモロー軍は、ラトゥール元帥を相手に、それなりの勝利を重ねていた。
しかし、カール大公軍が南下してきてから、風向きが変わった。
大公は、レンヘンとキンツィヒの谷を封鎖し、モロー軍を、北の森林地帯に封じ込めた。
シュヴァルツバルトでの、激しい戦闘が始まった。
ボーピュイ将軍が……昨年、マンハイムが包囲されていた時、師団を率いてゲリラ戦を戦った師団長だ……殺された。
過酷な撤退戦だった。
ドゼ師団は北上し、カール大公軍の背後を襲撃、最後の一矢を報いた。ブリザッハの橋でライン川を渡って、今現在、ストラスブールまで行軍を続けている。
残りの軍は、スイス寄りのユナングから渡河、モロー司令官含め、一部は、ユナング橋頭保の守りに入った。それ以外は、ライン渓谷を、同じくストラスブール目指して、北上している。
◇
俺は、ストラスブールで、帰還してくる兵士らの、出迎えに出た。
5日ほど早く渡河したドゼ師団が、最初に到着するはずだ。
静かなざわめきが聞こえた。
裸足の足が、土を踏んでいる。ぼろとなって垂れさがる野良着を身に着け、埃まみれになって、ドゼ師団が、ストラスブールへ帰ってきた。
歩いてくる歩兵どもは、故郷から、問答無用で徴兵されたやつらだ。それなのに、なんだ? その、誇り高い足取りは。堂々とした物腰は!
まるで、一人前の兵士のようだ。
そう。彼らは、兵士になったのだ。
勇敢で、無私なる師団長の下で。
近づいてきた彼ら、一人一人の目には、ある種、残忍な光が宿っていた。
祖国への愛というには、あまりにも獰猛な、その輝き。
ボロしかまとっていないくせに、彼らは、三色旗を降り回し、大勢の捕虜を引き連れていた。
それは、祖国への凱旋行進に他ならなかった。
敵に追われ、悲惨な戦いの中、撤退したにもかかわらず、彼らは、誇りを失っていなかった。祖国を守り通そうという、意地と誇りを。
先頭の騎兵の中に、ドゼ将軍の姿はなかった。彼は、歩兵どもに混じって歩いていた。
彼は、いつだって、兵士達の真ん中にいる。