第21話 誇り高き撤退

文字数 1,209文字

 モロー軍は、依然、ジュールダン軍とは連絡を遮断されたままだった。最後の9週間、ジュールダン軍とは全く連絡が取れなかったという。パリとの連絡もまた、途切れた。

 ジュールダン軍の撤退を、モローは、ドイツの新聞で知った。カルノーの挟み撃ち作戦の失敗を悟り、モロー軍は、後退を始めた。

 まるで、昨年の再現のようだ。
 軍を分けることに関しては、最初から、ドゼ将軍やサン=シル将軍は、反対していたという。それを、カルノーに押し切られる形で、戦闘は始まった。
 カルノーは軍人でもあるのだが、いったいなぜ、現場の将校を無視した作戦を押し通したのか。


 ジュールダン軍をライン川左岸(西側)に追い返したカール大公は、撤退していくモロー軍に狙いを定めた。


 ジュールダン軍が敗北続きだったのに対し、南に位置してたモロー軍は、ラトゥール元帥を相手に、それなりの勝利を重ねていた。


 しかし、カール大公軍が南下してきてから、風向きが変わった。
 大公は、レンヘンとキンツィヒの谷を封鎖し、モロー軍を、北の森林地帯に封じ込めた。黒い森(シュヴァルツヴァルト)という、険しい山岳地帯だ。

 シュヴァルツバルトでの、激しい戦闘が始まった。

 ボーピュイ将軍が……昨年、マンハイムが包囲されていた時、師団を率いてゲリラ戦を戦った師団長だ……殺された。



 過酷な撤退戦だった。

 ドゼ師団は北上し、カール大公軍の背後を襲撃、最後の一矢を報いた。ブリザッハの橋でライン川を渡って、今現在、ストラスブールまで行軍を続けている。
 残りの軍は、スイス寄りのユナングから渡河、モロー司令官含め、一部は、ユナング橋頭保の守りに入った。それ以外は、ライン渓谷を、同じくストラスブール目指して、北上している。







 俺は、ストラスブールで、帰還してくる兵士らの、出迎えに出た。
 5日ほど早く渡河したドゼ師団が、最初に到着するはずだ。

 静かなざわめきが聞こえた。

 裸足の足が、土を踏んでいる。ぼろとなって垂れさがる野良着を身に着け、埃まみれになって、ドゼ師団が、ストラスブールへ帰ってきた。
 歩いてくる歩兵どもは、故郷から、問答無用で徴兵されたやつらだ。それなのに、なんだ? その、誇り高い足取りは。堂々とした物腰は!
 まるで、一人前の兵士のようだ。
 そう。彼らは、兵士になったのだ。
 勇敢で、無私なる師団長の下で。

 近づいてきた彼ら、一人一人の目には、ある種、残忍な光が宿っていた。
 祖国への愛というには、あまりにも獰猛な、その輝き。

 ボロしかまとっていないくせに、彼らは、三色旗を降り回し、大勢の捕虜を引き連れていた。
 それは、祖国への凱旋行進に他ならなかった。
 敵に追われ、悲惨な戦いの中、撤退したにもかかわらず、彼らは、誇りを失っていなかった。祖国を守り通そうという、意地と誇りを。

 先頭の騎兵の中に、ドゼ将軍の姿はなかった。彼は、歩兵どもに混じって歩いていた。
 彼は、いつだって、兵士達の真ん中にいる。












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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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