第15話 愛する二人の女性

文字数 1,379文字



 花咲く玄関ポーチで、懐かしい母の姿を見た時、思わず涙ぐみそうになった。近くによると、懐かしい、母の匂いがする。
 ほぼ1年ぶりの再会だ。俺と母は、しっかりと抱き合った。

「おかえり、ニコラ。無事でよかった」
「母さんこそ。リニレと別れてくれて、嬉しいよ」

 リニレの名を聞いて、母は、嫌な顔をした。母が、20歳年下の法律家と結婚したのは、革命の次の年だ。俺が、最初の自宅待機で家にいた頃のことだ。
 伯父ジャックを始め、一族は、大反対した。俺も、反対だった。母さんを取られるのが悔しかったからだ。

「あら、やきもち?」
母は笑ったものだ。
「彼のファーストネームは、ルイ。あなたと同じよ、ニコラ。いつだってあなたのことは、忘れたことがないわ。これからもね」
 ……というわけで、俺は、2人の結婚式に出席した。

 幸いにも、この結婚は、すぐに破局した。

 その後、不当に逮捕された母を救ったのは、俺だ。翌年、彼女に付き合って、一緒に収監されたのも、この俺。
 母さんを救うのは、いつだって、俺。夫じゃない方の、ルイだ。
 やっぱりルイは、息子に限るよ、母さん。

「アデレイドも元気よ。あなたが帰ってくることを知らせたのだけれど、彼女、来ないって」
 母が言い、今度は俺が、嫌な顔になった。
 仕方ないだろう?

 4年前の、美しい夏。
 俺は恋をした。21歳だった。
 アデレイドも、もちろん、俺にベタ惚れだった。なにせ、当時から俺は、紅顔の美青年だったから。
 やはり、最初の自宅待機の時の話だ。

 彼女は俺より2歳年上だった。
 結婚は、勢いだ。電光石火で俺達は結婚した。そして、それから半月もしないうちに、俺は、ベルギー方面へ配属になった。

 優秀な俺は、数々の手柄を立てた。将軍昇格という話は、政府にしてみれば、ごく自然な賞賛の発露であろう。
 だが俺は、この話を断わった。
 2度目の自宅待機が決まった。

 結婚してから、2年が経っていた。2年間、俺は、妻の顔を見ていない。妻も、さぞや俺に、会いたかろう。
 まさに、背中から羽が生える思いで、飛ぶように帰ってくると……、
 ……アデレイドは、浮気していた。

 もちろん、即座に離婚した。だが、俺は優しい男だ。離婚の理由は、「性格の不一致」とした。革命が、神を否定してくれて、本当に良かった。神が不在だったお陰で、あっさり離婚できた。
 結婚は2年2ヶ月続いたけど、俺達が一緒に暮らしたのは、わずか1週間ほどの間だった。

 そういうわけで、俺は、女が嫌いである。当分、女は、懲り懲りだ。


 「わあ、おかえり、お兄ちゃん!」
 楽し気な声がして、ふわふわした塊が飛びついてきた。
 一つ下の妹、ジュリーだ。

 俺は、胸がいっぱいになった。優しい、かわいい妹。
「ただいま、ジュリー」
「あ、お兄ちゃん、むぎゅってしないでね、臭いから。どうせまた、長いこと、お風呂に入ってないんでしょ」

 お年頃で内気な妹は、兄に抱き着くことさえ、消極的なのだ。
 だが、ジュリーももう、24歳。いつまでもネンネじゃいられない。ましてやうちは、没落貴族だ。父が早くに亡くなったから、資産は殆どない。早くこの妹を片付けなければ、後顧の憂いがあり過ぎて、俺は、戦場で死ねない。
 いや、死ぬ気はないが。

「ジュリー、マルソーから手紙が来たか?」
「来たわよ、お兄ちゃん」
「彼のこと、どう思う?」
「……え?」
















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登場人物紹介

ルイ=ニコラ・ダヴー


後の帝国元帥。勇敢で正義感が強く、有能。

えーと、これでよろしいでしょうか、ダヴー様……。

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼ


ライン軍将校。前衛突撃型。少数の精鋭騎兵の先頭で馬を走らせ、敵に突っ込むタイプ。

高潔で下劣、複雑な二面性を併せ持つ。

アンベール


モーゼル軍右翼司令官から、ライン・モーゼル軍師団長へ。ダヴーの上官。

サン=シル


ドゼの戦友、ライバル。詰将棋のような、確実な戦闘をする。ドゼより4歳年上。

ボナパルニスト諸氏が言うほど、変人じゃない気が……。軍人として、むしろ、常識人。



ブログ「サン=シル」

サヴァリ


ドゼの副官。

ボナパルト時代の彼の失策を考えるに、単純な人柄だったんじゃないかな。それだけに、ドゼへの献身は本物だったと信じます。



*アンギャン公事件で、サヴァリは、憲兵隊長を務めていました。公の処刑決行を指揮したのは、サヴァリです。

 →ブログ「フランス革命からナポレオンの台頭へ1」

ラップ


ドゼの副官。勇敢だが、とにかく怪我が多いことで有名。



*ラップ視点の2000字歴史小説「勝利か死か Vaincre ou mourir

 ブログ「ラップ/ラサール」

ピシュグリュ


ライン・モーゼル軍司令官。前年のオランダ戦では、騎兵を率いて、オランダ艦隊を捕獲した戦歴を持つ。



ブログ「フランス革命戦争4-2」、参照

モロー


ライン・モーゼル軍司令官。ピシュグリュの後任。赤子が母の後追いをするように、ドゼに従う。



ブログ「ジュベール将軍/モロー将軍」

マルソー


サンブル=エ=ムーズ軍将軍。ヴァンデでダヴーと出会う。ダヴーは彼を、妹の夫にと、虎視眈々と狙っている。



ブログ「フランソワ・セブラン・マルソー」

オッシュ


ジュールダンの後を引き継ぎ、サンブル=エ=ムーズ軍司令官に。ドゼは彼を、蛇蝎のごとく嫌っている。



ブログ「ルイ=ラザール・オッシュ」

オージュロー


ボナパルトのイタリア(遠征)軍からドイツ軍(ライン方面軍)司令官に。

ボナパルト嫌いの余り、作者はこの人を、良く描きすぎました。ご注意ください。

【作者より】


純粋な史実は、チャットノベル

ダヴー、血まみれの獣、あるいはくそったれの愚か者」を、ご参照ください。

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