第63話 3月1日 お稲荷様

文字数 4,828文字

9時40分。

遅めの起床である。

夢の国からの帰還と同時に、ある種の混乱も覚える。
今日が何曜日で、何がどうなのか、と。

訳もない。
少し週末を振り返れば、
金曜の夜は後輩と朝5時過ぎまで飲み、6時頃に就寝。

土曜日の朝は11時前に酷い宿酔の中目覚め、
記憶の断片を辿りながら事実を再確認。
後にフラつく身体を引きずりながら買い出しへと赴き、
帰宅後、飯を食う。

15時前、
布団の中でゴロゴロとラジオを聞きながら、
シエスタ。
ってレベルじゃ無い程眠りこける。

気が付けば19時前。
昼過ぎに食べた食事の残りを貪り、
眠れるはずもなく、
本を読み、気が付けば3時を回っており、
そこから就寝。

…ひでぇ有様だこと。

まあいい。
そして換気扇の下で一服をし、
洗濯機をセットした後に熱いシャワーを浴びる。

「…ふぅ~。復活。」

少し眠気はするものの、昨晩は酒を抜いたということもあり、
身体が軽い。
不思議なことに、心も穏やかだ。

私は身支度をし、先述した英会話教室との契約を結ぶため外に出た。

「いい天気だぁ~!」

相変わらず外はカップルと家族連れで溢れかえっている。

…目に毒だ。

私は野良猫のように裏道を通り、目的地へと向かい、事を済ませる。

「ああ、今日は3月1日か。」

帰り道、〇払いがリセットされていることに気が付き、
水物なぞ、嵩張る重い荷物の買い出し行い一旦帰宅。

起床してからアレやコレやと動いていたので空腹を覚えた。

「よし、少し贅沢をしようか。」

贅沢、そう、天ぷら蕎麦である!

普段から摂生をしているので、あまり好きな物を好きな時に食べる、
ということは極力控えている。
故に、天ぷら蕎麦ごときであっても、
私にとってはご馳走なのである。

大好きな蕎麦、(絶対二八!!!)めんつゆは常備してあるので、
天ぷらだけを購いへ再度部屋を出る。

スーパーでかき揚げとイカ天を一つずつ購い、2百円とちょっと。
う~ん、贅沢!!!

蕎麦を茹でながらめんつゆを温め、天ぷら蕎麦を自作し、
一気に食べ干す。

「う、うめぇ~…。」

この美味さを忘れたくないということが、
たまにしか食べない理由の一つでもある。

その後、洗濯物を干し、マットレスや布団を干し、
部屋を掃除し、一段落とばかりに一服する。

「…やべぇ、何か、すげぇ満たされてるし、幸せすぎる。」

ここ最近を思い返せば、金が無かったこと以前、
休みの日は大概宿酔の中終わらせてしまっていた。

久しぶりに人間らしく生きている心地がしたのだ。

…お前ぇどんな38歳だよぉ…。
…いい加減気付くのおせぇんだよぉ…。

うっせ!

そして私は先だって計画していたことを実行に移すことにした。
久しぶりの外出である。

宿酔でうなだれて一日潰す。
前日の記憶は無く、金も無くなっている。
…ほんと、良くないって感じました。
…ごめんなさい。

今更ぁああああああああああああああああああ!!!???
そこらへんの20代でもわかりきってることだぞ
40代ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!

まだ38だぁあああああああああああああああああああああ!!!!!

ふぅ~。

腹も満たされ、家事などやるべきことも済まし、
この時14時前。
私は部屋を出て、ある場所へと向かった。

電車に乗り、乗り換えはせずに10数分。
目的の駅へと着いた。
そして駅から出て、少し歩いた場所にそれはある。
神社だ。

はぁああああああああああああああああああああ!!!???
お前いい歳こいて恋愛成就とかやめろよなぁああああああああああああ!!!

うるせぇなぁあああああああああああああ!!!!
少しは黙ってろい!!!!!

その神社は私が子供のころから良く遊びに行った場所で、
縁日や神輿、豆まきといった様々な行事が行われていた。
所謂、地元というやつだ。

私がこの神社へお参りに来た理由は二つ。
子供のころから所縁があったにもかかわらず、
ここ十数年来ていなかったこと、
そして、ある願掛けをするためでもあった。

そう、夜遊び禁止である!(ドンっ!!!)



…はいはい、金曜そっこうで破ってる中年野良猫が何抜かす。

まあ、聞け。
意識の変化はある。
結句やっちまったが、どちらかと言えば後輩を元気づけるためだった。

…ものは言いようだがな。

うっせぇえええええええええええ!!!
言い訳はしねぇけどな、
あれは2月で3月じゃねぇからなぁああああああああああ!!!!!

莫迦ぁああああああああああああああああああ!!!
それすげぇ言い訳ですからぁああああああああああああああああ!!!

…はいはい。
ふぅ。でだ、今日が3月1日ってのも何か感じるものがある。
そしてその新しい月の1日、始まりにこんないい天気に恵まれ、
気分もよく、やろうとしていたことが出来る。
私は何か感じるのだ。

…勝手に感じてろ!

…話を戻そう。
この神社に願掛けにきたのにはもう一つ理由がある。
ここは芸事の神社でもあり、あのト〇さんで有名な役者の方が、
売れない時期、ここへ願掛けに来ていたとかいないとか。
さらにその方は、芸事が上手く行く迄タバコやめます!と願ったらしい。

それが理由で売れたのかどうなのかは定かではないが、
ちょうど私も夜遊びを自粛したかった所だし、
そもそも意思薄弱な野良猫根性の私にとって、
何かを我慢します!と宣言する場所が欲しかったのだ。

私は芸人ではなく、それを目指している訳でもないが、
所詮物創りも芸事と何ら変わりのないものであろう。

よって、この芸事のお稲荷さんに、中年野良猫が
夜遊び我慢を宣言し、芸事、物創りの向上を願おうという企画物なのだ!!!

手前ぇ企画物とかA〇じゃねぇんだから変な言い方するなぁああああああ!!!
マジバチあたんぞタコ助ぇえええええええええええ!!!
それと、野良猫が狐に何願ってんだって、ネタかそれぇええええええええ!!!!

もぉ~う、うっせぇなぁああああああああああ!!!!
いいじゃねぇかよ!!!!
俺は夜遊び我慢する!!!!
そんでもって、もっといいもん創れるように精進する!!!
で、願掛けぇええええ!!!!

…はいはい、どうせすぐに破ってバチ当たって仕舞ぇだよ。

ったく、いちいちやかましいってんだよ。


ふぅ~、で、えーっと、そう、それで私は神社へと赴いた。
そこまで大きな神社ではないものの、
やはり日曜と言うことも相まってか、参列者もまばらに居たのだ。

自意識過剰で日陰者、その上人見知りな私はそくさく賽銭箱の前へと行く。

「…え~っと、5円、5円、と。…あれぇ!!??」

…しまった。小銭入れの中には、
1円玉が数枚、50円玉が一枚、100円玉が2枚しか入っていなかったのだ。

「…さすがに1円って訳にゃあいかねぇよなぁ、でも100円も勿体ぇねぇし…」

お前そういうとこだぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
38歳にもなって何賽銭でケチケチしてんだよ!!!!!
金曜何万も使ってんじゃねぇかよぉおおおおおおおおおおおお!!!

うるせぇええええええええ!!!
これはお稲荷さん以前、俺自身との契約なんだ!!!!
ようは心意気だ!!!!額は関係ねぇんだよ!!!!!!!

心意気なら余計にこういうとここそ奮発しろ莫迦ぁああああああああああ!!!!

「あああああああああ!!!!ちくしょう!!!!
 50円玉くれてやらぁああああああああああ!!!!!
 5円の10倍だから、10倍御縁があってくれよなぁあああああ!!!」

…もうね、神様仏様以前、人間すら見放す人間性の低さだわ。
…お前が俺って、ほんっと情けなくて言葉にもならねぇわ…。

「…う、う~んと、あれ?」

…どうしたオッサン。

あのさ、俺、祈ったことなんざねぇからさ、こういう時ってどうすんの?

小学生以下かぁあああああああああああああああ!!!!!!!
本物の野良畜生じゃねぇかぁああああああああああああああああ!!!!

うっせぇなぁああああああああああ!!!!
仕方ねぇだろぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!

そんなん自分で考えろ!!!!中年!!!!!

…はいはい。
…え~と、え~、うん、え~っとですね、え~…

早くしよろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

わかってるよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!
…え~、今月は夜遊び、しません!
お姉ちゃんにも、連絡、しません!
だから、え~、風邪ひきませんよぉに。

ガキぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!
もうガキぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!
風邪ぇえええええええええええええええ!!!???
そもそもお前莫迦だから全然ひかないぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!

うっせぇなぁああああああああああ!!!!
とにかく、俺は何かしてほしいんじゃなくて、
俺の決意を知らせに来たかったんだよ!!!!!



…よぉ、おっさん。

ん~だよぉ…。

…ボソッと聞こえたけどなぁ。

うん。

今月ぅううううううううううううううううううううう!!!!??
来月からまた復活させるつもりぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!???

へへへっ♪

そこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
もう全然ダメぇえええええええええええええええええええええええ!!!

うっせぇなぁ~。ホラ、すげぇ道のりもまず一歩っていうだろ?
だから、とりあえず今月は我慢!
ね、徐々にやってくのが大事。

…はぁ~、とことん自分に甘ぇやつだなぁ。

だって、そんな気張りすぎたってさぁ、
疲れっちまうよぉ。

はいはい、まあ、金曜日のことは許せねぇが、今月再スタートという訳で、
冷ややかな目で見守ってるよ。

よしよしよし!!!
んじゃ、お稲荷さん、宜しく見守っててな!!

…せいぜい祟られねぇようにな。


そして私は、この神社から駅を挟み、反対側へ数分のところにある、
父方の祖父母の墓参りをした。
といっても、線香も花も添えず、ただただ墓を掃除するだけなのだが。
それを少なくとも月に一回は行っている。

唐突な話だが、私はあの世を信じていない。
この宇宙の真理は無へ帰すことだと考えているからだ。
しかし、誰がどう考えていようが、それを否定するつもりはない。

では何故墓掃除をし、毎月祖父母に近況を報告しに来ているのか。
それは私自身のためなのだ。
死んだ人間は無へと帰し、そして、生きている私の中に宿る。
故に、私は私自身の中にいる祖父母に伝えに来ているのだ。

とまあ、こういった話は詰まらないので止めよう。

私は墓を後に、家路に就いた。

最寄り駅に着き、気分も良かったので、晩酌の肴を購うついでに、
敢えて人で賑わう大通りを歩いてみた。
これにも理由があった。

人間は、観たい、と強く感じている物を無意識のうちに
探し出し、観る、というのだ。
ということはだ、私はただカップルや家族連れが羨ましく、
それが観たい、という願望がいつの間にか無意識にすりこまれていて、
それでそういった人間しか目につかないのではないのか?と。

私は敢えて頭を真っ白にし、全体を俯瞰するような気持ちで歩いた。






…やっぱカップルばっかじゃねぇかぁあああああああああああああああ!!!!!

結句、そうではなく、ただ悔しさと淋しさで胸がいっぱいになり、
足早に帰宅したのであった。
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