第28話 2月11日 野良猫の戰い

文字数 4,403文字

「…そっかぁ。冷蔵庫に入れていなかっただけで、
 今週用に買っておいた食材あったか。
 …キャベツに人参、玉ねぎ、じゃがいも。
 うん、こんだけありゃあ十分だな!」

でもよ中年、お前、あと7千ちょいで2週間だぞ?

でーじょぶでーじょぶ!
何とかならーな!

…ほんっと、ほとほと、って、そうだ。
おい莫迦。

す、すげぇ言い方。

あの、ガールズバーの、フタ子って誰だ?
そもそもあの日はどうだったんだ。

ふっ、俺よ。聞いてしまうか、ついに聞いてしまうか俺よ!

…じゃいいや。興味ねぇし、もう行くんじゃねぇぞ?

あれはなぁ…、ふっ、涕無しじゃ、聞けねぇぜ?

あぁダメだこりゃ。
全然聞いてねぇわ。自分に酔っちゃってるわ。
中年怖いわぁああ…。

そう、先週の土曜日のことである。
後輩と飲み、さんざ説教を食らい、その逃げ場所を求めるように、
私はゲームソフトを2本ツ〇ヤで売却し、
ガールズバーへと向かったのだ。

…お前平然とすげぇこと言ってっからな!!!???

錬金した1万円を手に、店先でボーイに挨拶をし、
エレベーターに乗り、その店のある3階へと通される。

「あつさん、どうも!毎度ありがとうございます!」
「いやいや、こちらこそぉ。しっかし、寒いねぇ。」
「そうっすねぇ~。」

なぞ、ボーイとの他愛のないやりとり。

店へ入ると新店長のヒゲさんが待っていた。

「ああどうもあつさん!お疲れ様です!」
「ヒゲさぁ~ん、お疲れ様ぁ~。
 ほんと、今日空いてるねぇ」
「いやぁ~ほんっと、ムラありますねぇ。
 あつさん、どうぞこちらへ。
 いつもの角の席空いてますから。」
「あ、さんきゅ~。」
「フタ子さん付けますから、少々お待ちくださいね。」
「はぁ~い。」

フタ子とは偽名である。
(あたりめぇだろ!そんな名前トラ子くれぇいるわけねぇわ!)
その女性が、ふたご座なので、ここでは敢えてそう言おう。

ちなみに店での呼び名、所謂源氏名のようなものも、本名も私は知っていた。

彼女と出逢ったのは、岡惚れしていたキャバ嬢と終わって暫く経った、
去年の5月頭あたりである。

互いに意気投合し、話も合い、距離も縮まっていったのだが、
唯一、彼女の母が厳しいらしく、客との関係は勿論、
連絡も一切取らない、というのがこの店でバイトをする約束だった。

故に、辞めてしまった前店長から出勤の連絡を受け、
行ける状況ならば逢いに来る、というやりとりをしていたのである。

しかし、昨年の10月以降パッタリと姿を見せず、
どうせ彼氏でも出来たか、私に対する興味も失せたのかと思い、
彼女のことは忘れていた。
いや、正直に言えば、忘れようとしていた。

そして先月のことである。
前店長からいきなり、彼女から伝えてほしいと、
連絡先が送られてきたのだ。

迷いもしたが、私はフタ子へと連絡をした。
一度は逢ったものの、私自身が酔っていたこと、
相棒と二人で来店したことなどの理由から、
素っ気ない態度でもって、彼女を避けた。

無論、それ以降彼女からの連絡は無かった。

後輩の説教で参っていた私は、とにかく誰かと話したく、
それで現店長へと連絡し、この時に至ったのである。


…はい、すとーっぷ。
えーっとね、何かスカして話してるけどさ、
そもそもさ、
ガールズバーに行くなよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
少しは独りで抱えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
お前素っ気なくしておきながらまた指名ぃいいいいいいいいいいいいい!!!
もうねぇ、ほんっと…

カッカッカ、と、サンダルのヒールの音でいつも解る。
彼女は小走りでもって、私のもとへと来てくれる。

…はじめちゃったよ。続き、はじめちゃったよ…

「えぇえ~、どうしたのぉ?」
「うん、ちょっとね。」
「…ありがとう。来てくれたんだ。」
「うん、とりあえず何か頼みな。乾杯しよう。」

…きっしょ!中年野良猫きっしょ!

「はい、かんぱーい。」
「かんぱーい。いただきまぁす。」

少しの沈黙の後、彼女の方から切り出した。

「こないだ、すっごい怒ってたよね!」
こちらを伺うように、敢えて何もなかったかのように、
笑いながら彼女は言った。

「うん、ごめん。」
「…」

「酔ってたとは言え、あんな態度は無かったよな。」
「ううん。でも、ちょっと、やだったな。」

「うん、ごめん。」
「いいよぉ、そんなに謝らなくて。」

「いや、うん、悪い、言わせてくれ。
 だってさ、何か月もほったらかされて、
 いきなり逢ってさ、俺、なんて言えばいいか、わかんねぇよ。」
「…」
「もう、…野良に戻っちまったよ。」
「ごめんなさい。でもね…」
「…」
「すっごい忙しかったの…。課題とか、就職活動とか…。
 それで、お正月はインフルになっちゃうしさ…。」

はい!すとーーーーーーーーっぷ。
おい手前ぇ、おっさん、何か聞こえたぞ。
かだい?しゅうしょくかつどお?

うん。

…じょし、だいせい?

うん。

ってうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいい!!!!
てんめぇえええええええええええええええええええ!!!
マジ何考えてんの!?
え?まじ!?女子大生!?はぁ!?え!?ちょ、38歳、ねぇ俺、38歳!!!

うん、別によくね?
21歳だし、未成年じゃねぇだろ。

ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
もっかい、
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!

そりゃあ未成年だったら犯罪だけどさ、
もう向こうも成人しているんだし、来年には就職だしさ。

…はぁ。
岡惚れしてたキャバ嬢はお前の8つ下。うん、まあいい。
7年連れ添った女性はタメ。うん、妥当。
フタ子、21歳。
ダメぇええええええええええええええええええええええええええええ!!!!

そんなぁ、青筋立てんでもぉ。

あ、あのなぁ、野良猫、お前、バツ、いくつだ?

えっとぉ、書面のは一つ、法的なモノも含めれば3つか。

借金は?

300ちょいくらいかな。

とし。

38歳。今年で9歳だ。

はい、ダメぇええええええええええええええええええええええ!!!!

…なんでよ。

ちょ、ちょっと落ち着こうか、俺。

いや、そっちこそ落ち着けよ、俺。

ふぅ~。
お前はバツ3借金まみれの38歳。
彼女は就職前の女子大生21歳。
彼女には未来も可能性も何もかもある。
お前と釣り合う訳ねぇだろ!!!!

俺にだって未来や野望はある。
借金だって返していくつもりだ。

だぁあああああかぁああああああらぁああああああああ!!!!!

おい、俺よ。
そもそもだ、そもそも何でいけないんだ。
何で俺じゃぁいけないんだ。

えーっとね、順を追ってこうかな。
まずね、今の状態ね。うん、野良猫。これね。
それと…

あのさ、解る。解るよ。
でもな、野良猫を辞めるには飼い猫になるのが一番なんだよ。
猫が旅に出たって、犬になって戻ってくるわけじゃねぇんだから。

あ、そうか。
じゃなぁああああああああああああああああああああああああああい!!!!
あっぶねぇ~!
マジあぶねぇ、不意に飲み込みそうになっちまった。

でさ、彼女と飲んでて思い出したんだけど、
待ってるって、去年約束してたんだよ。
だから、彼女からしてみたら、待っててくれたものだと、
そう思ってたのさ。

ぜんぜん待ってねぇじゃねぇかぁあああああああああああああ!!!!

12月の頭までは頑張ったよ!!!
それ以降は無理だったぁああああああああああああああああああ!!!

ふぅ…、野良猫、いや、俺よ。
お前の気持ちは解る。
だが、これも岡惚れだということに気付かせてやる。

岡惚れでも何でもいいよ。

だめ!そもそも恋はしねぇんだろ?
後輩にも言ってたじゃねぇか。
でだ、



お前、連絡先教えてもらったって言ったよな。

ああ。

L〇NEだよな。

ああ。

名前の左隣に、変なマークついてるだろ。

…え?…あ、ああ、うん、付いてる。

それな…
L〇NE@って機能ですからぁああああああああああああああああああ!!!!
本当の連絡先じゃないですからぁあああああああああああああ!!!!
一斉送信とかできる、営業用のやつですからぁあああああああああ!!!
普通店とかが使うやつですからぁあああああああああああああ!!!!!!





よしよしよし!効いてる効いてる!





百歩譲って、ガールズバーも、キャバも、風俗だって、
節度を守るのだったら、問題ない。
要は、お前自身が無意識に破滅しなければいいのさ。
だから、岡惚れはもうダメだ。





よしよしよし!

…逃げちゃダメだ…

え?

…逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…

え?ちょ、え?俺?な、なに?

逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだぁああ!!!!



行かせてくださぁあいい!!!!!!
…ハァ、ハァ、ハァ…
僕を…このガールズバーに行かせてくださぁあいい!!!!!

…お、おーい。

僕は、…僕はぁ!
ガールズバーで働くフタ子の太客、
中年野良猫ですっ!!!!!!!!!

あ~だめだこりゃ、逝った。うん、これ逝ったわ。
そんな悪ノリしてパロってんだもん。
ああもうこれダメだわ。
いい、もう許す。逝ってこい。

はぁあああああああああああああああああい!!!!!!!!!!

はぁああい!!!じゃねぇ莫迦!!!
ほんっと救いようねぇな!
マジで知らねぇからな?
いいよ、試しに何か彼女に連絡してみろ。

「リトルミスサンシャイン、これ面白いからマジおススメ!」

…なんだその連絡。

「え!?なにそれ!今度見てみる!(わらい)」

どやぁあああああああああああああああ。

…び、微妙。

ふっふっふ。
すぐに返信なんて普通こねぇだろ?

はぁ~もうしっらね。
せっかく後輩が言い聞かせてくれたのに、
結局何も変わってねぇじゃねぇかよ!

まあまあまあ、俺もさ、キャバ嬢で懲りてるから、そこまで深入りしねぇよ。
たださ、指名の子がいりゃあ、ちったぁ落ち着くだろ?
うん、多分。
だからさ、俺は太客でも都合のいい男でも何でもいいのよ。

はぁ~、まあ、とにかくだ、こんな小銭を数えること何てするなよ!

はいはい。

…てんめぇ。

さぁ~て、これからどうなるか!
楽しみ楽しみ♪

そんなことより2週間の生活考えろクソ莫迦中年野良猫!!!!!
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