第8話 1月30日 動悸

文字数 3,750文字

結論から言おう。

…やっちまった。

ドロリと宿酔の中まどろむ私の体を、
凄まじい轟音でもって人へと形成してゆく動悸。

「…うわ、心臓いてぇ、ここどこだ?」

…莫迦、お前の家だ。

枕元に置いてあるノートPCへと目をやる。

10時36分

「…え?」

10時37分

「ええええええええええええええええええええええ!?」

会社までドアドアというやつで凡そ1時間かかるので、
出社時刻の11時にはもう何をしたって間に合わない。

午前半休を使おうにも俺には有給など無い。
あるのは休日出社で手に入れた代休のみだ。

「よし、さぼろう。」

うぉおおおおおおおおおい!
って、まあいっか。

よくなああああああああああああああああああいいいいいい!!

お前中学生かよ!

今どきのガキでもしっかり学校行ってるぞ!

38歳にもなって、飲みすぎて寝坊して仕事サボるやつがどこにいんだよ!
…あ、ここにいた。

ふぅ…。

そう、結句、私はまたやってしまったのだ。

昨晩のこと。

19時までしっかり従事し、その後帰宅。
私が住むマンションの最寄り駅から数分のところにある、
以前話した英会話教室へと向かった。

20時である。

パニック障害を罹患しているくせに緊張しないという特異体質な私は、
颯爽と教室へ入り、

「お世話になります。こんばんは、20時から予約しておりました野良猫です。」

そう受付の女性に告げた。

そんなに美人という訳ではないが、しっかり受け答えの出来る、
大人の女性であった。
…どこ見てんだ!そんなとこどうでもいい!

「ああ、野良さんですね!本日はお越しいただきありがとうございます!
 そちらにお掛けになって少々お待ちください。」
「はぁい。」

大して広くもない待合室は、60平米ぐらいであろうか。

入り口右手に一人掛けのソファーが10数席ほど二列になって並んでおり、
左手には受付のカウンターに椅子が二つ用意されていた。

…少し広めの風俗の待合室みてぇだな。
何と比べてんだタコ助!

そしてこの待合室中央に奥へと続く扉が一つあり、
そこには所狭しとカラオケボックスのように部屋が設置されていた。

「あのぉ、野良さん。こちらのアンケートに記入していただいても構いませんか?」
「あ、はい。わかりましたー。」

私は早速記入を済ませると、ある個室へと案内された。

まったく色気のない個室である。
ったりめぇだ!何と勘違いしてやがる!

椅子にテーブル、そして眼前にはモニター。

「野良さん、それでは今から簡単な説明をさせていただきます。
 担当の者がこのモニターでやりとりさせていただきますので
 こちらのヘッドホンをお付けになってお待ちください。
 あ、このヘッドホンに付いているこれがマイクとなっておりますので。」
「はぁい。」

私はヘッドホンを付け、モニターを眺めた。
…なんとも不愛想なおっさんが映っているではないか。
…俺だ莫迦。

暫くして、

「どうもぉ、野良さん、本日はお越しいただきありがとうございます!
 担当の丸々と申します。宜しくお願い致します。」
「あ、どうも、こんばんは。野良猫です。宜しくお願い致します。」

といった具合に簡単なこの英会話スクールのシステムや、
どんな目的で英会話を学びたいのかなど色々と質問された。

そんなに美人という訳ではないが、非常に…
ってそんな話どうでもいいんだ莫迦!
この万年発情中年野良猫が!

一通りやり取りをすますと、私は別の個室へと案内された。

そこには長テーブル一つと椅子が手前に5つ、奥に一つあった。
考察するに、グループレッスンの部屋らしい。

「野良さん、それでは簡単なレッスンを今から行って頂きますね。
 本日は体験レッスンということもあり、マンツーマンでの
 授業となります。」
「はい。」
「それでは講師の方が見えますのでもう少々お待ちください。」
「はぁーい。」

実にスムーズであり、無駄がない。
よく教育されているものだ。
まあ、奴さんらも商売なわけであって、当たり前っちゃぁ当たり前なのだが。

「ハァイ!」
「あ、どうも。」

爽やかなイケメン風の白人男性が部屋に入ってきた。
…チっ、男か。

面白かったのは、終始英語しか話さず、とにかく実践的な「英会話」といった
日常生活で使用する内容のものであった。

自己紹介もそこそこに
「わったーよぅあほびーず?」
「あ?ほびー?ああ、趣味ね。う~ん、趣味か。
 …なっしんぐ。」
「な、なすぃん!?」

そんな波乱の幕開けと思いきや、さすがはプロだ。

私を優しくリードしてくれながら、
解りやすく「休日はどこでなにしてるの?」だの
「どこ行ってなにやってるよ」だの、
そんな簡易な授業を20分ほど済ませた。

実に面白かった!
やべぇ!おもしれぇ!すんげぇーおもしれぇ!

元々何かを学んだり研究したりすることが大好きな私である。
見事に知的好奇心を刺激された!

よし、絶対に入校しよう!

そして最後に今後の日程などを話し、
(とはいえ2月からではなく、3月からといった旨を説明した瞬間、
 奴さんらは一瞬固まっていたが…)
無事終了!

「お世話になりました。すごい楽しかったですよ。
 3月楽しみにしてます。」
「喜んで頂いてよかったです!ぜひお待ちしております!」

爽快。
こんなに爽快な気分は久しぶりだ。

よし、ガールズ…
ダメええええええええええええええええええええ!!!
ダメダメダメ!!!

まっつぐけーるの!
うん、けーる!

「…」



「…よし、行くか」

そうそう、それでよし。
…あれ?お前、そっち逆方向じゃね?
って、そこ〇コムの入ってる雑居ビルじゃね!?
おい!おい!莫迦!止まれ!

「るんるん♪」

この時シラフである。

ほとほと、私は病気なのであろう。
…救いようがない。

「まあ、フリーで2セットで5千円くれーだし、晩酌がてらにいいな」



そして私は初めてじゃない〇コムで1万借入をし、
いつものガールズバーへとノリノリで向かった。

って向かうな!頼む!後生だ!素通りしてくれ!

「まいど~」
「ああ、どうも!あつさん!お疲れ様です。
 さ、どうぞこちらへ。」
「はーい。フリーでいいから。」
「はい!かしこまりました!」

そしてお会計、気が付けば延長に次ぐ延長、指名、女の子へのドリンク…
…1万円

「お!悪いねぇ、端数切ってまけてくれたんだ。
 俺、この子ともうちょいいてぇからさ、とりあえず金作ってくる。
 席このままにしといて」
「ありがとうございます!かしこまりました!」

もうね、この一部始終を録画して、動画サイトにでも投稿したいわ。
そんでここまでの生き恥さらせば…いや、俺のことだ。

きっとケタケタ笑いだしてネタにするだけだ。

うわああああああああああああああああああああああ!!!
ちくしょうちくしょうちくしょう!

そしてコンビニへ借入をしにいき、そこからは記憶が途切れ途切れ。

もう0時を回っていたのだと思う。
客も少なくなり、店側が気を利かせて女の子を二人つけてくれ、
…ってサービスすんな!…いや、マジありがとう、店長。

女の子二人と俺でキャッキャキャッキャと騒ぎ、
朧げな意識の中、最後にスマホを確認すると

3時48分くらいだったかな?

じゃねぇ莫迦!朝の4時前じゃねぇか!
どんな38歳だよ!
IT社長じゃねぇんだぞ!一介のサラリーマンだぞ!

そして今に至る。

自己嫌悪に苛まれながらお茶を飲もうとキッチンへ行き更に驚愕した。

〇いきつね大盛り

はぁ?

俺、これ寝しなに食ったの?
しかも大盛り!?
ヴぁっかじゃねーの!マジ死ぬぞ!動悸の原因はこれだ莫迦!
ほんともう頼むよ俺!

…はぁ。

そして恐怖の瞬間である。

ポカリを買いにコンビニへ。

ついでに〇コムの借り入れ可能額を調べる。

10000円

え?

10000円

えええええええええええええええええええええええええ!?

まだ2月にもなってねぇんだぞ!

残りあと1万で何しろっていうんだよ!
お前ほんと死ぬか!おい!あつ!死にてぇのか!

…お待たせしました。

みなさん、リアル1か月1万円生活の始まりです!

…誰も待ってねぇよ。

はぁ、もうね、みなさん。

こんな38歳、どうでしょう。

そりゃあ彼女も出来ませんよね。

…なんていうと思ったか!
余裕だ余裕!1万円もあるじゃねぇか!
飲みにさえ行かなければ余裕で過ごせるぜ!

…って、今月末2週間6千円生活で地獄見たでしょ…。

余裕だ余裕!
生きてる!五体満足!ちょっと病気してるけど!
うんうん、毎日大吉!
俺の人生バラ色だああああああああああああああ!!!!!

生きてるだけで幸せ!五体満足なだけで幸せ!

大丈夫!よし!明日からも笑って生き抜いてやるぜ!

がははははははは!!!!!!!!!!!

…ごめん、少しは反省しろ。
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