第10-2話 愛されたかった

文字数 2,139文字








 亜人の島の、ララの故郷。
 そこで獣人たちに出会った矢先、刃物を首筋に当てられた。

「や、やめてラルク!! 何してるノ!?」
「姉さんが島を出た後、多くの仲間が王国兵に殺された。言い伝えだろうが、人間を受け入れられない」
「や、やめてヨ!」
「それにラニア姉さんは、姉さんを追って島を出た。たぶんもう死んでいる」
「そ、そんな。お姉ちゃんガ……」

 ララが顔を真っ青にする。
 たぶん、ララには姉がいた?

「わたしの言葉、もう信じないってこト?」
「そうだよ、姉さん」
「なら、わたしガ……」

 ララの拳は震えていた。

「わたしが、誉の泉で証明するかラ」
「……姉さん」
「早苗さまが、言い伝えの救世主だってことヲ!」
「ララ、ちょっと待って。話が読めない――」

 手を上げたまま、たまらず話を遮る早苗。

「……亜人たちには、言い伝えがあるノ。いつか、知識人の救世主が現れる。その人は、わたしたちの王になル」
「なるほど」

 会って早々、ララに救世主と言われた理由は、それだったのか。

「……姉さんのそんな顔、初めて見たよ」
「ラルク……」
「いいんだね、姉さん。本当に?」

 うん、とララが言うと、周囲を囲っていた亜人たちが警戒を解いた。
 ラルクと呼ばれた青年が、目の前まで歩く。

「姉さんに免じて、今日は泊めてやる。私はこの部族の村長、ラルクだ。ついてこい」

 早苗は怪訝そうに、後をつく。
 見ると隣を歩くララは、今までで一番、悲しそうな顔をしていた。


 集落に着いた。
 森に囲まれた傾斜面の下に、木の扉が隠れている。
 そのうちの一つをララが開くと、中に部屋が一つ。

「地下室か。雨で浸水しないのか……」
「たぶん、大丈夫だヨ……」

 言われて観察するが、そこで大体の仕組みを理解した。



「貯水に炉まである」

 獣人たちが、王国人より清潔なわけだ。

「でもこの構造だと、持って半年から1年じゃ……」
「……住処がダメになる前に、別の場所に移動するノ」

 暗い声で言われる。
 部屋の真ん中には、藁の上に毛皮を敷いた布団が。
 早苗はランプを置くと――

「早苗さま……っ」
 ララに後ろから抱きしめられた。

「どうしたの?」
「早苗さま、安心して、わたしが何とかするかラ」

 沈黙の後、ララが小さく続ける。

「取り置きしたお願い、今使っていイ……?」
「いいよ」

 後ろを振り向くと、彼女は涙をこぼしながら言う。

「わたし、早苗さまが好き……どうしようもないぐらイ……」
「……ララ」
「お願い。キスして……」

 上着を握る彼女の手は、震えていた。
 何かが、彼女を追いつめている気がした。
 姉の死を知ったから……?

「…………」

 両目を閉じる少女の、唇に近づく。
 が――

「………っ!」
 嫌な思い出がフラッシュバックした。

 心臓が握られるような不安感。
 殴られ、抓られる痛み。

 咄嗟に顔を引くと、一歩下がって距離を作った。

「ごめん……」

 ララはそのまま、涙をこぼしながら無理のある笑顔を作る。

「……大丈夫。無理言って、ごめんネ」
「ララ……」
「ごめんね。ごめんね。わたしみたいな汚い亜人が、変なことお願いしテ……」
「違うんだ。なにがあったんだ。教えてくれ」

 だが彼女は答えない。そのまま出て行ってしまう。
 なんだろう、すごく胸が痛い。選択肢を間違えてしまったような、この違和感。



 1時間は眠れたと思う。だが咄嗟に、胸騒ぎがして目を開いた。
 嫌な予感がする。どうしてもあの泣き顔が、脳裏から離れない。

「ララ……」

 気づいていた。この世界に来てからずっと、彼女が隣にいた。
 地下牢で苦しんでいた時も、野宿した時も、病気で死にかけた時も……

 必ず彼女が、そこにいた。

(……彼女がいつもそばにいたから)
 こんな未開の世界でも、正気を保っていられた。
 知ってたのに、気づかないフリをした。
 彼女はもう僕にとって……

「ララ、どこだ……!」

 ランプを手に取り、駆け足で外に出る。
 誰もいない。物音ひとつ……いや、かすかに獣人たちの声が。
 急いでその場所に駆けだした。
 必死に、嫌な予感を抑えながら。
 森を出る。木々の向こうには、一面の湖が広がっていて……

「な、なんだ、これ……」

 巨大な湖の周囲を、90人の獣人たちが囲むように立っていた。
 泉に向かって祈りをささげている? 
 湖には大量の花が浮かんでいて、そんな水面を、周囲に置かれた蝋燭が照らしていた。

 近づくと、ぞっとした。
 水中に誰かが浮かんでいる。
 そこから、赤い液体が広がっていて……

「う、うそだろ……」

 嫌な予感が当たってしまった。
 湖に浮かんでいるのは、よく知っている人物――
 泉に、白衣を着た少女……



 ララが浮かんでいた。

 彼女の右手首は切られている。
 まるで自殺したように。

「……う、うそだ、うそだ! 嘘だっ!!」

 パニックになる。
 あれは? 違う、そんな訳――
 いや、間違いなく、ララだ……

「……お、おい、ララ」

 目の前が真っ白になり、ぼやけていく。
 一歩一歩、必死に、少女のもとに歩くが……
 真っ青になったララの顔を見て、声が溢れてしまう。 

「う゛わ゛あ゛あ゛ッ!!! ラ゛ラ゛ァ゛!!!」

 体を持ち上げる。
 その体はすでに冷たくなっていた。

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