第3-2話 世界樹と王座

文字数 3,746文字








『―――あああ、お母さま!』
 王子の声。
 だが辺りは爆発による煙で、何も見えない。

 早苗は記憶していたララのいる位置に走ると、すぐさま手を掴み、出口に向かう。
 走り続ける。出口まであと10歩、7歩、4歩。

『――あっ』
 ドサッと、地面に倒れていた。
 騎士長のウィルフレッドに、上から押さえつけられる。

『サナエ……! 何をした、貴様……!』
『……言ってもわからないだろ。小麦粉が火薬より、爆発するだなんて』

 18世紀まで、誰も知らなかったことだ。

(……ここまでか。昨日作った発煙弾は、もうない)

 外で取ってきた鶏の糞と、厨房の木炭から作った、2成分黒色火薬だ。
 それを小麦粉を混ぜ、爆風で灰や炭酸カリウムの粒子をばら撒く。
 と、次第に煙が収まっていく。



「――早苗っ!」
「ダメですココナサン! アナタまで殺される!」 

 背後から、心菜たちの声。
 見ると、ララも兵士に捕まっていた。

『決まりだな。彼は有罪だ……』
 王の声は冷たい。

 ウィルフレッドに拘束されたまま、王の前まで引きずられ――
 王妃に平手打ちをされた。
 まるでゴミを見るように、見下される。

『下賤の分際でよくも! 王に何かがあったらどう責任を!?』
『……絶対に安全な距離だった』



 だが、王妃は明らかに見下した表情のまま続ける。

『サナエ、貴方は何者ですの?』
『その前に教えてくれ。貴女の能力、なんでカーミットに使って、僕に使わない?』
『なんのことかしら……』
『僕に使えば、僕が無害などころか、王国の役に立つことがわかるはず』

 予想が正しければ、王妃の能力は『聴力系』のハズだ。
 王妃の血の気がさっと引き、殺意に変わる。

『これだから、察しがいい男は嫌いなのです……』

 彼女は司祭から杖を受け取る。
 そして強かに、口元を殴られた。

『いっ……!』
『お黙りっ! その口、二度と利けなくしてあげますっ!』

 2度目、4度目……
 唇が切れ、その後も何度も頭部を殴られる。
 次第にせき込んで、血を吐く。

『待ってくれ......! 僕は、この国の役に立てる』
『お黙りなさい、下賤がっ!!』

 怒り狂った王妃に、渾身の力で殴られる。
 その後、彼女はララの元へ早歩きした。

『……待て、わかった。僕が悪かった』
『あら? 仲間の方が堪えますのね?』

 別に、そんなことはなかった。ただ――

【早苗さまがいい人だって、わかってるかラ】

 責任を感じやすいというだけ……
 見ると王妃は、ララの目の前で大きく杖を振りかぶった。

『待て! 悪かった。もう余計な詮索はしない。だから……』

 頭を地面にこすりつけた。
 なんで王妃はあそこまで憤怒している?
 よほど知られたくない、何かが? ただ……

 ――ズガッ、と。



 杖で王妃が、ララを殴る。何度も、何度も……
 少女の周囲が血まみれになって、ようやく王妃は止まった。

『はぁ、はぁ……うふふふ!』
『……何故なんだ。その子は関係ないだろ』

 早苗は気づくと、低い声を発していた。自分についてきたせいで……

『……後悔しますよ。あんたの能力なんて、僕の世界ではチンケなものだ』
『貴方の世界のサル文明、見てみたいものですわ』
『……楽しみにしておけ』

 早苗は静かに誓った。
 必ずこの世界に、現代文明を築き上げる。
 そしてそこには、抑止力としての()()()()も含まれる、と。

 不敵に笑う王妃が命令を出した。

『ウィル。彼の神判、まだですわよ?』
『はい』

 かなり前から熱しなおされたのだろう――
 煮えたぎる熱湯の前に引きずられ、手を押さえつけられた。

「――――あ、っ!!」

 薄い赤肉を入れれば、たちまち白くなる、沸騰する熱湯。
 そこに自分の左手が入っている。
 痛い。毛穴のひとつひとつ、全てに針が刺さるような痛み。

「早苗っ!! ふせて――!!」

 もう我慢できないと、兵から剣を奪った心菜が剣を――
 だがウィルフレッドは、軽く避けた。
 同時に、心菜が水筒をこちらに投げる。

「……っ」
 受け取ると、即座に手を冷やした。

『拘束せよ』
 王の命令――

 騎士長が心菜の剣を、左手のガンレットで受け止める。
 そして右手で拘束し、心菜の顔面を地面に押し付けた。

「心菜……っ」
 彼女は――無傷だ。拘束されただけ。
 ララは? 大丈夫だ、生きている。
 ただ震え、涙をこぼしながら、こちらの様子を目にしている。

『うふふ。大臣、次の公開処刑の日は?』
『7日後です』
『ダメよ。すぐにもあの亜人を含め、処刑にしなさい』

 王妃は腕を組んで考えた。

『一番重い、車裂きの刑にしましょう。車輪に固定して、四肢をゆっくり粉砕するの。永遠に苦しみが続くのよ……』
『……何故そこまでする?』
『うふふ』

 王妃はカツカツと歩き、耳元でささやいた。

『……わたくしの秘密を、暴こうとした罰です』

 狂っている。早苗は言葉を失う。

『では3日後に手配します』
『うふふ、サナエ様。3日後まで、死なないでくださいね』

 それが早苗が聞いた、謁見の間での最後の言葉だった。
 すぐに地下に連れていかれる。
 そんな光景を見て、カーミットは石床を叩いた。

「ワタシが……余計なことしたから』

 とたんに彼女は、ウィルフレッドの腕をつかみ、廊下に引っ張った。
 小声で怒りを爆発させる。

『ナンデ…!? どうしてウィルフレッド!!』
 騎士長は視線を合わせない。それでも続ける。

『助けを求めたよね!! 同じ世界から来た仲間たちを、庇ってってお願いしたよね!! どうして――!!! ねぇ、なんで――!!!』
『…………』

 ウィルフレッドは無言で腕を振り解き、王族たちと出ていく。
 カーミットだけがその場で――

『……コノ世界は、ダメです。ならワタシがこの手で――』

 ただひとり、世界を憎んでいた。

 ◇

 それと同じ頃――
 Aランクのマックスは、盛大にもてなしを受けていた。

『HEY、ノエミ。いつ着くんだ?』
『……もうすぐよ』

 ノエミに神殿の入り口まで案内される。

『WHOA! 大した建物だな』
『チェ・スポルカチョーネ。ここはマナ教の神殿よ。それじゃあ』
『HA! アメリカ人はな、一か国語しか理解できないんだ』

 ノエミは完全に無視して、使用人と立ち去る。

『……なんだ、ここは』

 警戒しながら神殿を進むと、大部屋に出る。
 中心には大きな木材の浴槽が。はだかの女性たちがいる。
 浴槽に3人。隣のベッドに2人、テーブルに1人。
 獣油のランプが、彼女たちの裸体を艶麗に照らす。

(……あれ、臭くない。むしろ花の良いにおい)

 臭くない現地人は、王族だけだと思っていた。
 マックスは固まった。この女性たちは、一体……

≪Ea, is he wliteful.≫
≪We sculon þes brucan, fæger geonga.≫

『OH、何言ってるのかわからねぇ……』



 たぶん、誘っている。
 別に前世でも、そういう機会はあったが、これは――

『その人たちは、神聖娼婦たちです、勇者さま。いえ。いずれこの世界の王になるお方』

 バスタブの隣の大きなベッドの、さらに向こう――
 シルクのカーテンから、同じ言語を話す女性が出てくる。

 ◇

 同時刻――

「ララ、大丈夫か?」
「はイ……」

 早苗とララは、地下牢で両手を鎖で繋がれていた。
 ただ激痛と寒さに耐え、時間が過ぎるのを待つ。
 そこには、惨めな気持ち、後悔、そして恐怖しかなかった。


「大丈夫だ。僕は絶対に死なない。絶対に……」
「うぐっ……さ、早苗さま。ごめン。わたしが、王国に来るのを止めていれバ……」
「……いや、君のせいじゃない」

 むしろ、と続ける。

「……僕についてきたから、君もこうなった。ごめん」

 ララは、ぶんぶんと頭を横に振っている。

(……一旦、落ち着こう。ララの症状は)
 
 呼びかけに反応あり。意識状態はOK。
 出血が多かっただけで、頭蓋内のダメージ(神経症状)はないだろう。
 
(僕の手は……)
 大丈夫だ。Ⅰ度熱傷で済みそう。
 心菜がすぐに助けてくれたおかげだ。

 改めて牢内を見渡す。

(……臭くて寒い。湿っていて、虫がそこら中に湧いている)

 かなり不衛生だ。
 小窓から漏れる光だけが牢を照らす。
 換気はほぼされていない。



「だ、大丈夫、早苗さま! わたしの命に代えても、あなたをここから出ス!」
 ララが、強引に鎖を引き抜こうとする。
 すごい力だ。たぶん男の僕以上。しかし――

「やめよう。手首が真っ赤だ」
「でも、早苗さまは……この世界の王に、なる人だヨ……」
「……王か」

 3日後には史上最悪の方法で、公開処刑にされる。
 だが、死ぬわけにはいかない。かならず前世に近い文明を作り、生き残る……
 なら、国民というマンパワーは、ぜひ欲しい。

「……王って、領土や国民の当てが?」
「わたしの故郷は亜人の島。獣人たちには、まだ王がいない」
「……西の島か」

 地図を思い出す。

「早苗さまなら、獣人、エルフ、ドワーフたちを統一する、王になれル」

 早苗は、珍しく目を大きく見開き、ララを見た。

「だから、どんなに希望がなくても、早苗さまをここから出したイ……」
「ララ……」

 帝国でも王国でもない、第三の国をつくる。
 エアルドネルの王に――
 この日、すべての転生者たちの運命が、大きく変わろうとしていた。







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