第21-1話「導く者」

文字数 2,991文字







『そろそろお風呂に入らせてよ』

 牢獄の中の心菜が、天井の出口に言う。
 ゴルディはただ、彼女を見下していた。

『私はあんたたちと違って、頻繁にお風呂に入らないと、気持ち悪くなるの』
(……おかしいですわ)

 ゴルディは歯を食いしばった。
 この女には、全く絶食拷問が効いてない。
 体重すら落ちていない。何者なの…?

『ウィル』
 心菜に聞かれない位置でゴルディは続ける。

『絶食拷問の間、あの女の視界内に待機させた警備兵には、何も起こらなかった?』
『はい。間違いないです』
『なら、あの女の能力は遠隔ではない』

 それでも胸騒ぎが……嫌な予感がする。
 再度、心菜が聞こえる位置に戻り、ゴルディは声を上げた。

『今すぐ、あの女を殺しましょう』
『あら、ゴルディ。まだ冬の前なのに、いいの?』

 ゴルディを見上げている心菜が、余裕で言う。
 構わず、ウィルフレッドに油の入った樽を運ぶよう命じる。

『ゴルディ。私に手を出したら、あんたの息子たちはどうなると?』
『貴女に、その能力はないと判断しました。さぁ、ウィル!』
『……はい』

 ウィルフレッドが、樽を倒す。
 トクトク、と――真下の心菜の牢が、発火性のある獣油で充満した。
 鼻をつくにおい――

『ウィル、確実に殺す為、あと3樽ほど用意しなさい』
『ふふ』
『ココナ様、なにがおかしいのです?』
『ずいぶん余裕がないのね、ゴルディ。白髪が増えるわよ?』
『こ、この女っ……!! はやくしなさい、ウィル!!』

 次第に、2樽目、3樽目、4樽目と……
 樽の中のオイルが牢に流され、心菜の足元がオイルで浸された。
 ゴルディが布面を取る。

『さぁ、ココナ様。最後に言い残すことは?』
『やっぱあんたの聖痕、左目だったんだ。手以外って事は、アンタが言う、Sランクってことね』
『お黙り! 神に最期の言葉を残しなさい』
『ゴルディ。あんたは怖がってる。本当はすぐにでも火を付けたい』

 ふふふ、と心菜は不敵に笑い、つづける。

『なのに、もし私に手を出したら、報復があるかもと、不安で不安で、しょうがない』
『っ!!!』

 ゴルディは憤怒して、思いっきり怒りをあらわにした。
 だが図星だった。今でもゴルディは、心菜のSランクの能力を恐れている。

『ゴルディ様……』
『かまいません! やりなさい』
『いいのですね?』

 ウィルフレッドが、松明を牢の中に投げ捨てる。
 その瞬間、逃げ場のない部屋で、一気に火が燃え上がった。

『うふふ、ゴルディ』
 足元に火の波が広がるのに、余裕の表情の心菜。

『おめでとう。正解よ』
『……何がです?』

 炎に包まれる心菜。
 次第に彼女の服すら燃えて、その顔しか見えなくなる。

『あんたは、正解した。私はずっとハッタリを言っていた』
『っ!』
『私に、アンタの息子を殺す能力はないわ』

 そうして火に包まれていく心菜。
 次第に彼女の姿が消えて、焦げた臭いが、ゴルディの元まで広がっていく。

『私の時間稼ぎは、ここまでみたいね……』

 それが心菜の、最期の言葉であった。
 全身が燃え、次第に焦げた炭になり、煙でその姿が見えなくなった。
 心菜は、ここで死んだのだ。

『……はぁ。やっと終わりましたわ。長かった』
『ゴルディ様』
『もう何樽か、この下に落としなさい。確実に焼死するように』

 ゴルディがウィルが持ってきた樽の一つを、蹴り落とす。

『この塔がなくなっても構いません。確実に死を』
『ゴルディ様』
『なんですか? 油樽ならまだ――』
『そうではく、鐘が!!』

 ハッとしてゴルディが耳を澄ますと、確かに鐘の音が鳴っている。
 なんの音? ミサの鐘はとっくに過ぎている。

 だがすぐに、その不自然な金の音は途切れていった。

『葬式の鐘? いえ、この時間にはならないハズです。これは一体……』

 ゴルディは、何か嫌な予感がしていた。ココナの能力なのか? 
 すぐに別の鐘が鳴りだす。
 次第に、五つめ、六つめの鐘と……
 王国中にある鐘が、猛烈な速度でカンカン鳴りはじめた。

『ゴルディ様、襲撃の鐘では!?』
『いえ、ありえません。もう200年以上も、この王都に敵が攻めたことは……』
『だがそれ以外に考えられません!! 鐘は最初、正門から聞こえました』
『うふふ』

 それこそあり得ない。
 包囲して、王国民を飢えさせる攻城戦なら、まだ現実味があったが……
 と、息を切らした、使者がやってくる。

『ゴルディ太后!! 報告です!』
『はやく言いなさい』
『門番が何人も、正体不明の攻撃を受けています。遠距離です!』
『……ロングボウですか?』
『いえ。ただ即死した、と……』

 わけがわからない。
 せっかく一つ問題が解決したばかりなのに。
 ゴルディは親指の指をかじった後、命じた。

『正門に兵を! 弓兵軍と魔術士軍を、はやく!!』

 そしてゴルディは、早歩きで塔を出る。

『ゴルディ様。どこに?』
『王(オズソン)を避難させます。ウィル、あなたも王を守りに!』
『……しかし! 私が門に出向いて、兵たちを指揮しなければ』
『王を守るのが最優先です!』

 そうして少数の兵たちを連れ、外に出るゴルディたち。
 ちょうど命令が行き渡り、弓兵と魔術兵たちが壁の上を移動し、門を守りに行った。

『これから王都で最も安全な場所、城の地下に避難します』

 城の庭。正門から最も離れた、安全な場所を、ゴルディは歩く。
 ここにある裏口を通れば、すぐに城内へ。

『――っ!?』

 空気が震える。
 最も安全な場所、王都を囲む壁が――
 すさまじい爆発音とともに、砕けて吹き飛んだ。

『う、なにごと……!!』
 勢いよく襲う石と砂の波が、ゴルディたちを押しのける。

『ああっ!!! なにが――』

 キーン、と爆音で耳鳴りが。
 あまりにも大きな音。
 風圧で息ができない。

『はぁ、はぁ……』
『ゴルディ様――』

 ウィルの声がよく聞こえない。耳がダメになった?

『……っ! はぁ、はぁ』

 ゴルディは息を整える。
 あまりに急なことで、思考すらマヒしていた。
 視界がようやく安定する。

 そうして砂埃が収まる頃、彼女はようやく爆音が響いた、背後の壁を目にするが――

『っ!!? 信じられません……壁が……』

 壁が、なくなっていた。
 正確には、大きな穴――それこそ、工兵たちが何か月も掘り続けなければいけないような穴が。

『こんなの、ありえません……』

 200年以上、難攻不落だった王都の壁が……
 
(……な、なにが起こっていますの?)

 Aランク? いや、Sランクの奇襲?
 このエアルドネルに、まだわたくしが知らない、脅威となる術者が?

『ゴルディ様!! こちらへ!!』

 ウィルに守られながら、城の壁に避難する。
 地下にはもう逃げられない。瓦礫で塞がれている。

『ーーっ!』
 刹那、パン、と破裂音。
 ゴルディの背後にいた使者や兵たちが、次々に倒れていく。

『う、ウィル……』
『……はい』
『これが貴方の思う、未来の兵器なのですか?』

 頷かれる。
 ゴルディは歯を食いしばった。そんなの、ありえない。
 こんな桁違いの力、人間に扱えるわけがない。
 だが()()を見た彼女は、信じざるをえなくなった。

『……さ、サナエ、ですって!!』

 脱獄した、魔力無しの男。
 こいつが、亜人たち一人一人に、Bランク以上の力を与えたと!?

『久しぶりだな、ゴルディ』
『……ふ、うふふふふ!!』

 2か月ぶりの対面だった。
 あの時、無様に左手を焼いてやった男が、またわたくしの前に……!



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