第1-3話 エアルドネルの王は、きっとあなた(フルボイス)

文字数 2,270文字





※オーディオブック(フルボイス)は下記から!
https://drive.google.com/file/d/1tYLTE7gTCU-9fMv_il306tWXekx1mAAf/view?usp=sharing



 馬車に入った早苗は、その黒髪の女を見て固まる。

「生きていたのね」
 日本語で言われた。

心菜(ここな)、なのか……?」

 ◇


『ジャア、情報交換です! 私はカーミット。16歳で、イスラエルから!』

 栗色ミディアムヘアの少女が言う。滑り出しにアクセントのある英語だ。
 握手を求められるが、早苗は返さない。

『オレはマックス。フロリダからだ。19歳』
 
 早苗とララは続けて自己紹介をした。
 左側には、こちらをチラチラ見て、頬を赤くしているララ。
 右側には、先ほどから無口な黒髪ロング。その彼女に小声で訊く。

「……心菜、だよな?」
「どうでしょう」
「いや、心菜だ。多少相違点があるが、君は――」
「疲れてるの、話しかけないで」

 肯定も否定もされない。

(……別人なのか)

 彼女は、前世の恋人に、あまりにも似ていた。
 聞きたいことが多すぎる。
 だが彼女は、明らかに会話を拒んでいる。

 シーンと静まり返った中、手をポンとするカーミット。

『疲れてます? ドコかに寄りましょう。王国からお金貰ったので、食事でも――』

 瞬間、 ガタっと馬車が揺れ、無数の小銭が飛び出した。

『ウワー! 旅費が!! どこに落ちて――』
『82枚。小さいのが1枚、靴の中に』

 はい? というカーミット。
 早苗は視線を合わせず続ける。

『銀が6枚、銅が42枚、小さいのが32枚』
『ウワ! 本当に靴に入ってた!?』

 カーミットは、すべてを拾う。

『デモ、合計は80枚ですよ?』
『袋の中に2枚残ってる』
『ソンナ、一瞬見ただけ――うわあああ、本当だ!?』

 そこで、マックスが気づく。

『オレの縄も、パッと見ただけで解いたよな』
『アア、空間認知能力ってヤツですか?』

 そう言ったカーミットに、ジロジロ観察される。

『ウワー、いい顔。日本の俳優かアイドルのように見えますが……』

 前かがみでガン見され、居心地悪が悪い。
 ふと――

『――エッ、うそ。まさかあのサナエ!?』

 カーミットが、咄嗟に羊皮と筆を取り出す。

『一応。【8,612 × 3,224】 は?』
『27,765,088』

 計算式を書いた後、カーミットが続けた。

『アッテル! 本物だ。サヴァン症候群で、完璧な記憶力を持った天才科学者!!』

 だん、と彼女は立ち上がる。

朝霞 早苗(あさか さなえ)! ノーベル賞受賞の日に、トラックに轢かれて死んだ世界最強の科学者!』
「……??」

 ほとんどの単語を理解できてないララが、こちらを見ている。

『本当ですね! アハハ! ()()()()、ワタシにぜひご命令あれ! なんでもしますよ!』

 やめてほしいが、騒ぐカーミットは止まらない。
 ふと、腕がかゆくなる。

『………なんでもするの?』
『ハイ! エッチなこと以外なら』
『なら、清潔な服が欲しい。拾った服なんだ』
『コノ世界の基準だと、もう十分清潔な服ですよ』
『……あと石鹸と水。今すぐ全身を洗いたい』

 と、くすくす黒髪ロングが笑った。



『あんた潔癖症だから、大変ね。この世界には石鹸も、清潔な水もないわよ』
『あれ、ココナサン、知り合いですか?』

 そうかも? と答える黒髪。いや、その前に。

「やっぱり、心菜(ここな)じゃないか……」
『そうかもね。ねぇ、あんたこの世界をどう思った?』
『……この世界?』

 早苗は、困惑した。
 だが前世の恋人であろう彼女に、答える。

『……未開の世界だ。無学で衛生概念もない』
『正解。悲惨さで言えば、この世界全体がホロコースト並みよ』
『……ココナサン。ワタシに刺さる例え、やめません?』
『でも事実よ。全ての街で虐殺と伝染病が。死に過ぎて、そのうち死者に祈りを捧げる人間すら残らない』
『つまり、歴史通りの中世か……』

 早苗は絶望した。どうしてこんな世界に……

『この世界は滅亡する。でもあんたなら、()()()()()()()()()()()()()()。そうでしょ?』
『……それは』

 だが途中で遮られ、カーミットに肩を掴まれる。

『――オオ、サナエサン!!』
『触らないでくれ』
『ワタシ、この未開な世界が嫌なんです! 現代文明つくってください!』
『……現代って、21世紀のことか?』

 たぶん? と頭を傾げられる。

『……なら約束できない。19~20世紀あたりならいける』
『ンー? どういう意味です?』
『車や通信機は作れる。複葉機で空も飛べる。スマホやジェット機はまだ無理』

 もちろん、今想定できる条件なら、の意味だが。

『か、神……!! やっと人間らしい生活が!』
「……???」

 ひとりだけ理解してないララに、カーミットが答える。何故か日本語で。

「このハンサム、1000年後の文明作ってくれるみたいです」
「えっと、どういウ……」
「人が空を飛んで、次は宇宙かなーって時代です」
「ええええエ!!?」

 ララに、熱のこもったまなざしを向けられる。

「きゅ、救世主さマ……」
「………」

 視線をそらして、心菜を見た。

「君の、あの研究はどうなった? 君の体は――」
「私は健康体よ」

 人差し指で早苗の口元を押さえる心菜。

「……わかった。あの『研究』を続けるのが、僕にとっての全てだ。その為に、この世界に近代文明を作る」
「なら、元の世界――21世紀に到達しないとね」
「……はぁ」

 見ると、ララはまだ早苗に熱いまなざしを向けていた。

 そんな中、馬車がガタガタ進んでいく。
 木材の車輪の為、誰もが腰を痛めていた。






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