第16-1話「火の届かない者たち」

文字数 2,505文字







 次の日の朝になった。
 
 ララは大丈夫そうだが、夜行性のラルクは眠そうだ。
 木々の間から差し込む光に、照らされる。

「早苗さま、もうすぐ、エルフの森!」

 ララがそう言ってすぐ、深い森に踏み入った。
 空気は一変し、静かになる。鳥のさえずりや葉っぱの音だけが、周囲に響く。

 刹那、ラルクが槍を構え、早苗の目の前に立つ。
 すぐにグサリと――
 1メートルほど先の地面に、矢が刺さった。

「立ち去れ、獣人ども!!」
 大樹の太い枝の上に、弓を構えたエルフが1人。
 いや、1人じゃない。周囲に何人もいる。

「閣下! 私の後ろに!」
「ああ」

 早苗は大きく息を吸う。

「弓を下ろしてくれ! 僕たちは敵ではない。友好的な関係を築きたい!」

 言いながら、ララを庇うように移動する早苗。
 だがそのララが、声を上げた。

「あ、あの、ラーサさんはいますカ!?」
「……おい獣人。どこでその名前を」
「ラーサさんに「ラランサが来た」と、伝えてほしいでス!」

 瞬間、木の上のエルフが憤怒するのが見えた。

「お前なんぞに、ラーサ様はお会いにならない!!」

 叫んだエルフが降り、弓を構えながらゆっくり近寄る。
 スリムな服を着た、痩せ型の女だ。

「妙なまねをすれば、一斉に撃つ!」

 耳は長い。体にフィットした、機動性の良さそうな服。
 そのエルフは弓を構えたまま、距離を少しずつ詰める。

「落ちついてくれ、僕らに敵意はない」

 早苗がフードを取ろうとすると、ララに止められる。

「早苗さま……」
「大丈夫。いつかバレる」

 そうしてフードを取るが――
 瞬間、強い敵意を周囲のエルフたちに向けられた。

「に、人間!? 人さらいが、流暢に亜人の言語など話して……!!」
「これは僕の母国語だ。僕は早苗。1400年ほど文明が進んだ、別の世界から来た」

 目の前のエルフが、眉をひそめた。

「僕は亜人たちが、本土の人類に対抗できるよう、国と軍隊を設立しようとしている」
「バカなのか、お前は!?」

 今にも怒りで、弓を放ちそうなエルフ。
 早苗は急いで続ける。

「一部の獣人たちとドワーフは、既に防衛協定を結んだ」
「貴様、虚言を!」
「亜人たちが共存すれば、本土の人類に対抗できる」
「バカなのかお前! 我々がお前ら人間の言葉を、信じるわけが……」

 そこで早苗は、キッパリと言い切る。

「信じなくてもいい。これから発展する亜人の国を見て、自分の目で判断してくれ」
「………」
「今はその代わり、ララの旧友のラーサに会いたい」

 どうすればいいかわからない。
 そんな顔で、動揺したエルフが後退した。と――

「ラーサになんのようなの?」
 
 別の女の声。今、目の前で警戒しているエルフの、さらに背後――
 森の木々の中から、ひとりの少女が顔を出す。

 背丈は低いが、自信に満ち溢れた、自尊心の強そうな顔つき。

「私、ラーサの妹だけど?」
「エッ!?」

 後ろのララが声を上げた。

「ラーサちゃんの妹! じゃあ、あなたが第二王女の――」
「ルラ王女! このような所に来てはダメです」

 警戒しているエルフ兵が、少女ーールラを止めようとする。
 だが少女は、その兵を横に押しのけた。

「来たらダメ? なんで? この森は私のものなのに?」

 そのまま、平然と近づく少女。
 警戒心がない。いや、いつでも一斉攻撃できる、という意味なのだろう。

「ふーん、獣人たち、本当に人間と手を組んだの」

 ルラが、プッと鼻で笑った。

「ははっ、ウケる! 人間の言葉を信じる程、獣人がバカだったなんて!」
「……この方はアサカ・サナエ様。救世主であり、我々の王です」

 ラルクが言うが、見下したままルラが、目の前まで近づく。
 ラルクが槍を構えようとするが、早苗はそれを止めた。

「君が第二王女か」
「へぇ、いい顔。清潔だし、ノミもついてない。背も高くて、手も綺麗。飼ってあげましょうか?」
「……なに?」
「種馬として飼ってあげる。今ちょうど男不足なの」

 高笑いしながら、ルラが続ける。

「綺麗な種馬は歓迎よ! 手足を切断して、熱して止血し、好きな時に精子を注いでくれる、ダルマ男にするの!」
「っ! ルラ様、これ以上の王への侮辱は――」

 ラルクが我慢できず、槍を構えた瞬間――
 数十人のエルフたちが一斉に、彼に弓を向けた。

「ルラ。そんな残酷なことをしなくても、精子を冷凍保存する装置を提案する」
「……さ、早苗さま。大真面目に答えなくていいと思ウ」

 あと、なぜか女のわたしより、彼の貞操の方がいつも危機に瀕している……
 なんてララが思っていると、ルラが爆笑した。

「ぎゃはは! 冷凍? 氷出せるの帝国の皇子だけじゃん!」
「いや、誰でもできる。僕も君たちと同じく、聖痕はない。魔法は使えない」
「農民以下の雑魚なの!? やっぱアンタの精子いらないわ。ばーか! 失敗作ぅ!」

 瞬間、早苗の手から火が燃え上がる。
 ルラがビクッとして、一歩引いた。
 エルフたちがラルクから早苗に、弓を向ける。

「あ、あんた魔法は使えないって……」
「僕の知識と、獣人たちが採掘した資源、そしてドワーフの技術で作った、フリント
式ライターだ」



 ドワーフの洞窟から出る前に、ギガに技術デモの一貫で、作ってもらったものだ。
 木の繊維のウィック、金属のヤスリとフリントに、木材で作られている。

「へ、へぇ……!」
「君も使える。聖痕なんていらない」

 ライターを投げて渡すと、ルラは興味深そうにそれで遊んだ。

「ふーん。あ、火が出た。おもしろ」
「少しは信じて貰えたか?」
「まぁ。だとしても、無駄よ? だって私たち、帝国と組むもん」

 ラルクは絶句して、たまらず声を上げる。

「ルラ殿、何考えてるんですかッ!? 帝国がどれだけ、我々亜人を奴隷にして――」
「獣人が無能だから捕まったのよ」
「撤回してくださいッ!」
「落ち着け、ラルク」

 気持ちはわかるが、ラルクを下がらせる。同時だろうか。
 ルラの背後からぞろぞろと、また別のエルフたちが。

「お母さま!」

 その母と呼ばれた女が、ルラの元へ歩く。
 ララが小声で伝えてきた。

「……早苗さま、あれがエルフ女王のリクシスさま」
「そうか」

 おそらくこれが、最後の交渉のチャンスだ。
 早苗はゆっくりと、口を開けた。


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