第4-2話 サンプル ワン

文字数 2,409文字








「……今日、王妃の部屋に入ったんです。書斎の筆記帳にはこう書かれていました」

 ウィルフレッド=バーグマン 忠誠心が高い。
 カーミット=ジーメン 反逆の意思あり。いずれ処刑に。
 ノエミ=リアーリ 反逆の意思、全くなし。安全。
 マックス=グッドウィン 承認欲求が高い。
 サナエ=アサカ × 亜人。処刑に。
 ラランサ × 亜人。処刑に。
 ココナ 不可。Sランクの可能性あり。

「……なんだ、それは」
 早苗は寒気が走るのを感じた。
 ウィルフレッドが転生者なのは、不思議じゃなかった。
 だが僕が亜人の可能性あり? 心菜がSランク?

「……王妃の能力、想像より恐ろしいものなのかも」

 そして、このままだと……

「カーミット。君も処刑に、と」
「……ハイ。通りすがりの女性が、指弾されて火あぶりにされる世界です。ワタシの命なんて」
「魔女狩りがあるのか? 12世紀からじゃ……」

 いや、完全に史実と同じじゃないんだ、エアルドネルは。 

「ワタシ、サナエサンに賭けたいです」
「どういうことだ?」
「サナエサンとララサンを逃がします。3人で逃げましょう」

 真っ先にララが反応する。

「……ああっ! 早苗さまが、助かる! それなら、みんなで帝国の港から、亜人の島に行ク!」
「イイですね。サナエサンならきっと、この世界を変えられます。なにせワタシと同じく、天才ですからね!」
「…………」
 早苗は彼女たちの言葉を聞いて、静かに考え込んでいた。

「……わかった。やろう。亜人の島に近代文明を設立する。軍隊も作る」
「ヨシきた! ワタシは秘書と司祭やります!」
「……え? 司祭は要らないだろ」

 ハイ!? ユダヤ教のカーミットに怒られる。

「希望がない世界ほど、神が必要です!」
「まぁ、そうなんだろうけど……」
「それに、信心深くないと、死が怖くてやってられません」
「……まぁ」

 それ以前に、まずは脱獄しないと。

「話を戻します。正直ココナサンなら、警備も薄くて簡単ですが、サナエサンたちは不可能に近いです」

 ララは愕然とした。
 ふと、早苗が思ったことを口にする。

「心菜なら簡単……カーミット、僕に賭けたい理由は?」
「……ン? サナエサンなら近代文明作れますし」
「なら、心菜も科学者で、僕より頭がいい。同じ大学で研究したが、心菜は――」

 早苗は記憶を振り払うように、頭を振る。

「ノーベル賞も、心菜が取るべきだった。あの子は僕にとって、人類史上最も優秀な科学者だ」
「……サナエサン、何を言いたいのか」
「つまり――」

 早苗が意を決して伝える。

「僕じゃなく彼女を救ってくれ」
「……エエ!?」
 カーミットは唖然としている。ララが辛そうに聞いた。

「さ、早苗さま……」
「これでいいんだ」

 カーミットは頭を軽く壁にぶつけた後、しばらく考え込んだ。

「……本気ですね。ワカリマシタ。明日の夜中、ココナサンと脱出します。神に誓いますよ」
「ありがとう。誓いか……」
「破ったらワタシは地獄行きです」

 カーミットは、そろそろ戻らないと、と立ち去ろうとするが――

「カーミット。最後に――」

 早苗は城の構造を聞いた後、カーミットも早苗に何かを聞いていた。

「……?」
 ララには分からない単語が多い。
 エアルドネルには存在しない固有名詞だと、ララは思った。

「ソレでは」

 バタン、とドアが閉まり、ふたたびララと2人になる。
 すぐにたまらず、また嘔吐をする。



「……ああ、ひどいものだな」

 出てきた内容物は少ない。
 すでに胃袋の中に出すものがなく、透明な液体が出る。
 それを、目の前のジョッキにぶちまけた。

「……さ、早苗さま」
「ご、ごめんララ。勝手に決めちゃ――」

 おええええ、と、またもや嘔吐。
 それを何度も繰り返していると、ララは辛そうに目を背けた。

「さ、早苗さま……何か食べた方がいいんじゃ……」
「そうだね……」

 一気に漬け物を食べるが、その後、咳き込んでしまう。

「……だめだ……気持ち悪い」
 早苗はそのまま目をつむると、眠っていった。



 同時刻――勇者に選ばれたマックスは王に呼ばれていた。

『勇者マックス。明日、出陣せよ。初陣である』
『ハイ、陛下』
 王に跪くマックス。
 夜、彼は再び神殿でリンを抱いた。これだけは止められなかった。



 次の日になる。明日が、早苗とララの処刑日。

 カーミットは人気がない廊下を早歩きした。
 今日、ココナサンを助ける。

 と、イタリア人のノエミ。

『ねぇ、カーミット。アナタ、何かしようとしてる?』
『……ノエミ』
『あなたは天才よ。きっとこの世界のトップにもなれる。だからバカなことはやめて――』
『ゴメン、ノエミ』

 カーミットは親友にハグをした。

『ワタシ、誓ったから。きっと神様が助けてくれる』

 ノエミは遠い目をした。最後のお別れのように、カーミットが続ける。

『きっと上手くいきます。もしダメでも、天国に行ける。死ぬのは怖くない』

 さよなら、とお別れを告げる。
 カーミットは静かに、計画の実行に動きだした。



 その頃、地下牢では――
 早苗はいまだに、ただ嘔吐していた。
 ひく、ひく、とララが泣く声が響く。

 雨が降り、雷が鳴りはじめた。
 おびえるララとは逆に、早苗は、機嫌よさげに立ち上がる。

「……この世界にきて、はじめて運がまわってきた」
「えッ……?」

 涙目のまま、ララが不思議そうに見ている。
 早苗は唐突に、拘束されている右手を、壁に叩きつけた。

「え? さ、早苗さま……」

 ガツン、ガツン、と――雷の音に合わせて何度も、壁を叩きつける。
 雷だけでなく、外から鐘の音も響いてきた。
 中世の人間は、雷を止めるために鐘を鳴らすのだ。

「さ、早苗さま……」

 壊れるわけがないのに、なんで。ララは言葉を失っていた。
 だが、すぐにガラン、と。
 鎖は鈍い音を立てて壊れ、床に落ちた。

「えッ!!?」
 何が、起こったのだろう。






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