第7-1話 会う為に

文字数 2,825文字








「さ、早苗さま……早苗さま……」

 なんだろう。ララの声が聞こえ、重たい瞼を開けた。
 体調は……今は大丈夫だ。
 大きな川音が聞こえる。

「ああぁああ――! もうダメ!!」
「……ララ?」
 
 起き上がろうとするが。
 ズガンと激しい音がして、川に放り出された。
 砕けたイカダは、そのまま……
 衝突した石造の橋の下を、流れていった。


「ありがとう、ララ……重い荷物、濡れないようにずっと持ってくれて……」
「……ううん。全然大丈夫だヨ!」
「ララのお陰で、中身は全部無事だ。本当に助かった」
「……え! えへへ……わたし、役に立ててうれしイ……」

 早苗たちは焚火で服を乾かしていた。
 今はまだ、肺炭疽の症状――咳も熱もない。

「……早苗さま。でも、位置が分からなイ」
「川に沿って歩けばいいと思うけど……」

 だが周囲は、深い森。
 隙間なく木が生えていて、ファンタジーでいえば迷いの森か。
 位置を調べる道具がいる。

「……試すか。最近、こんなことばっかり」

 早苗がふくろから鉄くずーー針を取り出す。
 そのまま嫌そうな顔で、泥だらけの川に入った。
 右手で何やら石を拾って……

「さ、早苗さま?」

 拾った石を、針に当てては捨てる。それを何度も繰り返す……
 10回目ぐらいだろうか、石の一つに針がくっついた。

「あった。磁鉄鉱だ」

 髪の毛を一本抜き、磁鉄鉱に擦り付けた針を縛った。
 そして中身をくり抜いた果実の中に固定する。

「はい、磁気コンパス。あ、動いた……」

 早苗は静かに考えた。
 つまり、エアルドネルも、地磁気が南北に分かれている。
 ということは、この世界はいよいよ……

「えっ? あの、じき、こン……」
「磁気コンパスは19世紀――この世界なら1200年後ぐらいに誕生する、地磁気を利用した、方位を示す計器」
「え…… そ、そんなものを、この一瞬で生み出しタ?」
「今午前中だよね。影から位置を当てる方法からも、こっちが北だ。着替えた後、行こう」

 ララは両腕の鳥肌をさすった。
 彼はまるで何でも知っている、神のように感じる。

 ふと――ララのケモミミがピクピクする。

「早苗さま。兵士の叫びと、鉄の音……王国軍……」
「え? 僕らを追って――」
「ううん。たぶん帝国軍もいる。戦ってル……?」

 そう言われ、早苗は無表情のまま提案した。

「歩いたら、港街までどれぐらい?」
「……たぶん、7日」
「じゃあ戦場に行こう」
「……エ」

 何故だろう、と思いながらも、ララは耳を澄ませる。

「兵士たちの声は、こっチ!」
 ララが、大量の荷物を持っているのに、アスリートのようなスピードで駆け出す。
 早苗は、ついていくだけで必死だった。



 その頃、数キロメートル先。
 初陣を飾るマックスは、頭痛と戦っていた。

『SHIT! くっそぉ……』

 相手の軍隊を見たマックスは、動揺を隠しきれない。
 敵は5000人ほど。マックスが率いる王国軍は7500人ほどなので、数で勝っている。だが装備の質と士気には、天と地の差があった。

『ファック! 帝国の装備、プレートメイルで統一されている』

 そして自国の兵士たちを見る。

『くらべて、王国兵はほぼ全員が農民で、訓練も受けてない。装備は農具で、鎧すらない奴らも多い』

 はぁ、と深いため息。隣の騎士長を見る。

『HEY、ウィル。オレはどうすればいい?』



『大丈夫だ。陛下の作戦通りにしろ』
『……ジーザス。そうは言っても』 

 と――馬の足音。
 噂の偉大な王だ。立派な装飾が飾られた、騎馬に乗馬してる。

『勇者マックス。この向こうにグルミオの街がある』
『はい。勝った後、物資を略奪する……ですよね』

 気が進まないが、仕方がない。
 モラルを守っていては、同胞の兵士たちが飢える。

『覚えておけ。黒騎士サイウィンの足を止めろ。今回はそれだけで勝てる』
『……はい、わかりました。陛下』

 一礼すると、マックスは馬に乗る。
 そして待機している数千の兵士たちの元へ――
 だが、そこでも壁にぶち当たった。

『――SHIT! オマエら、なんだその態度は!』

 王国の兵士たちは、あからさまに無視を決め、あまつさえ見下すような態度を取っている。
 マックスが貴族じゃないから、だろうか。
 ぺっ、と王国兵の1人が唾を吐き捨て、前に立ち上がる。

≪Wilt þu dæl min, caserlic cwead? Cum, feoht me.≫

『……わかんねぇよ、死にたいのか?』



 英語しかわからないマックスは、王国語にすらイライラする。
 装備は酷い、会話もできない、命令も聞かない。なにを考えてオレに指揮を取らせている。
 すると、背後から美しい声が。

『マックス様』
『リン。戻ってくれ』
『彼らが従っていない理由は、マックス様の帝国語です』
『英語が? じゃあ、どうしろって言うんだ』

 リンは、前に出て兵士たちに声をかけた。
 先ほど唾を吐いたリーダー格の男を、王国語で説得している。

『マックス様。彼の名前はイリック(Yrik)、この部隊のリーダーです。命令を聞いてくれるようです』
『HA……本当かよ』

 そうマックスがつぶやくと、開戦の狼煙が上がった。
 両国の兵たちが動き出す――

 ◇

「早苗さま、近い。すぐそコ――」
「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと待って……」

 ララが木に囲まれた場所で立ち止まる。
 崖から戦場の平地を見渡すと、そこには一方的な殺戮の光景が……

「うわ、これはひどい。王国、ぼろ負けだね……」

 めずらしく、多少の同情を込めて言う。
 戦場は中盤を迎えている。
 そこら中に死体が転がっていて、そのほとんどは王国兵のよう。
 望遠鏡で観察する。

「早苗さま、それハ……?」
「昨日ガラスで作った、遠くを見渡せるようになるもの、だけど……」

 戦場を見て、戦慄する。

「なんだ……これ。死体が灰になって消えていく……」
「人間は死んだら、死体が消える。マナに還るっテ」
「ゲームみたいだね。亜人は消えないの?」

 うん、とララ。ふと早苗は気づいた――

「あれって、マックスじゃ?」

 見ると、そのマックスらしき人物は――
 ちょうど騎兵の槍をもろに受け、馬から地面に叩き落された。
 サイズの合わないヘルメットが、地面に転がる。

「……マックスだ、間違いない。このままだと死ぬ」
「どうする気なの、早苗さま……」
「確実に助けられるなら、行くけど……」

 この状態で何ができる……
 再び望遠鏡を覗く。
 マックスの右手が電流を帯び、周囲の帝国兵たちを一掃していた。



「……あれがAランクの魔法」

 その後マックスは剣を振るうが、まったく太刀筋がなってない。
 敵わないと悟った彼は、近隣の森へ逃げた。

「たぶん、訓練も受けてないね。他の王国軍も、農民ばかり」

 早苗には確信があった。
 このままだとマックスは、死ぬ。

「どうせ、戦場に行く必要あるんだ……」

 そう言って、早苗は動き出した。



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