第9-1話 敬。ちゃんと舐めて
文字数 2,030文字
「早苗さま、おはよウ!」
「おはよう、ララ」
ベッドから起き上がった早苗は、体を伸ばす。
体調はだいぶ良くなった。
「腹痛もない。よかった……」
「あ、この街では、川の下流でトイレしないと、処刑されるかラ……」
早苗はふと気づく。
「この街に住んでた?」
「うん。奴隷の前は1年、この街にいタ」
そっか、と言い、宿の外に出る。
改めて見ると、建築技術は明らかに王国より高い。
「早苗さま! ごはん食べヨ!」
ララが少し離れた位置から、酒場を指さしていた。
中に入る。早苗はワインを二つ注文した。本当は水を飲みたいが、不安だ。
ミートパイを注文し終わると、少女を見る。
「懐かしい?」
「うん!1年間、獣人ってことを隠しながら、近くの宿で仕事した。掃除してパン焼いて、お金貰ったら、本借りてタ」
「……じゃあ、紙の大量生産と印刷をはやめるか」
なんてブツブツ言っていると、
ララは笑顔で首を横に振った。
「でも、本もより好きなものあるかラ……」
「なに?」
「そ、その……好きな人と、一緒に時間を過ごせば、何でモ……」
早苗はワインを飲んだ。
右手で頭を押さえ、考え込む。
「早苗さまは、前の世界で、心菜さんとどんな感じだったノ……?」
「……え?」
「恋人だったんでショ?」
少し無言となったあと、答える。
「同じ場所で仕事してたよ」
「あ、同じ研究なノ?」
「ううん。僕は医学だから」
「そ、そっか。あの、デートとカ?」
「……たまにしたよ」
ララが興味津々に続ける。
「心菜さんの前に好きな人はいタ?」
「……いないかな」
「早苗さまのことを、好きな人ハ?」
「いた」
「どれぐらイ?」
「わからない。多かった」
この辺りの話は、嫌な記憶がある。
ので、あしらってしまう。
「…………」
急にうなじが痛くなるので押さえた。
シーンとなってしまったので、早苗は続ける。
「あんまり興味がなかったんだ。たぶん、ララと同じだよ」
「……エ」
「どんなに親が男を紹介しても、振り続けたでしょ」
「うン……」
そう言って早苗は、持っていたジョッキのワインを飲み干し、食事にありついた。
「まぁ、この世界では、知らない異性にあまり話しかけられない。良かったよ。ジロジロ見られるけど」
「……あ、それは、未婚の女性にとって、自分から男に話しかけるのは「はしたないこと」だかラ」
あとたぶん、ジロジロ見られるのは、彼がカッコよくて、綺麗で、天使みたいだから。
エアルドネルの男は汚くて、彼とは大違い。
ララは思うが、言わなかった。
◇
「ララ、たくさん店がある」
食べ終わった後、露店を見て回っていた。
途中で処刑されている罪人らはいたが、道端の糞尿は王国より少ない。
「船の出発までまだ時間がある」
街には川の小道が多くめぐっている。と――
「あの宝石細工屋」
「……注射器の針を作ってもらったとコ?」
うん、と頷きながら入る。
「船に乗る前に、他に使えるものはないか……」
と、ネックレスのチェーンを包む、銀のチューブを見た。
そこで、L字のチューブを、いくつもオーダーメイドする。
順番に加工された完成品を、いくつも渡された。
「うん、十分細いな」
「……早苗さま、そろそろ船に乗らないト」
「そうだね」
この世界には時計がないため、だいたい夕方の鐘の後、という言い方しかされない。
と、背丈の低い青年が、こちらに向かって走ってきた。
『ああ、本当にいた! サナエさんでしょうか?』
久しぶりに聞く王国語。
その青年は答えを待たず、ジロジロ見てくる。
『黒髪の男性と、フードを被った女性。間違いないですね』
『そうだけど、君は?』
『私は使者です』
使者はたしか、郵便がないこの世界の、メッセージの配達人。
『カーミットさんから手紙です』
『……カーミットが?』
嫌な予感がした。受け取った紙切れ一枚を開く。
そこには日本語でこう書かれていた。
心菜さんの救出に失敗しました。
あの後、調べましたが、まだ生きていて、王国に捕まったみたいです。
私も捕まると思います。
助けに来てください。
たぶん冬の前にワタシも心菜さんも殺されます。
カーミット・ジーメン
「…………」
早苗は読み終わった後、静かに手紙を握った。
「冬の前って……あと一か月ぐらいだぞ……」
使者が何かを言って立ち去っていくが、その言葉すらうまく聞こえない。
「早苗さま、どうするノ……」
「……僕は」
見るとララは、早苗に病気が見つかった時と同じ顔をしている。
愛情を込めた、心配している顔。
「大丈夫。今、王国には戻らない。今行っても誰も助けられない」
「……早苗さま」
「計画通り、国を作る」
そして、目の前の少女に続けた。
「そして、軍事革命を起こす。今から1か月以内に、王国に侵攻する。それでもいいかな」
「……うん、早苗さま!」
そして進んでいった。
短期間でつくってみせる――
王国も、帝国をも超える国力を持つ、近代文明の国家を。