第7-4話 啓示

文字数 3,476文字








 早苗たちがリンの治療をしている中、数キロ先の草原では――
 戦が終わりを迎えようとしていた。

『再度、笛を』

 王が命令を下すと、伝達役が走る。
 そして力強い笛の音と共に、帝国側から声が響いた。

『サイウィン皇子が死んだ!!』
『皇子が――黒騎士が敗れた!! 撤退だ!!』

 叫び声は響き続け……
 やがて嘘は事実として周知される。

『逃げろ 撤退だ!!』

 帝国の英雄が打ち取られた。
 その誤報を受けた帝国兵たちの多くが、撤退していく。

 そこで、王国の勝利が確定した。
 王国は【ナイフ=エッジ】を奪還したのだ。

【―――くそっ!! お前ら止まれ!! 撤退するな!!】

 サイウィンが戦場に戻るが、全ては遅かった。
 王国の間諜が紛れていたのか。

『うふふ……』

 そんな勝利の光景を、丘の上から高みの見物をする3人。
 そのうちの1人、王妃が続ける。

『さすがです、陛下。見事な勝利です』
『ゴルディよ、一度しか通用しない方法だ』

 王は特に喜びを見せず、席に着いた。
 その後ろにはウィルフレッド。ゴルディが続ける。

『陛下はエアルドネルの誇りです。いずれ統一王になられる』
『素晴らしい忠誠心だ、ゴルディ』

 言って王は、妻に重たい視線を向ける。

『ならば、あのサナエという人物を連れ戻せ』
『陛下、それは……』
『彼は爆発を起こし、さらには鉄を腐食させた。持つ知識は未知数だ』

 王は手を上げて合図を出す。
 ウィルフレッドが、剣を渡した。

『たとえば製鉄技術。この帝国の剣には、不純物がほぼない。王国の剣の十倍の強度はあろう』

 次にウィルフレッドは、自国の剣を渡す。

『対して我が国の剣……500年前から一切、進歩がない』

 王は地面に捨てた帝国の剣を、自国の剣で叩きつけた。
 すぐに王国の剣は真っ二つになる。

『技術力の差を埋める。ゴルディ、貴様が頭を下げてでも、あの男を連れ戻してこい』

 ウィルフレッドは剣を片付けた。そんな中、ゴルディが答える。

『陛下。捕まえ拷問し、情報をすべて吐かせては?』
『それでは真の協力は得られない』
『……わかりました』
『もう一つ。ここが潮時だ』

 冷や汗を垂らすゴルディに、王は答える。

『外交交渉により、戦争終結を結ぶ』
『いけませんわ、陛下! 皇帝は啓示を受けて、王国を滅ぼすまでやめないと……』
『領土を譲渡しても構わん。このままでは全てが滅びる』
『……! 陛下、そこまでの考えですのね』
『ゴルディ。サナエを呼び戻し、亜人の少女の安全も確約せよ』
『……はい』

 王はふと違和感を覚える。
 ドバドバと液体が落ちた。ワインをこぼしてしまったか。



『―――ッ!』

 剣だ。帝国の。
 服を突き破り、みぞおちから刃が顔をだす。
 刺された。背中から。

『――――ぅ、ウィル。何故だ』
『申し訳ありません、陛下』

 渾身の力が込められ、剣が貫通した。

『―――ぐ、わあああああッ!』

 徐々に上に持ち上げるウィルフレッド。
 彼の顔が、返り血で真っ赤に染まった。
 次第に腹部から胸部まで、大きく体が切断され、断面となる。

『――――う、ウィル。き、きさま』
『私はゴルディ様の剣です』

 一瞬だけ、脂肪やら肉の繊維やらが、綺麗に顔を出す。
 だがすぐに血が溢れ、見えなくなった。
 濃い血と一緒に、ドバっと――開いた腹の中から内臓が垂れる。

『っ、ゴル……ディ……』
『うふふ、違いますわ。()()()()()()です』
『―――――――き、きさ…っ』
 こぽっ、と血の泡が言葉を遮った。
 嬉々としてゴルディは続ける。

『あら、聞こえませんわ。もう一度どうぞ?』

 ゴルディが、シルクの面布を外した。
 そこには……左目が、なかった。
 まるでコルク抜きで目を抜かれたかのような空洞。
 


『―――――ぅ……ぉ……』
『あなたは甘いのです。この国を2年で立て直したのは、このわたくしですわ?』

 王妃……いや、太后が続ける。

『権力者たちを操り、反対勢力を排除。他の王位継承者を始末し、あなたを王座に座らせた』
『―――――っ』
『今回、伏兵を仕込ませたのもわたくし』

 太古が王に近寄り、顔を見上げる。

『それは、わたくしの王が貴方じゃないから。さぁ王、こちらへ!』

 キャンプから小さい影が一つ、ゴルディの元へ近寄る。
 出てきたのは、まだ背丈の低い、わずか12歳の第一王子、オズソンだ。

『父上。所詮はBランク、無様ですね。王の器ではなかった』
『――――――お、ぉ、ろか、も』
『ボクが母と一緒に、この大陸を統一します。はやくお眠りください。血なまぐさくて敵わない』

 オズソンは王の顔に、唾を吐いた。
 ゴルディが背を向けて両手を広げる。

『啓示を受けたのは、帝国の皇帝だけじゃない! わたくしもです!! マナ教の神は、エアルドネルを統一した王に全てを与える!!』

 そして彼女は、瀕死の王に振り向いた。

『啓示を受けたのはSランクの者のみ。わたくしと、帝国の皇帝、ダモクレスの一騎打ちです!』
『――――――っ』
『統一王になるのは、わたくしの息子!!』
『――――――』
『邪魔者は――あのサナエという男も、全ての亜人も、必ず殺す。ゴミの様に抹殺して、遺体は糞溜めに捨ててやりますわ!』

 しかし、その時には……
 王の目から光は途絶えていた。

『もう消えましたの。お別れもまだですのに。うふふ……さぁウィル、ゴミを捨てなさい』
 
 騎士長は無言のまま、帝国の剣が刺さった王を、崖から放り投げた。
 地面に衝突した遺体は、消滅する前に誰かに発見され、帝国に殺されたことになるだろう。
 疑う者がいても、ゴルディはそういうことにさせる。

『さようなら。精子にしか価値がない男』
 言って、ゴルディは振り向いた。

『さぁ、行きますわよ。私たちはこの場に()()()()()のですから』
『……ゴルディ太后、お約束の件は』
『あの女ですわね? うふふ。いいでしょう』

 ゴルディはウィルフレッドの顎を持ち上げる。

『今後も裏切りなど、考えもしないことね』
『……ゴルディ様。しかしあの者は』
『同情ですか? ダメです。サナエは必ず殺しなさい。それが条件です』
『……はい、わかりました』

 そして消えるように――
 戦場からは死角となっている場所から、ゴルディたちは立ち去って行った。

 ◇

 その頃、早苗たちの手術は無事に終わっていた。

『サナエ、ありがとう。恩に着る』
『いいんだ。それより例のやつ、ありがとう』

 マックスは一瞬、何のことかと考えるが――

『AHH。あの程度、いつでもいいぜ。俺の電気、科学の役に立ったんだな』

 早苗はありがたそうに、完成したものをカバンに入れた。

『マックス。抜糸と基本的な医療処置、頼んだよ』
『ああ。ファーストエイドの訓練を受けたことがある。任せろ』

 まぁ、抜糸は研修医にもさせる程簡単だし、大丈夫だろう。

『あと、王国には気をつけて。僕は処刑されかけた』
『――ハァ!? オマエが?』

 なんで? と驚愕される。

『オマエほど使える人間、この世界にいないだろ……』

 だがマックスは、大事そうに抱えているリンを見て一言。

『わかった。……だがすまない。オレには大事な人ができた。王国がおかしくても、この女と生きていけるなら利用する』



『それでいいと思うよ』
『オマエはこの後、どうするんだ?』
『……帝国の首都に行く』

 もちろんウソだ。行くのは帝国の港町。
 だが余計な情報は言えない。あの王妃には何かがある。

『WHAT!? マジかよ! アハハ! もう王国に勝ち目ねーじゃん』

 と、ララが森の中から戻ってきた。

「早苗さま! 3匹も連れてきたヨ!」
「よくやった、ララ。偉い」

 縄で結ばれた3匹の馬を連れてくるララ。
 早苗はすぐに、ララの後ろに乗って、彼女を抱きしめる。
 顔を真っ赤にするララに、マックスは言う。

『嬢ちゃんもありがとな。2人ともお似合いだぜ』
『え……? えへへ……』
『しかし帝国の馬を盗むとはな……』

 早苗は答える。

『返しに行くだけだよ。軍事用に訓練された、最高級の馬が3頭』

 あと戦死した兵士たちから、貴重品や武器なども頂戴した。
 なぜなら、自分の病気を治すには、大金がいる……
 そう思うと、自然と力が入る。

「さ、早苗さまが、わ、わたしを、強く抱きしめてル……!?」

 真っ赤な少女を気にせず、マックスは高笑いをする。

『サナエ。生きてくれよ、恩は返す』
『頑張るよ。じゃあね』

 ララが馬の腹を蹴り、速足にする。
 そしてマックスもまた、別の道へ。
 これから彼らの前に、より大きな戦争が待っていることを、まだ誰も知らない。






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