第6-1話 予感

文字数 2,934文字








 一晩明けた。王都エフレの城は騒がしい。
 騎士長のウィルフレッドは、パニックに陥りながら螺旋階段を上がる。

『くそ。カーミットとココナが脱獄だと!』

 王妃は彼に内密で、カーミットたちに尾行をつけていた。
 ココナは重傷。カーミットは行方不明だ……

『あのアマ(Bloody cunt)、どこに逃げた!』

 思わず母国語で毒づくウィルフレッド。
 空中牢のハッチを開く。下を覗くと、豪華なソファがあって……

 そこには、口元を包帯で巻かれた心菜がいた。
 足を組んで、余裕の素振りで本を読んでいる。

『なっ。全然、無事そうじゃないか』
『……誰よ。失せなさい』
 もごもごと言い、しっしと手を振る心菜。

『重傷だと聞いていたが……』
『別に。私は捕まって戻ってきただけ』
『たった1人の兵士にか? 信じられん……』

 尾行の兵士は5人はいた。
 だが1人の兵を除いて、全員が行方不明。
 その1人の兵も何故か『仲間が消えて、心菜が自分から戻ってきた』の一点張りだ。

(……だが、噓ではないハズ)
 ゴルディ様が事実確認をしたのだ。
 とにかく―――

『なぁ、あのアマ――カーミットはどこだ? 教えてくれ』
『黙りなさい、王国の犬。現代人の恥部のファック野郎』
『お前、サナエがいないと、性格悪いな……』

 心菜は真上のウィルフレッドに、右手をクルクル回しながら、左手で中指を立てた。

『くそ……』
 ウィルフレッドは、隣の壁を勢いよく蹴りつける。
 場所さえわかれば、せめて。
 苛立ちながら階段を降りると、そこには――

『ゴルディ殿下……!』

 高級メイド(Lady’s maid)を背後に待たせる、王妃だ。
 冷たい目をしている。

『あら?』
『違うのです! 殿下、どうかカーミットの件は』
『ウィルフレッド。貴方がきちんと働き、貢献すれば、望みは叶います』
『……感謝いたします』

 ウィルフレッドが跪くなか、王妃は立ち去っていった。



 そのころ――
 早苗たちはキャリッジ、いわゆる荷馬車のタクシーに寝そべっていた。
 気温はちょうど良く、心地いい。

「……でも、早苗さまの病気が治ってよかった。ずっと、心配しタ」
「腹痛は治まってきたよ」

 今は調子がいい。
 だが、大腸菌、A型肝炎ウイルス、ジアルジア症、クリプトスポリジウム症。
 糞尿のプールを越えたので、油断ができない。
 と――
 
「……この世界の生き物、だいぶ外見が違うな」

 首の長い鹿のような生物。
 耳の長いネズミ。
 手足の長いリス。



(……カーミットがいたら、モンスターを倒してレベルアップ、とか言って喜びそうだ)

 と、荷馬車が街で止まった。
 辺りを木材の民家が、いくつも囲んでいる。

『ついたぜ。50アール(5000円ほど)だ』
『いま硬貨、ない。そこ、商店、モノを売る』

 いやな顔をされるが、OKを貰ったので、荷馬車を下りた。
 この周囲も変わらず、ゴミと糞だらけだ。

「……さ、早苗さま。いつの間に王国語ヲ?」
「目覚めた時から、ずっと聞いて解読してた」
「……そ、そっか。もう、わたしよりうまイ」
「そんなことないよ」

 王国語は、フランス語に発音が、ドイツ語に文法が似ていた。
 両方知っていれば、そこまで難しくない。

「それより、売るのはこれね」

 城の厨房から持ってきた袋を開く。
「胡椒、シナモン、クローブ、ナツメグ」

 早苗は商店でスパイスを売って、荷馬車に支払いを済ませた。
 と、業者が首をかいているのに気づく。

『首、黒い。どうした?』
『え? かゆくてな。まぁ、大丈夫だろ』

 髪はシラミだらけ、服はノミだらけで、一般的な中世人という感じだが。

『…………』

 無言で早苗は、ララの手を引いてその場を離れた。
 そしてフードを深く被り、人ごみに紛れ、門を潜る。

「さて、ここが首都の隣の街、ホルトハミーか」



 大きな街で、露店が並んでいる。
 広場はほぼ糞尿とゴミまみれだが、市場周辺は大丈夫そうだ。

 だが誰もが汚く、石鹸で全身を洗った早苗は目立っていた。
 ……もし女だったら、魔女として火あぶりにされただろう。

『この枝はなんだ?』
 露店のお姉さんに訊いてみる。

『悪魔の日に、布を巻いて、中に入れるんだよ』
『……悪魔の日?』
『女は悪魔の生まれ変わりだから、血が出るんだってさ』

 つまりは、タンポンらしい。
 ちなみに、迷信含め史実だった。

(……不憫だな)
 と、広場から悲鳴。

『ぎゃあああああ!!』

『……あれはなんだ?』
『姦通者ね。男は罰金を払えば無罪だから、払えなかったんでしょ。女の場合は、鼻と耳を削ぎ落される』

 それでも、みんな不倫するんだけどね、と笑うお姉さん。
 史実なのだろうが、未開すぎる……

「……あの、早苗さま、何を買いたいノ?」
「買うと言うより、硫酸を作りたい。火薬の原料になる」

 言いながら辺りを見渡す。
 野菜や植物を売る露店。雑貨屋、鍛冶屋。売り物はどれも汚い。
 だが一番目立つのは、羊毛や皮製品だった。

(……動物製品が多い。いや、多すぎる)
 この街の特産品なのだろう。
 頬から、あからさまに冷や汗が垂れた。

(たとえば、あの首をかいている商人は……)

 遠くから観察する。背は低く、男なのに、40 kg 程度しかなさそう。
 歯はボロボロで揃っていなく、手にあかぎれが。一般的な中世人だ。
 ただ違うのは、所々黒くなった皮膚……

 早苗は顔を真っ青にして戻ってきた。

「……さ、早苗さま?」
「…………」

 早苗はある結論に到達すると、すぐにララの手を取る。

「来て。はやく」

 早歩きし、まだ清潔そうな宿に向かう。

「宿を取ろう。同じ部屋で」
「……え、あ、はイ!」

 ララが何故か頬を赤くしながら、ついてくる。

 ◇

 宿を取った。ララがゆっくりと室内に入る。

「ま、まさか、早苗さまと、同ジ……」

 木造のあっさりとした部屋に、ベッドが一つ。
 部屋に入ったララは緊張していた。ああ、なんでこんなに落ち着かないノ。

(いやいや、大丈夫……普通だかラ……)

 地下牢でもずっと、一緒に寝ていた。
 ……いや、そもそも同じ部屋なんて、失礼ジャ?

「あ、あの……侍従のわたしは納屋でいいかラ――」
「……しー」

 人差し指を口元に当てる早苗。
 彼がマントを伸ばし、口元を隠す。

「あの……早苗さま……?」
 いつの間に買ったのだろう……彼は革の手袋をつけている。
 そのまま彼に、犬耳を掴まれた。
 耳をめくった彼は、ジロジロと裏側を見て、さらには臭いをかいでいる。

「さ、さささ、早苗さまッ……!?」

 だが、何も返事をしてこない。なにも言われない。
 次に頭をマッサージするように触られる。
 モミモミ、モミモミと……

「……うううっ、早苗さま。どうしたノ……」

 足が小刻みに震えるララ。
 甘い震えが、彼女の背筋を駆け上がったその時――
 服に手を伸ばされ、そのままズルズル脱がされた。

「ええええエ!?」
 スルリ、とリネンの服が肩を滑り、そのまま腹部を通って、足元に垂れる。
 涼しい空気が体を撫でた。
 スブリガクルム(古代の下着)だけになったララは、頬がかっと熱くなり、太ももが汗で濡れるのを感じる。

「……さ、早苗さま……う、うソ……」



 うそ、こんなところでわたし……
 彼のものになってしまうの?



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