第8-3話 気づかないフリをしていた

文字数 1,800文字








 抗菌薬投与のタイムリミットから1日オーバー。
 死のタイムリミット当日。

 ララは嫌な予感を抑えながら、ベッドの彼の顔色をうかがう……

 と――

「ララ……」

 彼は……生きていた。
 かなり苦しそうだが、意識が一時的に……



「さ、早苗さま!!」

 彼にほっぺたを触れられる。
 夢なのだろうか。
 それともコウセイブッシツなしで、5%程度の可能性で生き残った……?
 
「あぁ、ああぁ!! 生きてる!! 早苗さま……!」

 ララはすぐに、抱きついた。
 早苗が辛うじて、指だけを動かす。

「……え?」
 その方角のポーチを見ると、紙と液体が入ったボトルが。
 読んでみるが――

「……えええ!? これ、ペニシリンなノ!?」
 でも全部失敗してたのに。なにがどうなって……

「と、とにかク……」
 ララは注射器を取り、紙に書いてある通り、早苗に点滴注射した。
 たぶん、これであってるハズ。

「……早苗さま」
 早苗の意識は再び途絶えていた。

 それからララは指示通り、ペニシリンを作成し続け、継続的に注射した。
 生理的食塩水を点滴しつづけ、3日目に意識が辛うじて戻り、すり潰したビーツを食べさせる。

 次第に、呼吸が安定する。
 血圧も触れるようになり、脈も安定した。
 それからさらに、2日後。

「ララ……おはよう……」
「さ、早苗さま……! うう、うわああああん……!!」
 
 寝込んでいるが、話せるまでに回復している。
 この数日間程、つらい日はなかった。

「……ララ、大変だったよね……」
「いいの。早苗さま……」

 早苗は顔をしかめた。

「痛むノ!?」
「大丈夫……苦しいのは、峠を越えたから……」

 苦しむ彼の手を、ララはぎゅっと握った。

「ララ……ペニシリン、どう……?」
「大丈夫。ちゃんと書いてある通りにやったヨ……」
「そうか。効果はあったんだね」

 口ごもるララ。
 ペニシリンは全部失敗してた。なんで、完成してたんだろう。

「あっ、そういえバ……」
 はじめて注射器を渡されたとき、すでに使い終わった後だった。

「あの、ペニシリンは全部失敗してた。どうやっテ……」
「……地下牢の、アオカビ」

 苦しそうに、続ける。

「……カーミットが盗んできたチーズのカビを、その日のうちに、芋のスープで培養してた」
「ええエ!?」
「……あの時から、薬が必要になると考えていた」

 さらに彼は続ける。

「その後、蛇の皮を煮て作ったゼラチンの固体培地に、アオカビを移動して、ずっと持ってた……」

 つまり、二つのペニシリン試作体があって、
 一つ目は、かなり前から作り始めていたらしい。



「この街に付く前の宿で、ララが買い物をしている時、宿で簡単に精製した」
「……さ、早苗さま」
 ポロポロと、涙を流す。

「もっとはやく教えて欲しかった……ずっと、ずっと心配してタ……」
「……ごめん。成功してるかわからないから、言いにくかった」

 下手に希望を与えるのは、よくないと思ったが……
 ちゃんと言うべきだったのだろう。

「ララ。君は、命の恩人だ……」
「え、うん……」

 涙を拭くララ。彼の方こそ、何度もわたしを救ったのに。



「もう少し、待ってほしい。これから1週間かけて歩行……リハビリする。2~3週間後には、元に近い状態に戻ってる……」
「早苗さま……無理しなくて、いいからネ……」

 ずっと、傍にいるから。
 そういってララは、彼のおでこに手で触れた。


 あれから7日後。
 早苗の見立て通り、彼は立って、歩けるまでに回復していた。

 彼は歩いて、ベッドに腰を掛ける。

「ララ、おいで」
「早苗さま!」

 手招きされて、ベッドの隣に座るララ。

「ありがとう。君のおかげで生き延びた」
「ううん、全然……」

 ララは好きな人の顔を見ると、自然に笑顔がこぼれた。
 男なのに、綺麗な顔。でも本当にきれいなのは、その中身。

「……わたし、もう、何もいらないかラ」
「ララ……?」
「王にならなくてもいい。生きてればそれでいイ……」
「ありがとう。でも僕は、この世界に近代文明を作りたいんだ」
「うん。協力すル」

 言ってララは、頭を早苗の肩に乗せた。
 彼は身長が高いので、横に寄る感じだが……
 
「ずっと、みんなおかしいって思ってタ……」
「え?」
「お父さんに、結婚して子供作れって言われて、ヘンだと思った」

 早苗の体温を感じながら、ララは続ける。

「なんでわたしの人生を決めるのって。結婚しなくても幸せだって。でも、今はそう思わなイ」

 だって、今のわたしは……



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