第1-2話 遺伝子は覚えている(フルボイス)

文字数 3,516文字





※オーディオブック(フルボイス)は下記から!
https://drive.google.com/file/d/1j8PUMiQHNfxcrzpIeOFZ-GcDfL6dQ_oo/view?usp=sharing



 ケモミミの少女が、民家の柱に鎖で結ばれていた。
 無言の悲鳴が上がる。

「――――ひッ!!」
『しー、この言語は分かる? これは?』

 英語と初期近代英語で言うが、怯えたままだ。

「この言語は? 你听得懂吗? क्या आप समझे? Entiendes?」
「……え、あ!」

 中国語で反応された気がした。

『中国語か。ほかに人は?』(中文啊。这里还有别的人吗?)
「――あ、そっちじゃなイ」
「日本語か」

 言葉尻のアクセントは妙だが、綺麗な日本語だ。
 そのまま情報を聞き出す。が、その前に――
 好奇心が勝ってしまった。

「その耳は本物?」

 屈んで近づき、涙目の少女を観察する。
 ふーっと耳に息をかけると、ビクッとされた。

「……ひッ!」

 本物だ。頭頂骨に繋がっている?

「耳、動くんだね。でも血管はあまり通ってないハズ」

 何故なら、通ってたらただのデカい急所だ。

「頭蓋内に連なる聴力器官は、どうなっているんだ?」
「……あ、あノ」
「君は人と動物の生殖隔離を、無視して生まれたのかい?」

 もしくは、進化の過程でケモミミを獲得したのか。
 少女は怯えて答えない。情報収集に戻ろう。

「僕は早苗(さなえ)。生贄だった」
「……はイ」
「君は友好的な生物?」
「……え、ア」
「ほかに人は? 安全な場所は?」
「……う、ううウ」

 怖がっているのか、泣かれる。

(……落ち着くまで、この村を調べるか)

 周囲を歩く。
 半壊した民家の室内を観察するが……

「ひどいな。ベッドはノミやシラミだらけだ」

 (わら)の上に布を敷いただけのベッド――いや、ただのボロ布団だ。
 ゾッとする。この上で寝たら、全身寄生虫だらけだろう。

(……トイレは?)
 ない。土器の肥桶(おまる)がある。
 トイレットペーパーの代わりに、藁が。
 住民は、これで尻を拭いているのか……

「……はぁ、完全に未開の世界だ。帰りたい」

 普段は空調を効かせた部屋で、抗菌ベッドの上で寝ていた。
 水洗トイレも使いたい。
 この世界は正直、耐えがたい……

 少女の元へ戻る――



「落ち着いた?」
「……あ、はイ」
「君の耳、僕の世界じゃ見たことがない。ここは改変された過去か、違う世界線の地球か、異世界か」
「……いせかイ?」

 そう、と頷く。

「文明レベルは、7世紀の中世ヨーロッパぐらいかな」

 ちなみに、7世紀は暗黒期の初期。
 人類史上最も過酷で、未開な世界の一つ、の意味である。

「君は捕虜? 奴隷?」
「……奴隷。赤い兵士たちに捕まっタ」
「ああ、さっきの兵士たち。僕以外の人は、殺されたよ」

 歩きながら民家のツボを開くと、油が入っている。

「……これ、XXXの油(ごく一般的な油)だ。材料のXXの種子もある」

 続けて戦利品の樽や木箱を拝見する。
 ワインにコットン、塩など。

「……兵士たち、また戻ってくル」
「この近くに安全な場所は?」
「あるけど、徒歩じゃむリ……」
「そうか」

 早苗は、棒状の鉄くずを拾って、少女に近づく。

「解放されたい?」
「……エ?」
「歴史上、奴隷たちは従順で主に依存していた。解放を望まないこともあった。君はどっちの奴隷? 解放されたい奴隷?」

 ハッとした少女が即答した。

「……解放されたい! お願い、しまス」
「よし」

 鎖を叩いて壊す。
 そして種子を見せて、少女に一言。

「それじゃあ、これを使って、馬で逃げよう」
「……え?」

 少女は口を、ぽかんと開けた。

 ◇

 夜になった。

 兵士たちはかなり前に村に戻り、ワインを飲んで騒いでいる。
 早苗は、先ほどから木に何かをしていた。
 その前は、破損した木材を拾って、何故か糞溜めに捨てたり……
 視線も合わせないし、ずっと無表情。少女は困惑していた。

「逃げた方ガ……」
「馬で逃げる。この道、覚えて」

 森のけもの道を指す。
 ふと村の兵士たちから悲鳴が――

「行こう。名前は?」
「……ララ。ラランサ」

 聞いた後、村に忍び入る。
 ララは見ると、兵士たちが嘔吐を繰り返しているのに気づいた。

「……えッ?」

 苦しそうだ。倒れて、うめいている。
 早苗は遠慮なく、厩舎に忍び入った。

「……あの、なにが起こっテ」
「リシンだよ」

 少女が疑問符を浮かべる。

「リシンはXXの種子から摘出された毒素。僕の世界だと19世紀に発見されて、噴霧による大量殺戮兵器にもなる」

 ララはぞくっとした。

「イラク戦争でも使われた。作り方は簡単で、誰でも摘出できる。まずは――」

 種子の外果皮を取り、すり鉢で潰し、塩析して濾過し――
 早苗が恐ろしいことを説明するが、ララには理解できなかった。

 わかったのは、知ってさえいれば、本当に誰でも作れてしまうこと。
 そしてその殺戮兵器は、この世界なら1000年後に見つかるであろうことだ。
 ※実際に2000~3000円程度で、致死レベルの毒を作れてしまうので、自主規制しています。



「……わ、わかった。毒をワイン樽に混ぜタ」
「そう」
「で、でも、もし兵士たちがワインを飲まなかったラ?」
「飲むよ。井戸に、吊るされてた死体を捨てたから」

 つまりワインしか安全な飲料がない。
 ララは多少引きながらも、助かった、と安堵した。
 すぐに厩舎から馬を一頭、盗んで戻る。

「僕は、君の後ろでもいい? 乗ったことがない」
「……うン」
「ちなみに、ちゃんと抽出されてない、純度が低いリシンだから」

 馬に跨る少女に続く。

「兵士たちはたぶん死なないし、多少は動けると思う。クロマト精製で抽出できてれば――」
「――エ!?」

 ララは、前半だけ聞いて悲鳴をあげた。
 迷っている時間はない。
 ガラーン! ガラーン! と。 
 辛うじて動ける見張り兵が、鐘を鳴らす。
 少女の後ろに跨った。

「さっきの小道を、限界まで頭を下げて進んで」
「わ、わかっタ!」

 すぐに馬が出される。
 騒ぎが大きくなり、兵士たちの足音が。

「後ろ! 兵士たち馬で、追いかけきてル!」

 ◇

 夜の森を、馬が全速力で駆ける。
 辺りには月と星の光しかない。とげのある葉が肌を刺す。

「暗いね」
「――だ、大丈夫。獣人は夜目が効くかラ」

 ふと――火炎の球が背後から横切る。
 瞬時に目の前の木に衝突。火の粉と破片が、飛び散った。

「おお、これは――」
「ま、魔法! 獣人には使えない。人間だけ使えルーー」
「――そっか、魔法か。どういう原理なんだろう」

 薄い感情でつぶやく早苗に、ララは冷や汗を垂らす。
 馬が駆け抜ける音が、響きつづけた。

「小道に入る! 伏せテ!」

 騎乗したララは、指示された森の小道に入る。
 刹那――

『――Arrgh!』(うわぁっ!!)
『Nay, th're art traps!』(おい、罠だぞ!)

 追いかけて来た兵士たちが、宙で反転し、地面に落下した。
 困惑するララに、背後から説明する。

「パンジ・スティックだよ」
「えエ!?」
「糞溜めの汚物を、木材の破片に塗って、木に縛り付けた」



 ベトナム戦争で使われていた、と言いかけて、やめた。

「刺さってもすぐには影響ないけど、追いかけたくなくなるでしょ?」
「……そ、そうだネ」
「僕は糞溜めに近づいただけでも、吐いて気絶しそうだった」

 そこでララは、あることに気づく。

「……あの、早苗さまは、どうして汚れ仕事を、奴隷のわたしにさせなかったノ?」
「え? ああ……」

 早苗は、前世のあることを思い出す。

「君が似てたから……」
「エ?」
 
 だが、続きを言うのをやめた。
 しばらく黙っていると、別のことを聞かれる。

「……早苗さまは、勇者さマ?」
「勇者?」 困惑する早苗。「僕は……」

 が、言い終える前に――
 前面の小道から、馬車が勢いよく接近する。

『――オーイ!! キミでしょ。生き残ったアジア人!』

 ミディアムヘアの女が、馬車の窓から手を振っている。
 近代英語だ。生贄の生き残りか。その後ろには、大柄な白人男性。

『マックス。生きていたのか!』
『HAHA! アンタもな! 『王国』ってところに助けられたんだ』

 早苗は後ろを見る。
 騎馬兵も兵士たちも、ついて来ていない。

(……もう大丈夫か)
 一度止まり、馬を馬車に繋いでから、ララと入った。


『助かったよ、僕と同じ現代人が2人も――』

 ――いや、3人だ。
 マックスと、先ほどのミディアムヘアの少女。最後に……



「生きていたのね」
 日本語で言われる。女の声だった。

心菜(ここな)、なのか……?」



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