第15-1話「火の向こうにいるもの」 

文字数 2,465文字







『サイウィン様……これでも、ガキの体だと仰いますか……?』

 裸の少女が、ゆっくりとサイウィンの元へ歩み寄る。
 サイウィンは動揺した。
 だがそれも一瞬だけ。すぐにローブを拾い、少女に投げつける。

【……マセてるんじゃねぇよ、メスガキ】
『サイウィン様……』
【出ていけ。興が冷めた】

 プチリアは、静かにローブを着て、部屋の外に出ていく。
 そのドアが閉まる頃には、サイウィンはため息を漏らした。

【……まったく。バカだな】

 別に、熟女好きの嗜好はないんだ、と彼は思う。
 エアルドネルは平均、12歳で結婚する。
 プチリアはもう立派な女性だ。そんなのは分かってる。

【……俺なんかに抱かれたら、お前が不幸になるだろ。なにせ帝国の王家は――】

 呪われてるんだから。
 そう小さく言うと、サイウィンは静かに、自分でワインを注いだ。



 次の日、であろうか。
 サイウィンが守るライカス城の周囲を、距離を保ちつつ、8000人の軍が囲んでいた。
 指揮官のマックスが、声を荒らげる。

『いいか! この城壁都市を落とす!』

 更に声を大きく上げた。

『敵を飢えさせろ! 兵糧支援を通すな!』
『『はい!』』 

 今やほぼすべての兵が、マックスに従っていた。近代訓練の賜物だ。
 背後には兵糧部隊と、十分な食料の貯蔵があるキャンプ。
 長期戦であろうと耐えられるハズだった。

『あとは、オレの能力を――』

 マックスは投げナイフを一つ、カチリと、と鞘から抜く。
 そして野球の、ピッチャーのフォームを作った。
 そんな彼の部隊を、城から高みの見物をしている男がひとり。



【――無様だな、王国人ども。どうせ次は開城交渉。『命は保障するから、門を開けてくだちゃい、バブー』と、赤子のように泣くのさ】

 ワインを嗜みながら、くだらない、とため息をつく。

【開城なんかしねぇよ。援軍が来たら、野戦で血祭りにしてやる】
『サイウィン様。伝書鳩が来ました』

 昨日のことなど忘れたかのように、いつもの調子のプチ。

【渡しなさい】

 そして手紙を開く。
 だが数秒後、彼は静かに手紙を閉じた。

【……アハハ!】
『サイウィン様?』
【……援軍、来ないそうだ! 今ある兵力で叩きのめせ、と】

 はぁ、と更に深いため息。
  
皇帝(オヤジ)は何を考えている。兵力を帝都に温存しすぎだ……】

 ブツブツと言う。その時、背後を何かがシュン、と通る。
 刹那。背中から爆音。
 ズゴーン、と衝撃波。

【な―――】

 風の風圧が、一気に体を吹き飛ばそうとする。
 砕けた壁、砂埃。
 その全てが、刹那の間に、全身に襲い掛かった。

【な、なに――っ!!】
『いやああ! サイウィン様!!』
【プチ!!】

 サイウィンは氷を出し、プチリアの周囲を囲んだ。
 氷の壁が少女を守る。
 破片とチリが収まってから、ゆっくりと氷を解いた……

【無事か?】
『はい。サイウィン様のおかげで……』

 傷だらけのサイウィンは、ゆっくりと見上げるが……
 砕け散った壁の中心に、投げナイフが刺さっていた。
 まだビリビリと、電流を放ちながら。

【王国のAランク! あの距離から攻撃だァ!?】

 歯を食いしばり、こめかみに青筋を浮かばせる。

【ずいぶんと魔術が上達したじゃないか、なぁ!!】

 立ち上がったあと、剣を取る。

【――鎧を着せなさい、プチ! 野戦で仕留める】
『えっ! 援軍を再度、要請した方がいいのでは?』
【親父が援軍を出さないと言ったら、一生出さない】

 そしてこのままでは、あの雷でジリ貧だ。
 そうして、自慢の騎兵隊と一緒に、野戦に持ち込むサイウィン。

 だが――

 結果として、サイウィンは負けた。
 同じAランクのマックスが、サイウィンと同等の強さになった、だけではない。
 王国兵たちの士気は、帝国兵たちを遥かに上回っていた。
 彼らの()()()()()()()()()を前に、騎兵隊の襲撃は失敗に終わる。



【――クソッ!! やつら、騎兵を恐れなくなっただと!】
『サイウィン様……』
【信じられん。いつも逃げ回っていた奴らが、陣を作って迎え撃ちやがった……!】

 サイウィンが知らないのも無理はない。
 王国兵が使った、槍の対騎兵の陣は、14〜15世紀頃に誕生したのだ。
 マックスは映画で知っていたが、エアルドネルにはその概念すらまだない。
 
【クソが――ッ!!】

 自身の膝を殴りつけるサイウィン。
 ヘルメットで顔は見えない。
 ただプチリアは、サイウィンの前で馬を操り、アルフィールド要塞まで撤退している。

『でも、被害は最小限でしたよ、サイウィン様』
【お前は何もわかってない……】

 拳を震わせるサイウィン。
 
【……さっき奪われたライカス牙城の次は、アルフィールドに、ベオルノース。その次は帝国の首都だ!! あと3回の敗北で、帝国は終わりだ! あんな歴史の浅い奴らに、母国を奪われるんだぞ!】
『サイウィン様……』
【何故、親父はまだ兵を温存している!? 腐るほど首都にいるだろ!! 王国は出し惜しみなどしていないのに!!】

 はぁはぁ、と息切れをするサイウィン。
 彼の前で馬を走らせるプチは、小声を漏らした。

『皇帝は、保身に走ったのでしょうか……』
【おい!】
『だっておかしいです! サイウィン様に兵を分ければ、勝てる戦いでした。皇帝はご年齢で、自分のことしか、もう――』

 背後から肩を強く握られ、ハッと口を閉じるプチリア。

【それを言っていいのは、俺だけだ】
『あ……』
【お前が言えば首を刎ねられる】
『……す、すみません』
【――俺が救った命を、もっと大事にしやがれ、このメスガキ!】

 手を離し、サイウィンは深いため息をついた。
 プチリアは泣くのを必死にこらえていた。

【……いや、悪かった。俺の為に言ったんだろ。ありがとよ】
『い、いえ……私の王は、ダモクレス皇帝ではなく、サイウィン様です』
【……言ってくれるねぇ。ちょっと興奮したよ】
『えへへ……いつでも夜這いに来てください。健康な落とし子を産んでみせます』
【ははは、バカなメスガキだね】

 その後は、ただひたすら気まずい沈黙。
 サイウィンたちがアルフィールドにまで撤退するのに、1日かかった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み