第15-1話「火の向こうにいるもの」
文字数 2,465文字
『サイウィン様……これでも、ガキの体だと仰いますか……?』
裸の少女が、ゆっくりとサイウィンの元へ歩み寄る。
サイウィンは動揺した。
だがそれも一瞬だけ。すぐにローブを拾い、少女に投げつける。
【……マセてるんじゃねぇよ、メスガキ】
『サイウィン様……』
【出ていけ。興が冷めた】
プチリアは、静かにローブを着て、部屋の外に出ていく。
そのドアが閉まる頃には、サイウィンはため息を漏らした。
【……まったく。バカだな】
別に、熟女好きの嗜好はないんだ、と彼は思う。
エアルドネルは平均、12歳で結婚する。
プチリアはもう立派な女性だ。そんなのは分かってる。
【……俺なんかに抱かれたら、お前が不幸になるだろ。なにせ帝国の王家は――】
呪われてるんだから。
そう小さく言うと、サイウィンは静かに、自分でワインを注いだ。
◇
次の日、であろうか。
サイウィンが守るライカス城の周囲を、距離を保ちつつ、8000人の軍が囲んでいた。
指揮官のマックスが、声を荒らげる。
『いいか! この城壁都市を落とす!』
更に声を大きく上げた。
『敵を飢えさせろ! 兵糧支援を通すな!』
『『はい!』』
今やほぼすべての兵が、マックスに従っていた。近代訓練の賜物だ。
背後には兵糧部隊と、十分な食料の貯蔵があるキャンプ。
長期戦であろうと耐えられるハズだった。
『あとは、オレの能力を――』
マックスは投げナイフを一つ、カチリと、と鞘から抜く。
そして野球の、ピッチャーのフォームを作った。
そんな彼の部隊を、城から高みの見物をしている男がひとり。
◇
【――無様だな、王国人ども。どうせ次は開城交渉。『命は保障するから、門を開けてくだちゃい、バブー』と、赤子のように泣くのさ】
ワインを嗜みながら、くだらない、とため息をつく。
【開城なんかしねぇよ。援軍が来たら、野戦で血祭りにしてやる】
『サイウィン様。伝書鳩が来ました』
昨日のことなど忘れたかのように、いつもの調子のプチ。
【渡しなさい】
そして手紙を開く。
だが数秒後、彼は静かに手紙を閉じた。
【……アハハ!】
『サイウィン様?』
【……援軍、来ないそうだ! 今ある兵力で叩きのめせ、と】
はぁ、と更に深いため息。
【
ブツブツと言う。その時、背後を何かがシュン、と通る。
刹那。背中から爆音。
ズゴーン、と衝撃波。
【な―――】
風の風圧が、一気に体を吹き飛ばそうとする。
砕けた壁、砂埃。
その全てが、刹那の間に、全身に襲い掛かった。
【な、なに――っ!!】
『いやああ! サイウィン様!!』
【プチ!!】
サイウィンは氷を出し、プチリアの周囲を囲んだ。
氷の壁が少女を守る。
破片とチリが収まってから、ゆっくりと氷を解いた……
【無事か?】
『はい。サイウィン様のおかげで……』
傷だらけのサイウィンは、ゆっくりと見上げるが……
砕け散った壁の中心に、投げナイフが刺さっていた。
まだビリビリと、電流を放ちながら。
【王国のAランク! あの距離から攻撃だァ!?】
歯を食いしばり、こめかみに青筋を浮かばせる。
【ずいぶんと魔術が上達したじゃないか、なぁ!!】
立ち上がったあと、剣を取る。
【――鎧を着せなさい、プチ! 野戦で仕留める】
『えっ! 援軍を再度、要請した方がいいのでは?』
【親父が援軍を出さないと言ったら、一生出さない】
そしてこのままでは、あの雷でジリ貧だ。
そうして、自慢の騎兵隊と一緒に、野戦に持ち込むサイウィン。
だが――
結果として、サイウィンは負けた。
同じAランクのマックスが、サイウィンと同等の強さになった、だけではない。
王国兵たちの士気は、帝国兵たちを遥かに上回っていた。
彼らの
◇
【――クソッ!! やつら、騎兵を恐れなくなっただと!】
『サイウィン様……』
【信じられん。いつも逃げ回っていた奴らが、陣を作って迎え撃ちやがった……!】
サイウィンが知らないのも無理はない。
王国兵が使った、槍の対騎兵の陣は、14〜15世紀頃に誕生したのだ。
マックスは映画で知っていたが、エアルドネルにはその概念すらまだない。
【クソが――ッ!!】
自身の膝を殴りつけるサイウィン。
ヘルメットで顔は見えない。
ただプチリアは、サイウィンの前で馬を操り、アルフィールド要塞まで撤退している。
『でも、被害は最小限でしたよ、サイウィン様』
【お前は何もわかってない……】
拳を震わせるサイウィン。
【……さっき奪われたライカス牙城の次は、アルフィールドに、ベオルノース。その次は帝国の首都だ!! あと3回の敗北で、帝国は終わりだ! あんな歴史の浅い奴らに、母国を奪われるんだぞ!】
『サイウィン様……』
【何故、親父はまだ兵を温存している!? 腐るほど首都にいるだろ!! 王国は出し惜しみなどしていないのに!!】
はぁはぁ、と息切れをするサイウィン。
彼の前で馬を走らせるプチは、小声を漏らした。
『皇帝は、保身に走ったのでしょうか……』
【おい!】
『だっておかしいです! サイウィン様に兵を分ければ、勝てる戦いでした。皇帝はご年齢で、自分のことしか、もう――』
背後から肩を強く握られ、ハッと口を閉じるプチリア。
【それを言っていいのは、俺だけだ】
『あ……』
【お前が言えば首を刎ねられる】
『……す、すみません』
【――俺が救った命を、もっと大事にしやがれ、このメスガキ!】
手を離し、サイウィンは深いため息をついた。
プチリアは泣くのを必死にこらえていた。
【……いや、悪かった。俺の為に言ったんだろ。ありがとよ】
『い、いえ……私の王は、ダモクレス皇帝ではなく、サイウィン様です』
【……言ってくれるねぇ。ちょっと興奮したよ】
『えへへ……いつでも夜這いに来てください。健康な落とし子を産んでみせます』
【ははは、バカなメスガキだね】
その後は、ただひたすら気まずい沈黙。
サイウィンたちがアルフィールドにまで撤退するのに、1日かかった。