第11-1話 望愛寧々

文字数 2,568文字








「……あっ」

 目が覚めると、そこは集落のララの自室であった。

「……っ! 生きてる?」

 腕を見ると、包帯が巻かれていた。
 考えられるケースは一つ。意識を失った後、すぐに輸血を止められた。
 だとしたら、ララは……

「……あっ!!」

 早苗は目を丸くした。
 ベッドで横たわる彼の隣に、座りながら寝ているララが。
 これは、夢なのか……

「ララ……! ララ、ララ……!!」

 急いでほっぺたを触るが、温かい。
 手首の傷口を見る。縫った場所は無事だ。多少赤くなっているだけ。
 と、手を触れられた少女が、目を覚ます。

「……あっ。さ、早苗さま……?」
「ララ……っ!!」

 目覚めた少女をすぐに抱きしめた。
 生きている。ぬくもりがある。夢じゃない……
 少女は、泣きながら抱きしめ返してきた。

「早苗さまぁ……!! ううううっ……うわあぁぁああ……!!」
「ララっ!! 生きてる! 夢じゃない!?」

 ララを強く抱きしめながら続ける。

「心配したんだ。もうダメだと思った! ララ。あんなに苦しい気持ちは、はじめてだ……」
「早苗さ――うっ! ぐ、ぐるしイ……」

 気づくと、強く抱きしめてしまったようだ。
 少女を離すーーと、すぐに彼女の方から抱きしめてきた。
 震える手で、押し倒される。

「早苗さま……っ! ごめん、ごめン……」
「ララ……」
「私のせいで、うううっグ……」

 すぐ目の前にいる、ララの首元に手を当てる。
 脈も血圧も正常だ。顔色もいい。

「ララ、君は僕の為に死のうとした……」
「……ご、ごめン」
「君は、バカだ……! 何もわかってない……!」
「……っ! あ、あノ」
「君が傍にいれば、それでいいんだ。森でひっそり暮らすだけでもいい。君がいないのなら、意味がない」
「……で、でモ」

 彼女は拳を震わせ、涙をこぼした。

「でも、研究を続けるために、国を作るっテ……」

 言い終える前に彼女を起こし、押し倒した。
 そのままキスをする。



 しばらく合わせた唇を放したあと、彼女を見つめた。

「愛している、ララ。研究なんかより、君のほうが大事だ」

 彼女は静かに自分の唇に触れて、キスの名残を感じ取っている。
 止まっていたララの涙が、再び溢れ出した。

「さ、早苗さま……わたしも好き、愛してる」
「なら、もう二度と、命を捨てるような真似をしないで」
「早苗さまだっテ……」

 彼女を抱きしめた。そのまま首元を這うように何度もキスをした。

「嬉しい……早苗さまが、わたしを好きっテ……」
「ずっと好きだった。怖くて言えなかった……」

 少女の肩を持ち、その顔を見つめた。

「早苗さまは、大丈夫なノ……?」
「軽い貧血程度だよ。点滴してくれたんでしょ?」

 腕には点滴痕があった。
 それに寝てる間、すり潰したビーツを食べさせてくれたらしい。

「あの、それじゃア……」

 ララが、膝の上に乗ってきた。
 少女の匂いが脳まで満ちていく。

「早苗さま……」

 彼女が抱きしめてくる。
 それと同時に、キスをして、舌を絡めあった。
 服を脱がして、お互いを求め合い……



 あれから、何時間たっただろうか。
 何度も抱いて、お互い果てては、休憩して。
 そして回復したら、また抱くのを繰り返した。



 そして、腕枕をしている今に至る。

「ララ、大丈夫?」
「うん。ちょっと痛かったけど……わたし、とても幸せだヨ……」

 少女は幸せそうに天井を見て、続ける。

「好きな人と結ばれるの、夢みたい。わたし、諦めてたかラ」
「ごめん。この前のせいで」
「……え、あノ」
「聞いてくれる?」

 うん、と言われる。
 そうして早苗は思い返した。一生消えないトラウマを。

「僕には、完璧な記憶能力、サヴァン症候群があるのは、知ってるよね」
「うン」
「あれって、病気なんだ。僕には記憶を消す脳機能がない……」

 拳を震わせて、続けた。

「怖いものを見た、誰かに怒られた、それだけでも一生恐怖が消えない」
「……うン」
「3歳の時、恐怖のトラウマから癇癪を起こした。その日から、母親に毎日、何時間も殴られた。冬は寒い物置に一晩中閉じ込められた」

 ララは、分からない単語はあるのだろうが、静かに聞く。

「産むべきじゃなかった。中絶するべきだった。本当は娘が欲しかったから、女の名前を付けてやったって。僕は自分が悪いと思った」

 自分が生まれたせいで、母が苦しんでいる。
 そう思うと、誰にも相談できなかった。

「母の虐待はずっと続いた。素手だったのが、次第に棒や刃物に。傷口を隠すのが上手で、児童相談所にもバレなかった……」

 だからだろうか、今でも時々うなじが痛くなる。

「その後、離婚して親権を押し付けられた母は、酒にハマった。父が居なくて寂しかったのかも……」
「……早苗さま」
「よく服を脱がされ、下を弄られた」

 毛も生えていない年齢だった。
 性的虐待というやつだ。時に母は友人を連れてきて、集団で犯してきた。

「父の名前で呼ばれて、下を舐めるように言われたよ。嫌がると、うなじをカッターで切られた。髪で傷口は隠れた」



「……っ!」
「間違ったことだと、なんとなく気づいていた。気持ち悪くて、何度も口を洗った」

 10歳の時だった、と思い出す。

「その時から、潔癖症になった。他人に触れられるのが怖くなった……」
「……うン」
「強引に口に、舌を入れられた。あの時の母の顔が忘れられない……」

「……だから、よく悪夢でうなされてタ?」

 あっていた。
 本当はこんな話、一生誰にもするつもりはなかった。

「悪夢が、一生消えないんだ。薬やセラピーでも。死んでこの世界に来ても、時々苦しい……」

 だから、愛した女にキスすらできなかった。
 そう言うと、ララに思いっきり抱きしめられる。
 胸に顔をうずめられた。

「わたしは、ずっと早苗さまが大好きだから。なにがあっても、酷いことしないから。永遠に大好キ」
「……ありがとう。僕もララが好きだよ」

 そう言うと、ララが目をパッチリと開けた。

「早苗さま……はじめて笑っタ」
「えっ……」

 顔を触ると、確かに笑っているようだ。
 まったく、この世界に来てから、怒ったり、泣いたり、笑ったり……
 しばらく抱きしめてると、少女の小声が聞こえる。

「笑った顔も、好き。全部好キ……」
「……ララ」



 強く思った。
 中世のような世界で出会った、この愛しい女性を、幸せにしたいと。






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