第21-5話「人類の夢」

文字数 2,387文字

※今回のエピソードまでが書き溜め分です。次のエピソードから不定期更新になります。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いいたします。







「早苗。オズソンとゴルディは、ここで始末するべきよ」

 そう言われ、早苗は少しの間考え込んだ。
 たしかに心菜はあっている。
 だが、()()()()()が、脳裏に浮かんでいた。

「心菜。オズソンが消えても、次の王位継承者が王になる」
「……何を言いたいの?」
「終わらせるには、王国を完全に制圧するしかない」

 心菜はそれに対し、言い返してこない。

「……だが今の僕たちに、王国を占領する兵力はない」
「ならオズソンを殺して、オズウィンを次の王にするべきよ。あれは幼いけど、まだマシね」
「マシか。兄と母を殺された報復を、オズウィン第二王子はしないと?」
「………いえ」
「現代人の僕ですら、君の報復に、血で血を償わせようとした」

 早苗は、心菜に踏みつけられている王の近くで、しゃがむ。

『オズソン。今回僕たちは、たった20人で王都に侵攻した』
『……う、ウソだ』
『本当だ。次は4000人で来て、王都を完全に占領する。君の――王家の血筋を、完全に途絶えさせる』

 オズソンは静まり返り、母の方角を見た。
 国よりも、母を案じているように見える。

『誓え。僕と心菜、そして全ての亜人たちに生涯手を出さないと』
『へ、平民の分際で――』
『でないと、君の母親が死ぬ』

 瞬間、呆れた心菜が、オズソンの脇腹を蹴りつけた。
 わざとらしく、王国語で言う。

『早苗。やっぱ今こいつを殺して、オズウィンを即位させるべきよ』
『――わ、わかった! ボクの負けだ。二度と君たちや、亜人には手を出さない』
『信じられないわ』
『本当だ! 神に誓う! ボクにだって、王としてのプライドがある!』

 そこで早苗は、静かに心菜の手を引いて、オズソンから離れさせた。

「もういい。君が生きていた。それだけでいいんだ」
「ふふ。なにそれ。私のこと大好きね」
「何を言って……」
「ありがとね。助けに来てくれて」

 言って心菜は、マントを両手で握りしめた。
 終わった。心菜の救出が、やっと……

「早苗、これからどうする? 亜人の島に、国を作ったんでしょ?」
「ああ」
「行きましょう。ああ、何日の旅になるのやら」
「5時間で着くよ」

 そうして早苗は笛を吹く。
 すると数分後には、背後の森から、巨大な物体が空に浮かんだ。




「あはは……! やるじゃないの!!」

 太陽が昇り始め、周囲を照らした。
 心菜は、まばゆい朝日に照らされた、上空の物体を目にしていた。

 ※イラスト 早苗と心菜(背後) 上空に気球 挿絵

「気球じゃないの。はじめて見た」
「……何を言っているんだ。トルコで乗ったって。3年前にカフェテリアで」
「ふふ、そうだっけ」

 早苗は心菜に手を貸して移動した。
 すぐに、縄でつながった足場の木材が、地面に引きずられ接近する。

「ベトナム戦争のワイヤーフックを参考にした」
「ロマンチックなことで」
「これで気球に乗る」

 言うと、ラルクと2人の獣人兵たちが、敬礼をした。

「閣下。お先に戻ってください。我々は森を進んで戻ります」
「ありがとう、ラルク。本当に助かった。気を付けて」
「お役に立ててうれしいです」

 言って、壁の穴から、小走りで外に出る兵士たち。
 早苗と心菜も外に出て、縄に結ばれた木の台に乗った。
 そうして体に紐を巻き付けると、次第に引き上げられる。

「さっきの獣人たちも、乗せればよかったのに」
「3人が限界なんだ。ヘリウムガスがあれば、飛行船にしたいぐらいだが」

 話している間に到着する。
 慎重に中に入ると、早苗は思いっきりハグされた。
 ララだった。

「早苗さまっ!! よかった、無事デ……」
「大丈夫だよ、ララ」
「噓つきね、アンタ。危なかったくせに……」

 心菜が呆れながら、ララに近づく。

「ずっと早苗を守ってくれて、ありがと。ララさん」
「こ、心菜さん……」

 ううん、と頭をふるララ。

「違うの。早苗さまが、わたしを守ってくれてタ……」

 と、丁度気球が、王都エフレの真上を通る時――
 300メートル下の王都から、声が聞こえる。
 何百、いや、何千の、王都民たちの声。

「ララ、聞き取れるか? 弓程度じゃ絶対に届かない高度だが、念のため……」

 ララは耳を澄ました。

「大丈夫。みんなこの気球を見て、神の奇跡だって」
「ハッ! 言えてる。この世界じゃ、空を飛ぶのは神だけよ」

 ララと心菜は、実際あっていた。
 そのとき王都では「神が人を乗せて、空を飛んだ」と、人々が叫んでいたのだ。

 王国中の民が見ていた――
 エアルドネルで最初に、空を飛ぶ人類を。

「あのダ・ヴィンチですら、空を飛ぶのが生涯の夢だった。獣人たちもそうでしょ、ララさん」
「うン。この気球を見た後、獣人もドワーフたちも、みんな早苗さまに従っタ」
「……そうだね」

 早苗は思い出していた。
 ギガが右手を失ったあの時……
 ドワーフと獣人たちと衝突する寸前の、あの瞬間――

「ララが、獣人の女性たちと、亜麻の布を作り続けてくれたおかげだよ。ありがとう」
 早苗がララの頭を撫でる。
 心菜が「いちゃつくんじゃないわよ」と声を上げた、その時――
 ララは具合が悪そうに、しゃがみこんだ。

「……どうしたの? ララ?」
「あ、あの、早苗さま……」

 心菜を見て、ものすごく言いにくそうにするララ。

「ララさん。構わないから、言って」
「……あ、あの、わたし、すこし前から、そノ……」

 片膝をついて、優しくララに訊く早苗。
 ララは顔を真っ赤にしながら、小声を出した。

「あ、あの……生理止まっタ……」

 瞬間、早苗が固まった。
 だが彼が驚くよりも先に、心菜が声をあげた。

「はあああああ!? あ、あんた!!」
「……心菜、声が」
「孕ませたの!? まだ目覚めて2~3か月でしょ!?」

 大声が空に響く。
 幸いにも、王都の人たちに、その声が届くことはなかった。



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