第16-3話「The Queen」

文字数 3,369文字







 早苗は、警戒をしているエルフの女王、リクシスの方角を見た。

「リクシス女王」
「今すぐ立ち去りなさい」
「どうか話を――」
「話すことなどありません」

 まったく聞く耳を持たない。
 だが、そこで女王を止めたのは、意外にも第二王女のルラだった。

「お母様、こいつ面白いよ。飼ってもいい?」
「ダメです。下手に人間と会えば、帝国との条約に影響が出ます」

(……くそ。手遅れだったか)

 デミニアン共和国よりも、遥かに巨大な国力を持つ帝国と、エルフは組んだ。
 同じ島に敵対勢力がいる。絶対に避けたかった事態だ。

(……ここで刺激するのはよくない)

 一度撤退したあと、エルフたちを軍事制圧する案が頭をよぎる。

「さ、早苗さま……」
「大丈夫、まだ諦めてない」

 そう言うと、再度女王の方角を見る。

「帝国にどんな条件を出されましたか?」
「お母さま、教えてもいいんじゃない? まだ条約結んでないんだし」
「……ルラ!」
「まだなんですね」

 女王が、あからさまに嫌そうな顔をした。

「僕らがもっといい条件を出しましょう」

 だが、嘲笑う女王。ルラが面白げに言う。

「この男、ラーサ姉に会いたいんだってさ」
「あの失敗作は、本当に悪縁ばかりを持ってきますね……」
「ぷっ! だよね!」

 瞬間、周囲のエルフたちから失笑の声が。
 嫌な感じがする。と――

「お母様!! あたしに客人が来たって――」

 ゼイゼイしながら、書物を持った、髪の長いエルフがひとり。
 他のエルフたちとは違い、痩せ型ではなく、標準的な体つき。

「ハァ、苦しい……1年ぶりに走った……」
「なぜここに来たのですが、このエルフの恥さらしが」

 リクシスは呆れ顔を作って目を背けた。

「ラーサさん!!」とララ。
「え、ララちゃん!? 嘘でしょ!」

 駆け出し、ラーサは躓きそうになる。
 どうやらあの女性が、第一王女のラーサらしい。
 このチャンスを逃す手はなかった――

「ラーサ第一王女。僕は別の世界から来ました、早苗です。文明レベルでいうと、1400年以上先の未来から――」
「え!? あ、あの……」
「――あなたの力を貸してほしい」

 瞬間、周囲がさらにあざ笑う。気にせず続けた。

「王国に対抗するために、亜人の国家を設立しています」
「亜人の、国家……?」
「あはは!! 魔力なしのお前は、そもそも農民以下じゃん!」

 ルラは爆笑するが、無視する。

「マニフェストを書いた。読んでほしい」

 と言ってラルクに紙を渡し、ラーサへ。
 気まずそうに彼女は手紙を受け取り、静かに見つめていた。

「これ、羊皮紙?……いや、まったく違う紙」
「おい、人間! ラーサにはなんの権力もないんだよ! だって失敗作だもの!」

 ルラのワザとらしい大声。

「ラーサはね、いつも寝ていて、デブで、ろくに狩猟もできないの! バカ高いのに、王家の金で買った紙に、いつも絵を描いてるだけ。もう王位継承権もはく奪されてるような状態で――」
「ルラちゃん、みんなの前で、やめてよ……」

 スカートをぎゅっと握るラーサが、涙を目に溜めている。

「……でも、ルラちゃんの言う通り。だからこんなの、あたしに見せても」

 躊躇いながら、でも手紙を広げる。
 その彼女が、だんだんと目を見開いた。

「お、お母さま……」
「なんです?」
「……読んだほうが、いいと思う」

 ラーサは手を震わせた。
 その紙には、デミニアン国が産業革命を起こすまでの道のりが書かれていた。
 未来の技術の一端。まっとうな人間が見れば、どんな財宝よりも価値があると気づくハズ。

「お母さま! 読んでよ!  ルラちゃんでもいいから!」
「いやだ、そもそも私文字読めないし!」

(……興味を示し、価値を理解したのは、ラーサだけか)

 早苗はラルクに頼み、マニフェストを回収させる。
 そしてすぐに火をつけて、灰にした。

「人間よ、おかえりなさい。ここに貴方の場所はない」
「……わかりました。最後に亜人の新国家、デミニアン国に移住したエルフがいれば、ついてきてほしい」
「え!?」

 ラーサがハッとした。瞳に光が宿る。
 逆に、他のエルフたちは、表情を曇らせていた。

「そんなエルフはいません。消えなさい」
「お母さま。でも、あたしは――」
「お黙り! いい加減にしなさい」

 バチンと、リクシスが平手打ちをする。
 少しの間の沈黙。女王はラーサの髪を引っ張り、耳元で何かをつぶやく。

「……わかりましたか? ろくに狩りもできない、産まれるべきじゃなかった出来損ないが」
「お、お母さま」
「ふん!」

 クスクス、と周囲のエルフたちから上がる軽蔑の声。
 ラーサの髪を、リクシスが離す。

「……いいでしょう、行きなさい」

 解放されたラーサが涙を溜め、こちらに歩む。

「人間、連れて行きなさい。狩りもできない、眠ってばかりで、絵を描くだけの無能ですが」
「ご、ごめんなさい。早苗さん。あたしみたいな役立たずが……」

 早苗はそんなラーサが、大事そうに手に持つ書物を見る。

「見ていいか?」
「いや、これはただの落書きで……」

 構わず巻かれている書物を手に取ると、中身を確認した。
 そこには、墨のペンで書かれた、スケッチやメモがあり……

「女王。本当にいいのですね? ラーサさんを預けて頂いても」
「ええ、構いません」

 そこで早苗は、断言して言い切った。

「感謝します。()()()()()()()を預けて頂けることに」

 瞬間、その場が静まり、あからさまに殺気が集まった。

「……ねぇ、人間! 今のは聞き捨てならないなぁ!」
「ルラ、落ち着きなさい」
「だって母様! この人間は私たちを――」

 ルラだけじゃない。
 ほかのエルフたちも、虫けらを見るような目。

「いい? この肥満な姉は、いつも寝ていて――」
「多相性睡眠(ポリファジックスリープ)かもしれない」
「はぁ?」
「短時間の睡眠を繰り返す睡眠パターンで、天才の特徴の一つだ」

 ラーサがぽかんとしている、その隣で続ける。

「事実として、ラーサのスケッチには、1000年後に登場するようなアイディアがいくつか描かれていた」
「人間、出まかせを……!」
「狩猟採集の時代はもうすぐ終わる。帝国がどんな条件を出したか知らないが、遥かに格下の文明との条約を本当に守るか、よく考えてくれ」

 そうして踵を返そうとするが――

「おい、ラーサ姉ぇ! おいデブ!」と、ルラの声。
「最後に」
「なによ!?」
「僕の世界ではラーサの体重は平均だ」

 と言って、早苗たちはラーサを迎え入れて、エルフの森を出た。
 正直、背中から弓で撃たれないか心配なので、早歩きで。



「ラーサちゃん? 大丈夫?」

 エルフの森を出たあたりだった。

「………」

 ラーサはララの声を聞いていない。
 ただ俯いて、時折早苗を見ながら、後ろを歩いている。
 ララが手を取って、ようやく気づく。

「え!? あ、ララちゃん。ごめん、何年ぶりの再会なのに……」
「ううん。大丈夫だヨ」
「あの人なんなの……? なんであたしなんかを守って……」
「早苗さまは、救世主様だヨ」
「し、信じるけど……」

 そこでラーサは声のトーンを落とし、ララの耳元でささやく。

「い、イケメンすぎじゃない?」
「うん。わたしも最初出会った時、天使のお迎えが来たと思っタ」
「……ねぇ、騎士物語覚えてる? 帝国の本」

 ララが4年前、ラーサと一緒に読んだ本を思い出していると……
 ラーサはもじもじとし、顔を赤くしていた。

「あ、あの人、あの本の王子みたい……」
「あ……うン……」

 そこでラーサは、早苗が背中に抱えているものに気づく。

「あっ、それってクロスボウですか!?」
「ああ、連弩だよ」

 言って、ラーサに渡す早苗。

「威力が弱いから、そのままじゃ使い物にならない。毒矢にして……」
「す、すごい……借りてもいい……?」

 頷くと、ラーサは器用に、歩きながら連弩を分解しだす。
 しばらくパーツを眺めた後、これまた器用に組み立てなおした。
 それを何度も繰り返しているのを見て、ララが小声で聞いてくる。

「早苗さま、ラーサちゃんって……」
「天才だと思う」

 ララのように、何か国語も話したりはできないのだろうが……
 ルネサンス期でいうとレオナルド・ダ・ヴィンチ、産業時代で言えばヘンリー・フォードに近いものを感じる。

「まぁ、とにかく」

 公国軍が侵攻しにくるまで、あと3日。
 明日戻ったとして、あと2日しか時間がない。
 急がないと――



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