第1-1話 未開の領域(フルボイス)

文字数 2,448文字





※オーディオブック(フルボイス)は下記から!
https://drive.google.com/file/d/1QRBUq9jtx8B9aardvBVff6kX301irwUp/view?usp=sharing

 最初に、白人の幼女が刺される。

『い゛や゛あ゛あ゛ッ!!  マ゛マ゛!!』(ARRRGH, help me!! Mommy!!

 司祭が裸体の肋骨を広げ、心臓を抜いて、天に掲げた。
 小さな遺体が祭壇から捨てられる。
 すぐに兵士たちが歓声をあげた。

「……え?」

 目の前には10人。
 縄で繋がれた全裸の白人、黒人、アジア人たちが一列に。




「……あれ、僕は」
 トラックに轢かれて死んだはず。

 ここはどこだ? 
 意識がハッキリして、周囲の光景が鮮明になる。

(……辺りは草原)
 周囲を中世風の身なりの兵士たちが囲っていた。
 その背後には騎兵たち。

 なんて思っている間にも、次の黒人が命乞いをした。

『God fucking damn it! Don't do me, man!! FUUUUUCK!!
(糞ファッキン野郎!やめろ!ファァァック!!)

 みぞおちに、ナイフが突き刺さる。
 心臓を抜かれた男は悲鳴をあげ、痙攣したあと、絶命した。

 ああ、何が起こっている。
 まずは状況整理だ。

(……僕は学者。目が覚めると、この儀式の現場にいる)

 生贄だろうか。全裸で、なおかつ手を縄で縛られている。
 逃げ隠れる場所は――背後に森林がある。
 距離はおよそ600メートル。僕は走るのが遅いから時速10キロ――3分36秒か。

(……ダメだ。騎兵に追いつかれる)

 そもそも、まず縄を解かないと。
 見ると、次はアジア系の女性が処刑台に。

『谁来救救我!! 我还不想死!!!』
(誰か!! 死にたくない!!!)

 彼女も心臓を引き抜かれ、目の前の生贄はあと7人に。
 理由は分からない……
 だが、様々な人種の人たちが、ここで処刑されている。

『सच में दर्द हुआ।! कृपया मेरी मदद करें!!
(痛てぇよ! 助けてくれ!!)

 あと6人。インド系の男が絶命した。

(そもそも、これは何の儀式だ。あの司祭は?)

 兵士たちの言葉に耳を傾ける――

『Thanketh thee god. These sacrifices shall saveth our town from beshrew.』
(ああ、神よ。この生贄で街を呪いから救いたまえ)

 兵士たちは、英語を話していた。
 ただし16世紀あたり、ルネサンス時代の英語。

(……呪い。病気のことか)
 でもこの生贄で病を治す儀式は、古典時代の物のハズ。

 時代がバラバラだ。
 映画の撮影? ではない。改変された過去に戻った?
 ふと、目の前の大柄な白人男性に、小声で聞かれる。

『あんた、英語は?』
(Dude, you speak English?)

 『話せる』と答える。

『よし。このままじゃダメだ。なにか行動を起こさないと』
(Good. We can’t be eating shit forever. We’ve got to do something.)

(……現代のアメリカ英語だ)
 マイアミ州のスラング。フロリダなまりもある。同じ現代人であろう。

『オレの縄を解いてくれ。その後、オレもオマエを解く』
『わかった』

 ちょうどいい。他人の縄を解く方が簡単だ。
 静かに結び目を凝視する。




(この結び目。縄を折り返して輪に。つまり……)
 
 周囲を見るが、兵士たちの視線は祭壇に集まっている。
 背を向けて、男の縄を押し込む。
 すぐに縄は緩くなった。

『……はやっ! ナイスだ、すごいな! 次はオマエの縄を……』
 だが、その時間はない。
 鎧を着た兵士が寄ってくる。
 残りはあと1人。次はこの()()()()()()が、殺される番のようだ。

『オレはマックス。恩を返す。オマエは逃げろ』
『……何をする気だ?』

 マックスが祭壇に連れていかれる。
 だが隙を見て彼は、握っていた縄を捨て、渾身の力で兵士を殴り倒した。

『Bring it, filthy fuckers!』
(来いよ、キタねぇファック野郎ども!)

 続けて、別の兵士を蹴りつける。
 同時だろうか。
 兵士の1人が咄嗟に近寄り、剣で縄を切ってくれる。

「逃げなさい!」
 日本語だった。女の声。誰だ。

(――いや時間がない)
 兵士たちの注意がマックスに。

『――マックス!』

 だが彼は、すでに囲まれている。
 心臓が警鐘のように鳴りだす。
 猛烈に走り、逃げだしていた――

 ◇

「ハァ……ハァ……」

 道幅が狭い森林の中で、息を整える。
 追っ手は見当たらない。馬はここでは速度を出せないだろう。

(……なんだこの世界は。それにさっきの日本語の女は?)

 周囲の木の幹は異様に太く、背が低い。地球では見たことがない種だ。
 次第に森を抜ける。
 細長い、おとぎ話に出るような中世式の畑が。

 ふと――

「……村か」

 いくらか歩いた先に、半壊した村が。
 ほとんどの家は、ただの掘っ立て小屋だ。ちいさくて汚い、麦わらとボロ木材の小屋。
 中世初期のヨーロッパのように見える。

(……荒れ放題でひとけがない)
 見ると、手足を切断された亡骸が、木に吊るされている。
 この世界は、恐怖で民衆を支配しているのか。

「……皮の靴だ」 
 村の中心に、先程の兵たちにより略奪されたのか、戦利品が集められている。
 衣類もある。チュニック、中世の膝まである服だ。
 すぐに着替える、が……

「……着た瞬間、痒いな」

 生地の織りが太く粗い。だが、全裸よりはマシだ。
 他に何かないか探していると――

「――っ!!」

 ケモミミの女の子が、民家の柱に、鎖で結ばれていた。
 茶色のミディアムヘアと、髪と同じブラウンの垂れた犬耳。そしてボロ布一枚の服。
 彼女も戦利品の一つのように見えた。




(……まて、ケモミミ?)

 ありえない。
 まさか、この世界は……



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