第19-4話「You are my savior」

文字数 1,901文字







『奇跡を起こしてみろ。それがお前に協力してやる条件だ』

 ネルソンにそう言われたカーミットは、あることを命じられた。
 それは今、彼女の目の前にいる人物を、救うということだった。
 ネルソン公爵のひとり息子……

『ネリオットサン、こんにちは…!』

 作った笑顔で、屋敷の私室、そのベッドに横たわる少年に近づく。

『……い、いいっ』

 少年はこちらを向くが、痛みで呻いていた。
 上手く話せない? 口の動きと、発音が変だ。

『……コレはいったい。全身、小さく痙攣してますね』
『俺の友人の息子は、これと同じ症状で先月死んだ』

 息子に近寄り、頭を撫で、ネルソンが続ける。

『前妻は、男子を1人しか産まず死んじまった。少なくとも2人は欲しいって言ったのに……』

 背後のノエミが、ビクッとした。

(……女をまるで、ただの産む機械みたいに)

 カーミットは思う。
 だが死と隣り合わせの中世では、血筋を絶やさないことだけが大事だった。

『ネルソンサマ。イツからこうなったんです?』
『昨日悪化した。だからノエミに、お前を紹介させた』
『……試した治療法は?』

 医者の真似事をする。
 ああ、サナエサンがここにいればいいのに…

『傷口への湿布と、ポーション――粉状にしたサファイアだな』

(……ソンなの、効くわけがない)
 いや、待て。

『傷口、ですか?』
『6日前の転んだ怪我が、変色したんだ』

 カーミットは悍ましい臭いがする湿布を外し、傷口をみた。
 ああ、なんでしたっけこれ。見たことある。
 たしか、パパとアフリカ旅行に行ったときに……

『……あっ! ネリオット様の背が、少し後ろにそってる』

 ノエミに言われて見るが、たしかにそうだ。
 確信した。この病名を、ワタシは知っている――






『破風病(Tetanus)です……!』

 ワクチンで、21世紀にはほぼ存在しない病気。
 けがをした個所から菌が入り、いずれ背が後ろのそり、高確率で死ぬ。
 よかった。せめて病名だけはわかった。

『治せるのか?』と聞くネルソン。
『任せてください! ワタシが治します』
『ならいい。おい、ノエミ』

 ビクッとし、「はい」と答えるノエミ。

『ネリオットが助からなければ、お前の責任だ』
『え、それは……!』
『今回は、こいつの救出のために危ない橋を渡った。ゴルディの反感を買わないよう、その時はお前が独断でしたことにする』
『――ネルソン様! 聞いてない!』
『公爵家の男子の命は、それだけ重いってことだ』
『………』
 カーミットは冷や汗を垂らした。ワタシのせいだ……
 そしてこの時代の女性は、男性の所有物程度の扱い。
 人権なんかない。ネルソンはきっと、ノエミを殺す。

『……そ、そんな……い、いやだ』
『ノエミ! 大丈夫ですから。ワタシが責任を――』
『とにかく!』

 ネルソンがドアを開き、部屋から出る。

『息子を治せ。さもなくば、お前の命はない』

 バタン、と閉める。
 瞬間、ノエミが近代英語でわめきだした。声が大きい。パニック状態だ。

『い、いやだ、いやだ! こうなるのがイヤだから、好きでもない権力者と結婚したのに!』
『ノ、ノエミ……!』
『あああぁ……!! 助けてよカーミット!! あなたを救いたかった。ずっとひとりぼっちで、心細かった! でもこのままじゃ、わたしたち2人とも……』
『大丈夫です!! ワタシなんとかします!』

 親友を強くハグして、カーミットは続けた。

『コノ病気、破風病は()()()()()で治ります。抗生物質です』
『……えっ!』
『サナエサンが地下牢にいるとき、作るって言ってました。ララサンはわかってなかったようでしたが……』

 親友を離して、カーミットは指を3本立てた。
 一般常識のレベルの知識だが――

『この子を助ける方法は、たぶん3つあります』

 まとめると――
 ① 正しい看病をする(これだけでも助かる可能性はアリ)
 ② 亜人の島にいるだろう、早苗からペニシリンを貰う。
 ③ もしくは自分で作る(軽く地下牢で早苗から聞いていた)

『ワタシが島に行って、サナエサンに会います』
『それは、許可が出ないよ……』
『じゃあ、ノエミ。護衛兵を連れて、島に行けますか? その間にワタシが看病を――』
『っ!!』

 ノエミが意を決して立ち上がる。

『死にたくない……信じるからね、カーミット!!』 

 そして駆け足で、ノエミは外に出ていった。

 だが、カーミットたちは、まだ知らなかった。
 亜人の島と公国は、激しく争ったばかり、だということを。



 その頃、その『公国ネルソン』の奴隷狩りに関与しているであろう……
 帝都の北にある、荒れ果てた要塞に着いたサイウィンは、言葉を失っていた。

【こ、こんな事、人間がすることじゃねぇ……】



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