第7-2話 偽れない愛があるから

文字数 2,900文字








『SHIT……!! クソ、クソ、クソ』

 マックスは姿勢を低くし、逃げる……
 無造作に周囲の敵に雷を放っては、フラフラと。
 足が震える。

『――クソ、オレ、1年も米軍にいたんだぞ!』

 なのに現代の戦術が、まったく役に立たない。

 前世は貧乏で、借金で母が自殺した。
 2度目の人生では、かならず成功しないといけないのに……

「――あっ」
 
 マックスが固まる。
 前方に巨大な氷柱がいくつも伸び、仲間の王国兵たちの血が飛び散った。
 血の霧が舞う……
 その中から、黒いフルメタルプレートの鎧に身を包んだ、黒の騎士が現れた。



【――――】
 ようやく見つけたぞ、と言わんばかりの黒い兜。
 馬の腹を蹴り、猛烈な速度で走らせマックスに接近する。

『あ、あいつが……帝国のAランク。……あ、ああ、来るんじゃねーよ!』

 マックスはただ必死に走る。まだ魔法も上手く扱えない。
 だが漆黒の騎士は躊躇なく、遊びのように……
 周辺の王国の兵士たちを殺しながら、前進する。
 人殺しを何とも思わない、本物のサイコパス。狂っていた。

  森の中に逃げるが――

『待って、ああっ――!!』

 慣れない鎧に足が滑る。
 騎士の馬が、彼の目の前で止まった。
 兜越しに、暗い声――喉が潰れているような声が響く。

【――哀れな王国の勇者よ】

『ま……!! 待ってくれ!!』

 だが、待たない。
 騎士が、剣を大きく振りかぶったその時――
 目の前で、火花が散る。

『……なっ!』

 何者かが側面から、黒騎士に剣を突き上げ、鎧を刺していた。
 一歩引いたその男は、マックスの隣に立つ。

≪Ga, he is min. Mid þissum, heo sceal min eac beon.≫

『わっかんねぇけど、オマエ……リーダーのイリック?』

 助けてくれた。いいやつなのか?
 イリックはそのまま、見事な身のこなしで黒騎士の剣を避ける。
 彼は背後から再度、剣を黒騎士に突き刺し、一歩下がる。それを繰り返す。

【――無駄だ】

 どすのきいた黒い声。
 すでにイリックの攻撃を避けようともしていない。

 イリックは、隙だらけの騎士の鎧を激しく切りつける。
 が、とたんに剣が真っ二つに折れた。
 装備の質に、あまりにも差がありすぎる。

 イリックは瞬きの間に――

≪Nim þes!≫

短剣で馬の脚を切りつけて、火炎の魔法を叩きつける。

【―――――】

 威力はそこまでない。Cランク辺りだろうか。
 それでも、馬を失った黒騎士が、地面に落ちる。
 だが決着はついていた。

『おい! イリック!?』
 マックスが叫ぶが、遅かった。

 黒騎士の魔術であろう――背後から伸びた氷柱が、イリックの胴体を突き刺した。
 そのまま血まみれの体を、宙に浮かせる。

【―――終わりだ】

 騎士は手を後ろに引く。
 氷柱はイリックの胴体を引き寄せ……
 騎士は、なんの躊躇もなく剣を、胸に串刺しにした。
 
 そして引き抜く――

 べちゃ、と血が糸を引いた。
 動かぬ死体が、ゴミのようにマックスの目の前に捨てられる。

『ハァ、ハ、ァ………』

 マックスの足がすくむ。
 ふざけるな、と彼は思う。
 数年前の今頃は、バーガーを食べ、友人とバカをして、夕方に筋トレをし、夜は誰かの家でパーティーをする。
 くだらないと思っていた時間が、今はもう二度と戻らなくて……

『ああああッ!! クソファック野郎めッ!! こんな所でオレは――』
 こんな汚い世界でも、必死に生きようとしてたのに。

 黒騎士が剣を振り上げる。
 マックスは祈った。もし神様がこの世界にいるのなら、どうか救ってほしいと。
 だが彼を救ったのは、神ではなかった。

『………ハ? オマエ、なにやって』

 血しぶきが顔にかかり、マックスが大きく目を見開く。
 目の前には、何故か、()()がいる……
 彼女は腕を大きく広げ、マックスを庇っていた。



 斬りつけられたリンから、血が吹きあがる。
 マックスが愛する女は、そのまま糸が切れるように、隣に倒れた。
 思考が止まる。

『―――う゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!!!』

 ピカ―――ッと、薄暗い森が一瞬、輝く。
 マックスの手から放たれた電流は、倒れたリンの頭上を通り――。

【――――――っ!!】

 黒い兜に直撃する。
 火花を散らしながら兜が飛び、顔が露になった。
 その顔は――いや、顔とは呼べない。

【――――貴様】

 その顔には、まず鼻がなかった。
 まるで口元から目頭まで、ざっくりナイフで切ったかのよう。
 唇はなく、鼻も二つの穴が開いているだけ。
 皮膚は爛れ、顔のほとんどが火傷の跡で覆われている。



『オマエ……! クソ! リンを……』
【――――クッ】

 その刹那。黒騎士は即座に、背後に引いていた。目の前を矢が横切る。

『大丈夫か、マックス?』

 早苗が駆けつけてきた。

 連弩を連射しながら、マックスの前に移動する。
 8本、9本、10本――黒騎士は全て避けた。

『はぁ、はぁ……すごい顔だね、君』
【――――――】
 黒騎士が早苗を睨むが、無視して続ける。

『身体能力も素晴らしい。僕の背後から素人が5人、一斉に君を襲っても、勝てなさそう』

 ルネサンス期の英語で言う。
 騎士は念のため、早苗の背後を警戒する。
 と、そんな彼の視界の外――横の森から、ララが猛スピードで駆け出した。

「―――はァ!!」

 ララが、ビンを投げる。
 咄嗟に騎士が手で防ぐが、割れた瓶から出た液体のしぶきが、ガントレットの隙間から皮膚に――

【―――ああっ、なんだこれは!】

 咄嗟にガントレットを外し、自分の腕を見る。
 箇所は小さいが、皮膚が溶けだし、赤くなっていた。

「……うわ、本当に皮膚が溶けてル!」
「希硫酸だからね」

 チャンスだと、連弩に矢を装填する早苗。
 露店の花屋で買った、マチンから作った毒矢だった。

【―――貴様っ!!】

 騎士は――ララを狙う。
 だが少女は持ち前の身体能力で、大きく後ろに飛躍した。
 が、着地した瞬間、足元を凍らされる。身動きが取れない。

「ララ!」

 早苗がララを庇おうと、目の前に走る。
 騎士は一気に距離を詰めて、剣を振ろうとしていた――
 それと同時だろうか。

 ブオーーーンと。
 野太い笛の音が、戦場を駆け抜ける。

 同時に帝国語の叫び声が、戦場から響く。

【―――――!】

 黒騎士がハッとする。
 すでに彼には、ララもマックスも見えてない。
 すぐに戦場に戻り、黒い甲冑姿は消えていった。

『リン!!』
 即座にマックスが、愛する女の所へ向かう。

『……アアア! リン!! リン!!』

 抱えると、手に生暖かい血が垂れだす。
 騎士が戻らないのを確認してから、早苗もリンの元へ。

『ああ……!! リンが……!』
『診せてくれ』

 傷口を見た後、首元に手を当てる。

(刺創ないし切創。出血性のプレショック。血圧は60-70mmHgぐらい……)
 持続的な出血がある。圧迫止血だけじゃ無理だ。

(……内臓と動脈に致命傷があれば、助けるのは無理だ)

 そして服を開き、刃傷を見てみる。
 そこで見た物にハッとした――
 ああ、これは……



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