第16-2話「神の一歩」

文字数 3,590文字







 早苗たちがエルフの女王、リクシスと対峙していたその頃。
 この世の地獄は、公国ネルソンにあった。

「…………っ」

 カーミットは、ゆさゆさ揺らされていた。心はとっくに折れている。
 あれから何人……5人だろうか。
 
 その全員が強烈な悪臭を放ち、ひどい虫歯を持っていた。なのにキスをせがんでくる。
 例外なく全員ノミとシラミを飼っていて、たぶんうつった。
 ろくに洗ってもない、粗末なものを、避妊もなしに交代で出し入れされた。
 性病も持っていたかもしれない。

「……………」

 ゆさゆさ、と。今だってそうだ。
 一番最初に犯してきた男、ベアバルドがまた、上に覆い被さっている。
 ふと、男が動きを止め、痙攣した。やっと終わったのか。

『はぁ、はぁ…!! 最高だ……!』

 男はソレを手で拭いた後、布団のワラで手を拭き、ズボンを履いた。
 そして無抵抗なカーミットの髪を撫でる。
 眼球だけ動かして見るが、黒い垢だらけで、割れた、汚い爪。

『ちょっと待ってろ』

 男は一度牢から出る。なんだろう、と思っていると、木の板を持ってきた。
 食事だ。パンにチーズ、ワインもある。
 ずっと豆のスープだけだったのに、なんで。今日が処刑日だろうか……

「ウ、ウウ……」

 途端に、わけもわからず、涙が止まらなくなる。
 
『おい、なんで泣くんだよ。それは俺のメシだよ。食え』

 言ってベアバルドが、豆のスープを飲みだす。
 いや、それ、ワタシの……

『ナ、ナンデ………』
『お前、ずっといい物食ってきたんだろ。俺のメシじゃ足りないかもしれんが』
『ナ、ナンデ! フザケてるんですか!? ワタシにあんなことしておいて!!』

 強引に駆けだして、男を殴ろうとする。
 あれだけ強引に犯したくせに。ワタシの尊厳を踏みにじったくせに。

『アアアア!! フザケルなああああッ!!』

 殴りたい。だが、鎖がジャリジャリなってそれはできない。
 悔しい。ボロボロ泣きながら、膝をつく……
 なんなのこの男。今更、優しくしようだなんて、虫が良すぎる。

『うううぐっ……ドウセ、他の兵を呼んで、またワタシを犯すくせに……』
『もう来ねーよ』

 ……は? と口を開けて男を見る。

『お前は呪い(疫病)にかかって、倒れたと報告した。誰もうつりたくないから、来ねーよ』
『ダカラ、なんで……』
『俺だって、やりたくなかったんだ。命令だったから。従わないと俺が殺される』

 スープを飲み終えた男が、こちらを向く。

『だが、お前の悲鳴をずっと聞いていて、心が折れた。バレて罰せられてもいい。もう俺にはできない』
『……なんで今更。意味が、わからない』
『食べにくいだろ。暴れないって約束できるか?』

 わけがわからない。
 とりあえずカーミットは頷く。
 すると男は牢の中に入り、あろうことか鎖を外してくれた。

『ほら、メシ食えよ。せっかく美人なんだから。安い娼婦みたいに痩せるな』
『……食欲、あるわけ、ないじゃないですか』

 それに、どうしても納得できないことがある。

『……ナンデ。やりたくなかったのなら、なんで何度も何度も……さっきもそうです。ワタシを犯したんですか? 言ってることと、やってることがまったく――』
『お前が美人だからだよ』

 ボリボリ、と頭をかく男。
 男はカーミットの布団に腰を下ろした。

『わかった、正直に言うよ』
『………』
『嫉妬したんだ。命令でも、もうお前を他の男に抱かせたくない』
『……意味が、わからないです』
『あんた、最高に綺麗だよ。俺の嫁にならないか?』

 ハァ? と男を見る。
 だがその顔は、真剣そのものだった。

『今外じゃ、呪い(疫病)で人が死にまくってる。お前のせいじゃないことぐらいわかる』
『………』
『外で、お前に背丈が似た、背の高い女の死体を拾って、牢の中で焼く。ネルソン様には、お前は焼身自殺したって言えばいい』
『……本気なんですか?』
『ああ。焼くための油は、もう持ってきた』

 言って、親指で後ろをさす。
 確かにそこには、樽があった。

『裕福じゃないが、これ以上不幸にはさせない。どうだ?』
『……うう、ううう』

 カーミットは俯いて、涙を垂らした。
 どうして? なんで今更。これは、神がくれたチャンスなの……?

『時間がない。一緒に逃げるなら、すぐに返事をくれ』
『ソ、ソンナ……』

 一瞬、カーミットは想像した。
 このまま無様に殺される未来。
 もしくは、この男の妻として、大変だけど生きる世界。

『………』
 そして顔を上げるころには。
 彼女は泣きながら、愛嬌のある笑顔を見せた。

『……わ、わかりました』
『じゃあ?』
『ハイ! ワタシを、連れて行ってください』
『よし!』

 パン、と手を叩いて、男が立ち上がる。

『傭兵時代の蓄えがあるんだ。家を用意するよ。一緒に住もう』

 言って、牢のドアを開ける男。
 カーミットはその男を、背後から抱きしめた。

『ベアバルド……ありがとう……』
『はは、美人に抱きしめられるのは、悪くないな』

 そのまま数秒、笑顔の男。

 そして、倒れた。

 血が勢いよく床に広がる。
 首筋をパックリ切られ、気管が顔を出していた。

『はぁ!! はぁ!! はぁ!!』
 カーミットは男の腰から短剣を奪い、男を刺したのだ。
 再度、渾身の力で振り落とす。

『アアアッ!! バカでありがとう!! ベアバルドオオオ!!』
『――――ぁ、や! め!』

 ブシャ、と頭蓋骨が割れ、血が噴き出る音。
 カーミットは母国語でつぶやいた。

『אלוהים, תודה שנתת לי הזדמנות לנקום』(神様、感謝します。復讐のチャンスをくれてありがとう)
『―――ぁ、――ぁ』

 何度も何度も。

『死ねえええええええ!!』

 泣きながらカーミットは、男を刺して、刺し続けた。

『はぁ!! はぁ!! はぁ!!』
 刺す、刺す、刺す。
 男は既に死んでいた。
 それでも男の遺体を、何度も刺し続ける。

『うわあああああああああ!! ふざけるなよ!! このクソ野郎がッ!!!』

 許すわけがなかった。
 何度も、助けて、やめてと、喉が枯れるほど叫んだのに……
 気持ち悪い。悪人のくせに、いい人ぶって。一番胸糞わるい。

『ああああああああああ!!!』

 カーミット横なぎに、なんども男の首を斬りつけた。
 髪を引っ張り、のこぎりでかの様に首を切断しようとする。
 何度も何度も、ナイフで切断を試みる。

『あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!! あ゛あ゛あ゛!!! オマエなんか!!』

 言葉にならない叫び声。首の骨がどうしても断ち切れない。
 ナイフを固定した後、思いっきり踏みつけて首の骨を切断した。
 その後、生首を蹴りつけ、唾を吐き、石を拾い頭部をつぶす。

 そこでようやく落ち着き、我に返った。

『は、はは……』

 カーミットは静かにあたりを見渡し、棚にあったチュニックに着替える。
 体中が血まみれだ。と――

『ベアバルドさん、使者ですぜ』

 男の声。最初に鞭打ってきたやつだ。
 すぐにナイフを手に持ち、ドアの横に隠れる。
 ギィィ、と開いたその瞬間―――

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!』

 勢いよくカーミットは、入ってきた人物を横からナイフで刺す。
 胴体に――脇腹に刺さっていた。
 痛みで唖然としていている男を、すかさず何度もナイフを引いては、突き刺した。

『あ、なんで――』

 バタン、と倒れる男。

『―――や、め!!』

 無視して、胸を何度も刺した。
 刺す、刺す、刺す。止まらない。
 胴体が赤い蜂の巣のようになってから、ようやくカーミットは止まる。

『……はぁ、はぁ』
 刺し過ぎて、手首が痛い。今更、そんな感覚が出てくる。

 ベアバルドは死んだ。ワタシを拷問していた男も。



『……アハ、ハハハ! 次はゴルディッ!』

 そしてベアバルド以外の、兵たち。
 あの、無抵抗なワタシを犯した5人の男たちも、絶対に殺す。

 と、ドアが開いた。
 兵が2人入ってきて、そのうちの1人が声を上げる。

『あああ!!! 兄さん!!』
『―――!』

 ベアバルドの弟? 
 細いが、顔つきが似ている。その男が、遺体に近寄ってこちらを睨む。

『こ、この魔女め! 兄さんがどんな気持ちでお前を……!!』
『……っ!!』

 カーミットは短剣を構えた。

『俺も殺すか!? やってみろ! お前だけは生かしておいたらダメだ!!』

 瞬間、真正面からだと絶対に勝てないと、カーミットは理解した。
 真っ先に、彼女が思ったことは。

(――失敗した)
 安全な場所に移ってから、殺すべきだった。

 瞬間、その男に鞘で殴られ、床に倒れこむカーミット。

『――いっ!』
『今すぐ火あぶりにしてくれる!!! この汚い売女が!!!』

 カーミットは何度も殴られては、髪を引っ張られ、強引に外に連れていかれる。
 向かっている広場には、太い杭が地面に打ち付けられていた。
 周囲には、藁や小枝などの()()()が置かれている。

『……あ、あ』

 あれは……
 魔女を火あぶりにする為の、杭だ。

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