第58話 悠斗の心痛

文字数 6,722文字

【カフェバー「Route72」】

夜、悠斗と池本が、カウンター席で深刻な会話をしながらアルコールを飲んでいる。

近くには、店主の松本が、カクテルを作ったりしている。

池本「えっ? 紗季ちゃんと別れた?」

驚いた顔で悠斗を見る池本。

池本「どういう事? 二人はこのまま結婚するって思ってたんだけど?……俺、実は、結婚祝い何にしようかって、前々から考えてたんだけど……」

悠斗「ごめん……俺、やっぱり、自分の心に正直でいたい」

池本「えっ? お前……ひょっとして、この前、倒れて、脳の構造が狂った?」
と、池本、冗談を言う。

すると、
悠斗「あぁ……狂ったかも?」
と、真面目な顔で言う悠斗。

池本「じゃー、元に戻してやる! 紗季ちゃんは、お前にピッタリの相手だ! 綺麗で、性格良くて、才女で、将来、MZC社の社長になるお前にとって、これ以上ない相手だ。紗季ちゃんも お前と結婚したいって言ってただろ?!」

悠斗「あぁ……分かってる。俺にピッタリの相手だって……」

池本「じゃー、最高じゃないか?!」

悠斗「俺……倒れて、病室で考える時間が沢山あったから、とことん考えたんだよ。倒れた原因を……」

池本「えっ? 原因探ってたのか?」

悠斗「うん。俺の周りって、ご先祖様含めて頭の因縁強い人ってそんなにいないんだよ。でも、俺がこうなったって事は、凄いストレス抱えてたからなんだって、解って……」

池本「えぇ? でも、仕事上でそんなストレス掛かってる訳じゃないよな? お前、人付き合い良いから、結構、楽しく仕事してるし……という事はだな、女関係か?」

悠斗「……あぁ……」

池本「あぁ、『ストーカー美紀』の事があったしな……あれは悩まされたなぁー」

悠斗「『ストーカー美紀』か……もう、代名詞になったな……」
クスッと笑う悠斗。

悠斗「俺、自分の深層心理を手繰って行ったんだよ。そしたら、ストレスの大きな原因が分かって……」

池本「あっ、俺、分かっちゃった! 将来、MZC社の社長になるプレッシャーだろ!?」

悠斗「あぁ、それも一つある。親が敷いたレールの上を歩いて、父さんや親族の言う通りにしたら普通に幸せになるだろうって、想像出来るけど……でも……一生、心が満たされないと思う。だから、俺は後を継がないって決めたし、紗季ちゃんとも結婚しない」

池本「えぇー……そうなんだ……」

悠斗「俺、自分の心を押し殺して生きる人生、やっぱり耐えられない。もう我慢出来ない。俺、しがらみの中、生きて来たから……長男だからっていうのが頭にあったし……一人で勝手に重荷を背負ってた感じ」

池本「そっか……でも、勿体無いなぁー……何もかも手放す感じだな。でも、紗季ちゃん、納得したのか?」

悠斗「納得したかどうかは分からないけど……俺は、愛せないって言った。例え結婚したとしても、俺が別の人をずっと愛し続けてたら嫌だろ?……とも言った。言える範囲で俺の心、言った」

池本「うわっ……」

悠斗「……」

池本「しっかし、あんな素敵な女性を振るなんてなんてなぁー……俺からしたら信じられんわ。勿体無いなぁー……中々いないぞ? あんなに綺麗で性格も良くて、海外経験ある才女なんて」

悠斗「あぁ、そうだろうな……俺もそう思う。理想の相手だと思う。あんな素敵な子って、中々いないと思う」

池本「んん? じゃぁー、何で振ったんだ? 仲良かったじゃないか。好きだったんだろ?」

悠斗「……あぁ……仲は良かったと思う。でも、親友みたいな感じで、恋愛とは違う」

池本「ふーん……紗季ちゃん、悠斗の事、諦めきれるのかねぇー?」

悠斗「あぁ、切り札的な事も言った」

池本「えっ? 何て言ったんだ?」

悠斗「この前の出来事、言った。美紀ちゃんとの事や、脳の腫瘍の事。で、また発症したら、一生介護して貰う事になるかもしれないから……って言った」

池本「ほぅ……そしたら? 紗季ちゃん、何て?」

悠斗「あぁ……大変だったね……って言ってくれたんだけど……」

池本「けど?」

悠斗「私と別れたいんだね?……って言われた。彼女、賢いからさぁー、俺の意図、分かったみたい。見抜かれてたって感じ……」

池本「じゃー、怒ったり、お前をひっぱたいたりとかは?」

悠斗「そんな事、されなかった。冷静に俺の話を聞いて、自分の中に落とし込んでた感じだった。流石だよ。俺なんかより器が大きいよ」

池本「はぁー……流石だな。やっぱり才女は違うよな。強い女性だな……」

悠斗「いや、そう見えるだけだよ。強くはないよ……」

池本「えぇ? そうなのか?」

悠斗「うん……静かに泣いてたから……」

池本「……そっか……」

悠斗「俺、悪い事した……」

池本「うーん……でも、しょうがないな……」

悠斗「俺、今考えると、沢山の女性を傷付けて来たわ……八方美人だった。良い人ぶってたんだろうな……」

池本「あーあ。俺、一度で良いからそんな事、言ってみたいわ」

悠斗「えっ?……」

池本「ふっ……もてる男が羨ましいって事だよ!」
と言って、笑う池本。

悠斗「別にもててないよ」

もててるという自覚のない悠斗は、池本の言葉を否定する。

池本「でも、『例え結婚したとしても別の人をずっと愛し続けてたら嫌だろ?』って……別の人って誰の事だ? 実は、それがストレスの一番の原因だったんじゃないのか?」
   
池本の言葉に悠斗、口を噤んでしまう。

すると、池本、悠斗の態度を見て、
池本「えーっと……まさかとは思うけど……マーちゃんじゃないよな?」 
と、冗談ぽく聞いてみる。

すると悠斗、小さく頷く。

池本「えぇー?!……マジか?!」

池本、思わず項垂れる。

池本「はぁ……やっとマーちゃんのこと忘れられたと思ったら、マーちゃんが日本に帰って来ちゃったもんなぁ……否が応でも顔、合わすよな……」

悠斗、ゆっくり頷く。

悠斗「俺……真彩の事、一日たりとも忘れた事ないし……」

池本「?……」

悠斗「真彩も同じだと思う……」

池本「えぇ? いやいや、だってお前、色んな子と付き合ってたジャン!」

悠斗「あれは、自暴自棄になって、真彩のこと忘れる為に、色んな子と付き合ったけど、でも、本気になった事は無いよ。どんな子と付き合っても、その子と真彩とを重ねてた」

池本「えっ?……付き合ってる相手を、マーちゃんと重ねてたのか?」

悠斗「……うん……重ねてた……」

池本「えぇー……お前、そりゃー、付き合った相手に失礼だろ?! みんな遊びだったのか?」

悠斗「いや、遊びって言うか、誘われるがままに付き合っただけだよ。俺から声掛けた事ないし……女の子に合わせてただけだよ。求めて来るから……」

池本「ふーん……何て奴だ……世の男どもからしたら、どんだけ羨ましいか!」

悠斗「……」

池本「あの、まさか紗季ちゃんも重ねてないだろうな?」

悠斗「……正直、紗季ちゃんも真彩と重ねてた。似てる処、沢山あったし……あぁ、だから、紗季ちゃんと居ると居心地良かったのかもしれない……」

池本「お前なぁー、そりゃー酷いぞ! そりゃー当然、『ストーカー美紀』も重ねるわなぁー……」

悠斗「あぁ……悪かったと思ってるよ……」

池本「あっ、アメリカ人のマーちゃんの元彼が来たっていう次の日、お前、様子が変だったけど、それも大きなストレスの原因だったんだな、きっと……」

悠斗「ああ。真彩に近付く男を見たら、凄いジェラシー高まって、胃が痛くなって、酷い時は急な頭痛に襲われて、体調がおかしくなるから……」

池本「そりゃー、脳に負担掛かって、腫瘍も出来るわ。どんだけ自分の身体傷めつけてるんや?……って感じだな!」

すると、悠斗、両手で頭を抱える。

悠斗「俺は、真彩しか愛せないんだよ……俺の脳は真彩に支配されてるから……」
   
池本、悠斗の言葉に反応して、
池本「はぁ?……支配って……マーちゃんのせいにするなよ! お前が自分の意志でそうしてるんだろ?」
と、突き放す様な言葉を言う。

悠斗「あぁ、まぁ、言われたら、そうなんだけど……でも、真彩も同じはずだよ。俺の事、ずっと想ってくれてる。でも、兄妹だから……その……結婚出来ないから……」

池本「そりゃーそうだろ、兄妹なんだから……」

悠斗「だから、真彩を忘れる為に色んな子と付き合っただけで、本気になった事ないし、それは真彩も同じだと思う。どんな奴に抱かれてても、そいつを俺だと思ってるはずだよ」

池本「いやいや、どこから来る? その自惚れと自信は? お前とマーちゃんは違うだろ?! お前一人でそう思ってるだけだろ? マーちゃんは吹っ切れて、アメリカ人の彼氏も日本人の彼氏もいたじゃないか?! プロポーズもされた位だし……」

悠斗「……」

池本「お前はマーちゃんの事、忘れられないでいるかもしれんけど、マーちゃんは、もうお前の事、兄としか思ってないと思うけど? まぁ、本人に聞いた訳じゃないけどな……」

池本、悠斗を諭す様に言う。

池本「お前さぁー、またマーちゃんの恋路、邪魔するなよ?! 俺が知ってるだけで二、三回邪魔しただろ?!」
  
池本の言葉に、悠斗、ちょっとふてた感じになる。

しかし、
悠斗「でも、俺と真彩は心が通じ合ってるから……」
と言い張る悠斗。

池本「ホント、大した自信だな。一般の人からすると、お前、マーちゃんのストーカーだぞ?」

悠斗「えっ?……俺、ストーカー? あぁ、そう言えば、真彩に言われた事ある……」

池本「言われた事、あるんかい! じゃー、その通りやないか! お前もストーカーやってたんか……もういい加減、マーちゃんの事、諦めろ! 嫌われるだけだぞ?!」

悠斗「もう嫌われてるよ。でも、嫌だ。俺は絶対に諦めない。真彩は俺のものだ! 誰にも渡さない」

池本「はぁ?……お前、なに子どもみたいな事、言ってんだ?! いつも冷静沈着でドライなお前が、そんなこと言うなんてなぁー……よっぽど病んでるな。マーちゃんの事に関しては、めちゃ執着あって頑固だよなぁ……昔から……」

悠斗「ああ。真彩に関しては執着めちゃめちゃある。俺が愛してる女は真彩だけだから。俺にとったら、真彩は最高の女だから。それに、俺たちは特別な能力あるから、真彩の惟い、感じるんだよ。夜になったら特に……」

池本「ふーん……それが本当なら、強い結び付きなんだな……でも、現実、意思疎通してないじゃないか?」

悠斗「お前って‥‥‥いっつもピンポイントで痛い所突いて来るな……」

池本「あのなぁー、俺は、お前の事をホントに心配して言ってるんだぞ?! 親友だから言ってんだ。俺だって、お前に嫌われる様な事、言いたくねぇーよ。でも、現実を見ろ!……って言ってんだよ!」

悠斗「現実か……あぁ、分かってるよ……現実は、鬱陶しがられてて、嫌われてるから……」
と言って、いじける悠斗。

池本「……」

悠斗、グラスに入っているジントニックを飲む。

池本「よし、こうなったら、今日はとことんお前に付き合うから! お前の惟い、全部履き出せ!」
と言って、悠斗に微笑む池本。

悠斗「当時の俺と真彩は、未成年で若かったから、父さんと、父さんの方の親戚の反対は目に見えてるから、それを振り切る事が出来なかったんだよ。でも一番は、世間の目だった。兄妹で愛し合ってるなんて……禁断の恋だから……ちょっと仲良いだけで気持ち悪がられるし……」

池本「そりゃーそうだろ……」

悠斗「だから、泣く泣く真彩と別れる事になったんだけど、でも、真彩が日本に帰って来て、真彩を空港に迎えに行って、顔見た瞬間、全身に電気走って、まるで憧れのスターに会えた様な喜びと感激で、一気に引き寄せられた。今思い出しても、あのキラッキラが忘れられない。綺麗だったんだー……真彩、ホントに生き生きして綺麗だった……」

池本「はぁ? のろけか? 妹の事をのろけてどうする?!」
   
池本、悠斗にツッコミを入れる。
   
しかし、悠斗、のろけをまだ続ける。

悠斗「真彩を抱き締めたかった……」

池本「?……」

悠斗「でも、ずっと真彩に冷たくされてるから……」
   
悠斗、いじけて、指をモジモジさせている。

池本(心の声)「ホント、小学生か?!」
池本、呆れ顔。

悠斗「あの時、心と心が引っ付いたんだよ。磁石みたいに。あの場に、もし母さんが居なかったら、俺、あの後、おかしな行動取ってたと思う。一瞬にして感情が引き戻されて……やっぱり俺は真彩と一緒になりたい、結婚するなら真彩しかいないって強く思ったんだよ」

池本「そっかー……でも、辛いよなぁ……世間じゃー、禁断の恋だもんな……兄妹は結婚出来ないからなぁ……」

悠斗「……世間体がどうのとか、もうどうでも良くなって……自分の心を捩じ曲げて生きるのが辛くなってさぁー……」

池本「……辛くなったか……」

悠斗「あぁ、辛い。ずっと頑張って堪えてたけど、もう無理。限界。だから、脳に来たんだと思う。真彩への惟いがそこに集約された感じ……」

池本「そっかー……じゃー、ストレス解放させないと、また脳の危険な箇所に腫瘍が出来て、命に拘る事が起きる可能性、あるって事だな?」

悠斗「あぁ、十分に可能性ある。俺、爆弾抱えてる状態だと思う」

池本「……」

池本、悠斗をじっと見詰める。

池本「なぁ、世間ではよくカミングアウトする人がいるだろ? 自分の心に正直でいたいからって、性別は男なのに心は女って人。その逆もあるよな」

悠斗「あぁ……」

池本「俺さー、もし自分がその人の立場だったとしたら、絶対にカミングアウトなんてしない。一生、隠し通す。墓場まで持って行く。だって、皆んなが皆んな、それを良しとは思わないだろ? 絶対、バカにする奴もいる。でも、黙ってたら、周りは誰も傷付かないだろ?」 

悠斗「あぁ……人によるだろうな……まぁ、殆どの人が言いたくても言えないと思う。周りを気にして、自分が人にどう思われるかって、考えるから。で、絶対、バッシング食らうからな。面白がってからかって来たり、気持ち悪がられたり……」

池本「俺が何を言いたいかって言うとだな、別に他人に言う必要ないんじゃないか?……って事。 黙ってたら良いんだよ。黙って二人で愛を育んだら良いんだよ」

悠斗「?……」

池本「何で世間の目、気にして、怯えて生きなきゃならないんだよ!……って言いたい」

悠斗「……」

池本「役所に紙切れ一枚届けるか届けないかの問題だろ? まぁ、後は扶養家族になるならないとか、子どもが出来た時とか、色々あるだろうけどさぁー、でも、別に公表する必要ってないと思う。別に他人に認めて貰わなくても、二人で静かに暮らせば、波風も立たないんじゃないか?」

悠斗「……あぁ、そうだな……」

池本「うん……」
   
池本、悠斗に微笑む。

悠斗「有難う。でも……その前に……問題は、真彩なんだよな……」

池本「えっ???」

悠斗「真彩、俺の事、拒否してるから……俺、嫌われてるから……」

池本「えっ? そこ?」 

池本、悠斗の言葉に驚く。
   
悠斗、ゆっくり頷く。

悠斗「真彩、俺に心、開いてくれない……」

池本「はぁ???」
   
悠斗、沈んだ顔。

池本、悠斗の落ち込んでいる姿を見て、
池本「なぁ、何か俺に出来る事があれば言ってくれ! 俺、お前とマーちゃんが結ばれる様に、全力で応援するから!」
と言って悠斗の背中を叩き、励ます。

悠斗、池本の顔を見て、
悠斗「有難う……」
と言って微笑む。


悠斗と池本の前に、店主である松本がやって来る。

松本「あのさー、話、全部、聞こえちゃったからゴメンだけど……」

悠斗「んん? 別に良いよ。タッくんは家族同然だから。知ってて貰って良い事だし……」

そう言って、松本に笑みを浮かべる悠斗。

松本「あの……僕、思ったんだけど……」

悠斗「?……」
池本「?……」

松本「悠さんが倒れた事って、凄い深い意味があると思う」

池本「……深い意味?……」

すると悠斗、
悠斗「ああ。きっと、リセットって事だと思う」
と言うと、松本、頷く。

池本「リセット?」

悠斗「うん。リセットして、心を解放して、本当の、ありのままの自分をさらけ出して、そして、新たにスタートしなさいって事だと思う」

松本「うん。そう。僕、そう思った。でないと悠さん、きっと紗季さんと結婚してたと思う。マーちゃんも、悠さん以外の人と結婚する様になってたと思う。二人は本当は愛し合ってるにも拘らず……」

悠斗「タッくんも、真彩の影響受けて、色んな事が見えてるよな……大したもんだな」
と言って、松本に微笑む悠斗。

松本「いやー……それ程でも……」

悠斗の事を慕っている松本は、悠斗に褒められ、ちょっと照れた感じになる。

松本「悠さん、僕も勿論、応援してるからね!」
松本、悠斗に微笑む。

悠斗「有難う、タッくん……」
悠斗、松本に優しい笑みを浮かべる。
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