第６２話　賢人、溺れる

【アク川・バーべキューエリア】

淀川水系の一級河川、アク川には、バーベキューが出来る場所がある。
そこで、中村家と親交のある人達による、バーベキュー大会が開催されている。

真正寺の檀家さん、ご信者さん達も大勢参加している。
毎年の楽しい恒例行事になっている。

そこに、井上沙耶・賢人の母子も参加している。

亜希と真彩は、智之から頼まれ、前準備からずっと手伝っている。
悠斗も、力仕事を率先して、皆に喜んで貰おうと動いている。

真彩、ふと、沙耶と賢人の親子を探し始める。

真彩「ねぇ、沙耶さんと賢人くん、どこ行った？　さっきまで居たのに……」
と、心配顔で亜希に尋ねる真彩。

亜希「あぁ、上流の浅瀬の所に、魚獲りに行くって言ってたよ？　賢ちゃん、網持って喜んでた」

真彩「そう……」
真彩、不安顔。

亜希「んん？　何か気になるの？」

真彩「うん……何か、嫌な予感がして……何も無いと良いんだけど……」

亜希、真彩の言葉で不安な気持ちになる。


午後から急に風が強くなり、いつの間にか、川の流れが激しくなる。
白い雲から灰色に変わり、黒い雲が近付いている。
天候が急変し、驚く真彩と亜希。

亜希「そろそろおひらきにした方が良いね！」 　　　
と真彩に言うと、亜希、皆に帰る準備をする様に言いに行く。


上流の方から沙耶の悲壮な叫び声が真彩の耳に入る。

誰も沙耶の叫び声に気付いていない。
一般の人間には聴こえないレベル。

悠斗も聴力は優れているが、真彩は悠斗よりもっと優れているため、沙耶の叫び声をいち早く感知した。

沙耶「賢人ー！　誰か、誰か助けてー！」

川で流されている賢人。
上流から賢人がアップアップしながら流されている姿を、真彩、ロックオンした。

真彩、直ぐに走り出し、川に飛び込んで、溺れている賢人を救けに行く。

真彩、幸い、賢人を直ぐに摑まえる事が出来た。
しかし、足が川底に着かず、賢人と一緒に流されてしまう。

その様子を見た悠斗、悲壮な顔で、
悠斗「真彩ー！」
と叫びながら、下流に向かって全速力で走り出す。

若者達も悠斗に続いて、下流に向かって走り出す。

真彩、賢人が息出来る様な体勢をとっている。

遠くに、大きな岩を発見し、その岩の方向を目指して、賢人を左手に抱え、右手と両足で
水をかき、横泳ぎする。

アメリカの学校で、服と靴を履いたままプールに入り、その状態で溺れた時の対処法を学んでいたのが役に立っている。

無事に大きな岩に辿り着き、そこに、悠斗が息を切らせて遣って来る。

悠斗「はぁ、はぁ……」
息が荒い。

真彩、悲愴な顔で、
真彩「賢ちゃん、お願い……」
と、悠斗に賢人を託す。

悠斗、意識のある賢人を引き揚げる。
賢人が無事でホッとする真彩。

すると真彩、悠斗に微笑む。
真彩、安心してか、力が抜け、岩から手が離れる。

真彩（心の声）「もう、力が入らない……限界……無理……悠斗、さようなら……」

真彩、独り激流に流されて行く。

悠斗「真彩―！」
悠斗、泣き叫ぶ。

そこに若者達がやって来る。
悠斗、遣って来た若者に賢人を託し、真彩を追い駆ける。

　　　　　×　　　　×　　　　×

真彩、水中に沈み、息をしていない状態で、意識が無い。

すると、亡くなって霊界にいる兄・中村翔が、真彩の目の前に現れる。　
　
そして、真彩に話し掛ける。

翔「マーちゃん？！　真彩？！」

真彩（心の声）「あっ……翔ちゃん、迎えに来てくれたの？」

翔「真彩は、霊界に来るのは未だ早いよ？！　現生界で遣る事、未だ沢山あるでしょ？」

真彩（心の声）「もういいよ。だって、沢山頑張ったもん。翔ちゃんとずっと一緒に居たいから、連れてって？」

翔「えぇ？　そんなこと言ったら、悠斗が悲しむよ？」

真彩（心の声）「悠斗なんて大嫌い！」

翔「大嫌いになる様に努力してるだけでしょ？　本当は大好きなのに……」

　　　　　×　　×　　×
　　
真彩が岸辺に横たわっている。
泣きながら心肺蘇生する悠斗。

悠斗「真彩、戻って来い！　頼むから戻って来てくれ！　戻って来い！」　
　　
周りで大勢の人達が合掌して、真彩が息を吹き返すのを祈っている。　

すると、しばらくして、真彩の口から水が出て、ゴホゴホ言い出す。　
　　　
そして、真彩の目が薄っすら開く。

悠斗、真彩の顔をじっと見て、
悠斗「あぁ……良かった……」
と言い、安堵する。

真彩、悠斗の顔を虚ろな目で見る。

真彩「えぇー？　悠斗？……何だ……死ねなかったんだ……」

悠斗「えっ？……何言ってんだ？　何言ってんだよー！」 　
　　
真彩の言葉にショックを受ける悠斗。
悠斗、真彩を抱きしめ、号泣する。

救急車のサイレン音が大きくなる。